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装甲少女エア・グレイブ  作者: 大月秋野
第四部 「Q」
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第137話 氷に閉ざされた者(前編)

 イリヤという少女との出会い、その悲しき死によって、心を入れ替えたメタルノイド……アダマン・トータス。彼はデスギュノスの襲撃から逃れるために山奥に移り住んだ人々と出会い、紆余うよ曲折きょくせつあった末に分かり合う事となる。

 人々は村を守るために命をして戦おうとするトータスの姿に胸を打たれて、彼が村に残る事をこころよく受け入れたのだった。



 デスギュノスを倒して平和が戻った翌日……村の一角にある大きな建物の中で、さやか達はトータスと話をしていた。トータスは戦いによる負傷からまだ立ち直っておらず、地べたに座ったまま博士による修理を受けている。博士はさまざまな工具を使ってデスギュノスの体を分解し、そこから取り出した部品をトータスに繋げる作業を行っている。


『聞きたい事があると言ったな……俺が知っている事で良ければ、全て話そう』


 トータスはだらんと足を伸ばして座ったまま、そう口にする。今日彼がここに呼ばれたのは、さやか達がどうしても確かめたい事があったからだった。


「トータス……単刀直入に聞くわ。貴方以外に、私たち人間に協力してくれそうなメタルノイドに心当たりは無い?」


 さやかが開口一番に言う。彼女にとって、人間と分かり合えるメタルノイドがいるかもしれない事は、とても重要な話だった。もしそのような者が一人もいないのだとしたら、いっそ諦めるつもりでいた。だが現にトータスという例外が現れた事により、やはり気にかけずにはいられなくなったのだ。


『フム……』


 少女の問いかけに、トータスはあごに手を当てて神妙な面持ちになりながら、しばし考え込む。彼がすぐに否定しなかった事に、何かアテがあるのではないかとさやか達はかすかな希望を抱く。


『いるぞ……一人だけ心当たりがあるッ!』


 やがてトータスはひらめいたように顔を上げながら答えた。


『ヤツの名はフレイザード・フェニキス……不死鳥のような姿をした、炎の使い手ッ! 俺は自分で言うのも何だが、途中で組織を裏切った身……だがヤツは違う。バエルが人類に宣戦布告を行い、メタルノイドが二つの派閥に分かれた時、ヤツは人類のがわに立って戦った男だ。最終的には敗れてやむなく服従したものの、それでも人類への攻撃に決して協力的では無かった。十年前の東京襲撃にも、体調不良を言い訳にして参加しなかったほどだ』


 フェニキスという名の男について詳細に語りだす。


『メタルノイドも、全員が悪人だった訳ではない……人間を守るために人間である事を捨てて、バエルの宣戦布告後も、人間のために戦った者たちがいたのだ。ヤツはその最後の生き残りと言ってもいい。もしヤツに会えたならば、間違いなく君たちの力になるだろうッ!』


 そして彼がさやか達の期待に答える好人物だという事を、明確な根拠によって伝えた。


「やったぁっ!」


 トータスの話を聞いて、少女たちは思わず歓声を上げる。心強い味方が得られるかもしれない希望に胸がおどりだし、ワクワクが止まらなくなる。

 さやかは嬉しさのあまりゴリラのようなガニまたになり、鼻息を荒くしながらガッツポーズを取っていた。


『だが……』


 喜ぶ少女を前にして、トータスが急に申し訳なさそうな顔になる。これから彼女たちの希望をへし折る言葉を口にするかもしれないと前置きするかのようだった。


『風のうわさでは、ついに裏切り者とみなされたフェニキスは、別のメタルノイドに氷漬けにされて、山の中に捨てられたという……今から一年前の話だ。フェニキスがまだ生きているかどうか分からない。仮に生きてたとしても、助け出すのは容易ではない』


 フェニキスがかつての同胞に倒された事実を告げて、先の見通しが明るくない事を深刻な表情で伝えた。


「その山っていうのは、何処にあるのっ!」


 それでもさやかは希望を捨てようとしない。フェニキスが氷漬けにされた山へと向かい、彼を救出するのだと興奮しながら息巻く。


『その山は……』


  ◇    ◇    ◇


 話が終わってから数時間後……四人の少女に博士を加えた一行は、村から三十キロメートルほど西に離れた山の中を歩く。


 季節は春から夏に変わりつつあったが、トータスから教えられたその山は、とてもそう思えないほど真っ白な雪原に覆われていた。

 現在進行形で雪は降っておらず、空は青く澄み渡っていたものの、積もった雪が辺りの気温をマイナス十度まで下げていた。太陽から降り注ぐ日光が雪で反射されて、キラキラとまばゆく光る。


 装甲少女に変身済みのさやか達と、雪山用の防寒具を着込んで金属製のアタッシュケースを持ち歩いた博士が、雪の大地をボフッボフッと音を立てて歩きにくそうにしながら踏み進む。


