第12話 ヒーローの復活(前編)
……ここはある病院の一室。ベッドで眠ったまま目を覚まさないさやかを、傍にいるゆりかが心配そうに見守る。
「やはり起きないか……」
ゼル博士が険しい表情でそう言いながら病室に入ってくる。
シュバルツを倒した後、ルミナを失った悲しみで泣き続けていたさやかは、やがて力尽きたように意識を失ってしまった。病院に搬送された後、こうして彼女は丸一日眠り続けている。
「二段階変身による肉体的負担もあるが、何よりも精神的ダメージが大き過ぎた……アームド・ギアは体の傷は癒せても、心の傷までは癒せはしない。昨日の出来事は、さやか君にはあまりにも辛すぎた。心の傷が癒えない限り、彼女は一生このままかもしれない……」
博士が苦悶の表情を浮かべて呟く。
「私、ずっとそばにいたのに……何もしてあげられなかった」
ゆりかもまた、己の無力さを噛みしめるように呟いた。
一向に目覚める気配の無いさやかを前にして二人が暗い表情を浮かべていると、病室に慌てて助手が駆け込んでくる。
「博士、大変ですっ! 時空の歪みを観測しましたっ! 場所は○○港のコンテナ置き場ですっ!」
敵が現れたとの知らせに、博士が血相を変える。
「クソッ! 奴らめ、こんな時でも容赦なく攻めてくるというのかっ! ゆりか君っ! 今回は何分緊急事態ゆえ、私も現場に向かう事にするっ! 君も必ず後から来てくれっ!」
そう言って腹立たしげに下唇を噛むと、助手と共にすぐさま病室から出て行った。
それから少し遅れて、メタルノイド出現警報が病院内に鳴り出す。
『○○港にメタルノイド出現……当病院は避難エリアから外れておりますが、念の為……』
……そんな放送が流れて周囲が俄かに慌ただしくなる中、ゆりかは目を閉じて眠ったままのさやかの顔を覗き込む。
「さやか、疲れちゃったんだよね……もう十分に頑張ったよ。好きなだけ、ゆっくり休んでて。さやかが傷付いて頑張って苦しんだ分、私が代わりに戦うから……ね」
穏やかな眼差しで優しく語りかけると、彼女の唇にそっとキスをした。
「眠り姫は王子様のキスで目を覚ますなんて……そんなの、おとぎ話だけだよね。分かってる。それじゃさやか……私、行ってくるっ!」
ゆりかは決意を固めた勇ましい顔付きになると、勢いよく病室を飛び出していった。
◇ ◇ ◇
ゼル博士とゆりかが現場に駆け付けると、そこには二体のメタルノイドが立っていた。丸みを帯びた人型ロボットのような外見をしており、それぞれ赤と青のカラーリングをしている。ただ他のメタルノイドより少しだけ小さかった。
「二体っ!? バカな……ヤツらは一度に一体しか、バリア内に転送できない筈では無かったのかっ!?」
本来ありえない光景に博士が困惑する。これまで大前提としてきた、一日に一体だけという仮説が否定されれば、戦略が根底から覆される事になる。目測を見誤ったか……と内心焦りを覚えずにはいられなかった。
そんな彼の疑問に答えるかのように、赤い方のメタルノイドが喋りだした。
『フフフッ……我ら兄弟は、他のメタルノイドの半分程度の大きさしかない。我々は二体で一体……つまり合体して一体のメタルノイドとなる事で、バリア内へのワープを可能としたのだッ!』
彼が口にした通り、その二体は確かに他のメタルノイドよりも一回り小さかった。通常のメタルノイドが全高およそ6mなのに対して、彼らは3mしかない。二人が体を折り畳んで重なり合う事で、ようやく他のメタルノイド並みの大きさになる。
「クッ……よりにもよって、こんな時に二体で攻めてくるとは……っ!」
二体の敵を前にして、博士が無念そうに呟いた。
敵が二体なら、こちらも二人いた方が戦力的に有利に決まっている。博士に戦う力が無い以上、そしてさやかが眠りに就いている以上、ゆりかは二体の敵を一人で相手にしなければならなかった。
「こんな時だからこそよ……コイツらは、さやかが眠り続けている事も既に知っている。それを好機と捉えて、二体で攻めてきたんだわ。私をいたぶるために……っ!」
それでもゆりかは物怖じせずに右腕にブレスレットを出現させると、変身の構えを取る。
「覚醒ッ! アームド・ギア……ウェイクアップ!!」
そして彼女の体が青い光に包まれ、全身に装甲を纏っていく。