「もーーーーっ! 何なの、ここっ! なんで冬でもないのに雪が積もってるのよーーっ! っていうか、寒っ! メチャクチャ寒っ! おなか冷えるーー! 風邪ひくーー! こたつに入ってポテチ食べて寝たーーいっ! トイレ行きたーーいっ! ギャオーーーーン!」


 季節外れの雪にさやかが不満を漏らしてワーワーとだだをこねる。雪の地面に寝転がったまま手足をジタバタさせると、もう一歩も動きたくないと言わんばかりに、怪獣のような声で泣きわめいた。


「はいはい、わがまま言うんじゃありません。こんな所で寝てたら、雪ゴリラ……もとい雪だるまになっちゃうわよ。これでも食べて元気出しなさい」


 ゆりかはわがままな子供に呆れる母親のような口調でさとすと、何故か手に持っていた魚肉ソーセージを、薄皮を剥いて、開いたさやかの口にズボッと突っ込む。さやかは口をモグモグ動かしてソーセージを味わうと、鎮静剤でも打たれたように大人しくなって、再び雪原を歩き出す。

 欲望に忠実なゴリラを手懐けるのも仲間の仕事だった。


「ここは本来、一年中雪が積もるような場所ではない。普通なら考えられない事だ。恐らくこの辺り一帯を覆う雪は自然発生したものではなく、フェニキスを氷漬けにしたというメタルノイドの仕業だろう。そいつを倒せば、この雪は消えて無くなるかもしれない」


 博士は季節外れの雪に、敵の能力が関与しているだろうと仮説を立てる。そして敵を倒すまでの辛抱だとさやかを説得した。


「だいたいズルいですよ……博士だけあったかそうな格好して」


 一人だけ防寒具をびっしり着込んでいる博士に、アミカが愚痴を垂れる。自分たちは露出度の高い装甲少女の姿なのに、博士だけ見るからに寒さに強そうな服装をしている事に不満を抱いた。


「変身後の装甲には、体感温度を自動で調整する機能がある。こう見えても私より今の君たちの方が、寒さには耐性があるのだよ。その事をどうか分かってもらいたい……私は装甲少女にはなれないのでね。フフフッ」


 博士はアミカの言葉に反論するように装甲少女の機能について語る。決して自分がズルしているのではないと冗談を交えて笑いつつ釈明した。

 アミカは博士が装甲少女になった姿をつい想像して一瞬だけゾッとしながら、彼の言葉にしぶしぶ納得する。


「そうだぞ、アミカっ! 心頭滅却すれば、火もまた涼しッ! この程度の雪、心身共に鍛えられた戦士たる私ならば、たとえ全裸だろうと踏破できるッ! 何なら今ここで証明してみせようッ! 誇り高き私の勇ましい姿を見よッ!」


 ミサキは変なスイッチでも入ったのか、興奮気味に鼻息を荒くしながら変身解除しようとする。雪の寒さに屈するまいと変な対抗意識を抱いたあまり、自らの発言を実行するつもりのようだった。


「ミサキ、やめてっ! 広大な雪原を素っ裸の女子高生が歩いてたら、ただの変態としか思われないわっ! 私たち以外の誰かに見られたら、誇り高き戦士どころか、黒髪のエロ痴女とか変なあだ名付けられて、末代まで恥になっちゃうわよ!」


 ゆりかは慌ててツッコミを入れながら仲間の奇行を制止した。もしここで止めなければ、彼女なら本当にやりかねない怖さがあり、気がかりでならない。


「むう……そうか……恥か。ゆりかが言うなら、きっとそれが正しいのだろう。そうか……恥か……そうか……」


 ミサキは残念そうに肩を落としながら、仲間の言葉を聞き入れた。世間にうとい自分より仲間の考えが正しいのだろうと受け入れはしたものの、よほど雪の中を全裸で歩きたかったのか、しょんぼりしたままうわごとのようにブツブツ小声でつぶやく。

 時折ときおり許可を求めるように上目遣いでゆりかの方をチラッチラッと見たものの、彼女は決して首を縦に振ろうとはしない。彼女にしてみれば、仲間がエロ痴女などと不名誉なあだ名で呼ばれる事だけは断じて許容できなかった。


 一行が頭のおかしなやり取りをしながら三十分ほど歩き続けた時……。


「あっ! ひょっとして、あれじゃないでしょうか!」


 アミカがそう言いながら、雪原の彼方を指差す。彼女が指差した方角に他の四人が目をやると、巨大な氷のかたまりらしき物体が、岩のようにそびえ立っているのが視界に入る。

 一行が慌てて氷の塊に駆け寄ると、分厚い氷の中に人型ロボットが立ったまま閉じ込められていた。


 その者は背丈6mほど、神話の不死鳥フェニックスを人型にしたような外見をしており、体型はだいぶスマートに引き締まっている。赤とオレンジに塗られたカラーリングは見る者の目を引く鮮やかさがあり、これまで見たどのメタルノイドよりも一際ひときわ美しい。背中には羽型の飾りを何枚も重ねたような一対の翼を生やしている。