「装甲少女……その青き知性の騎士、エア・ナイトっ!!」
ゆりかが変身して槍を構えると、博士は戦いに巻き込まれないように離れた場所へと退避する。
戦闘態勢に入った彼女を前に、二体のメタルノイドもまた攻撃態勢に入る。
『ではここで自己紹介させて頂こうッ! 俺は No.005A コードネーム:ブラスト・ファイザードッ!』
『そして俺は No.005B コードネーム:フロスト・ブリザデスッ!』
自ら名乗りを上げて、ゆりかに向かってダッシュしていくメタルノイド達。二体それぞれがゆりかと等間隔に距離を開けると、彼女を中心として円を描くように時計回りに走り出した。
「これは……っ!?」
彼らの予期せぬ行動にゆりかが困惑する。敵がこれから何を仕掛けてくるのか、全く想像が付かなかった。
やがて円の中心にいる彼女に向かってファイザードが火の玉を、ブリザデスが氷の塊を撃ち始める。
「うぁぁああああっっ!!」
彼らに挟み撃ちにされた状態で次々に弾を撃ち込まれ、ゆりかが悲鳴を上げる。必死に避けようとしても、彼らの攻撃はゆりかの行動を的確に先読みして狙い撃つ。
しかも彼らの攻撃はちょうど円の中心でぶつかり合って相殺するように発射されるため、たとえゆりかが避けたとしても円の反対側にいる相手には当たらない仕組みになっていた。
『見たかッ! これが我ら兄弟のコンビネーション技……その名も、監獄の死刑執行ッ!!』
攻撃を続けながら、ブリザデスが得意げに技名を叫ぶ。それはこれまで幾多もの敵を屠ってきたという、自信に満ち溢れた声だった。
「くうぅぅっっ!!」
彼らの連携攻撃にゆりかがたまらずにバリアを張る。何か考えがあっての事ではない。自分の身を守る為の、咄嗟の行動だった。
『フハハハハハァッ! 知っているぞっ! そのバリアはバイド粒子を急激に消耗するッ! 永続的に張れる代物ではないッ! 果たして、いつまで持ち堪えられるかなっ!?』
それも計算のうち、と言わんばかりに高笑いしながら執拗に火球を発射し続けるファイザード。彼らの攻撃が止む気配は一向に無い。
このままでは何も出来ずにやられる……そう悟ったゆりかは、バリアを維持させたままその場から高くジャンプして、山積みになったコンテナの奥へと退いていく。
『隠れても無駄だぞっ!』
姿をくらましたゆりかを探し出そうと、バーニアを噴射させてコンテナ置き場内の通路を高速で移動する二人。
彼らが通路の曲がり角に差し掛かった時、コンテナの陰に隠れていたゆりかが猛然と飛び出してきた。
「もらったぁっ!」
勝利を確信した叫びと共に、ゆりかがファイザードの胴体に向かって槍を放つ。
だがその一撃が当たる寸前にファイザードがすかさずジャンプしてかわし、彼の背後にいたブリザデスが槍の先端を両手で掴んで押し止めた。
ジャンプしたファイザードは、落下の勢いでゆりかに飛び蹴りを食らわせる。
「ぐぁぁああああっっ!!」
顔面に蹴りを食らわされて、ゆりかが悲鳴と共に豪快に吹っ飛ばされる。
大きな負傷には至らなかったものの、彼女がじわじわと追い詰められている事を印象付けるには十分な一撃だった。
『フフフッ……やはり二対一では、分が悪いようだな……』
ブリザデスが地面に転がったゆりかを余裕の態度で見下した。
二人のコンビネーションは抜群だった。恐らく仲の良い兄弟である彼らは、これまで息の合った連携で戦場をくぐり抜けてきたのだろう。
彼らだけでなく、安全な場所で戦いを見守っていたゼル博士ですら、ゆりかが劣勢に立たされていると思わずにはいられなかった。ただ一人、当のゆりか本人を除いては……。
ゆりかはわずかに体を起こしながら、目の前の敵をキッと睨み付ける。その瞳からはまだ闘志は失われていない。
「このままじゃ……終われない」
……ふいにそんな言葉が口から出た。
その頃、さやかは相変わらず病院のベッドで眠ったままだった。
彼女の精神は、一切光の届かない暗闇のような空間の中にいた。
その無限に続く闇の中で、まるで引きこもるかのように顔を伏せて膝を抱えたまま床に座り込んでいる。
……ルミナの死によって深く傷付いたさやかは、このまま永久に自分の殻に閉じ込もるつもりでいた。