「これが……フレイザード・フェニキス」


 氷に覆われた男の姿を目にして、さやかが思わずゴクリとつばを飲んだ。

 それがトータスが言っていた人物である事を疑う余地は無かった。

 彼の言葉から善良な性格だという事はうかがい知れたものの、特徴的な外見すらも、男が人類に味方する戦士である事を強烈にアピールしているように一行には思えた。


「まずは、この氷をどかさねばなるまい。そうしなければ、彼が生きているかどうか確かめる事もままならない」


 博士が真っ先にそう提案する。


「でも博士、氷をどうやってどかすんですか? 刃物で削ったり、パンチで砕いたりしたら、中身まで傷付けちゃうし、かといって私たちには炎を使う技なんて無いし……」


 アミカが首を傾げながら問いかける。何も考えずにここまで着いてきたものの、フェニキスを救出する具体的な方法について知らされていなかった。他の三人も同じ疑問を抱いており、みな一斉に博士へと視線を向ける。


「フッフッフッ……そこで私が用意したのが、これだよッ! ジャジャーーン!」


 博士は自信ありげにニヤリと笑うと、アタッシュケースのふたを開けて、中からドライヤーのようなものを取り出す。それは一見ごく普通のドライヤーだったが、コードの先端に付いているのがコンセントではなく、ちくわ程度の太さの金属棒になっていた。


「これはただのドライヤーではないッ! 電気の代わりに、バイド粒子を動力にして動くドライヤー……その名も、バイドライヤー! 変身した装甲少女が金属の棒を口にくわえれば、熱風が出る仕組みになっているのだよッ! これを使えば、中身を傷付けずに氷だけを溶かす事が出来るッ! 私の素晴らしい発明品だッ!」


 ドライヤーの性能を解説しながら自画自賛する。よほど彼にとってお気に入りの発明だという事が、興奮気味に熱く語る姿から見て取れた。


「さあ、さやか君ッ! この金属の棒を口に咥えたまえッ! ほれほれッ!」


 そして四人の中から迷わず彼女を指名すると、手にした棒をグイッと前面に突き出す。絵面だけ抜き取ると、完全に十代の女子高生に淫行を働こうとする卑猥な老人の構図だ。


「えっ、私!?」


 さやかは自分が指名された事に戸惑うあまり、思わず後ずさる。周囲を見回して、変わってくれと言いたそうな視線を仲間に送ったものの、ゆりかとアミカは両手のひらで壁を作りながら、イヤイヤと首を左右に振って断る仕草をする。ミサキは別に代わっても構わないと思ったのか、腕組みしたまま平然と立っている。


「ゆりか君とアミカ君には最初から断られるだろうと踏んでいた。やるのはミサキ君でも構わんのだが、四人の中ではさやか君がダントツでバイド粒子の放出量が多いのだ。何もいやらしい事をしようと言うのではない。フェニキスを助けるためだ……さあ、やってくれッ!」


 博士は彼女でなければならない理由を述べて懇願する。その瞳には強い決意が宿っており、ちょっとやそっとではくつがえりそうにない。


「ああ、もうっ! 分かったわよっ! やるわよっ! やればいいんでしょ! そんな棒、世界平和のためなら何本だって咥えてやるわよっ!」


 さやかは迫力に押される形となり、頼みを承諾する。他にフェニキスを助ける方法が無いなら、自分が汚れ役を引き受けるしかないと心の中で割り切った。


「はむっ! んんっ! んぉぉぉぉおおおおおーーーーーーーーっっ!!」


 なかばヤケクソ気味になりながら金属の棒を口に咥え込むと、バイド粒子を放出しようと気合を入れる。少女がゴリラのようなガニまたになりながら大声で叫ぶと、ドライヤーの口から風がブォォーーッと吹き出す。

 通常のドライヤーの何十倍もの出力で放たれた熱風は、フェニキスを覆っていた氷を物凄い速さで溶かしていく。五分経った頃には、氷は全て無くなっていた。


「はあ……はあ……はあ……」


 氷を溶かし終えると、さやかは咥えていた棒を口から取り出して、疲れきったようにだらしなく大の字に寝転がる。長距離のマラソンを終えたように激しく息を切らして、体中から大量の汗がぶわっと噴き出す。自力では起き上がれないほど疲労困憊した。


「さやか、お疲れ」


 重労働を終えた仲間に、ゆりかがねぎらいの言葉を掛ける。何故か手に持っていた団扇うちわで、少しでも冷やしてあげようと何度もパタパタとあおいだ。


「彼……生きてるんでしょうか?」


 氷が溶けてもピクリとも動かないフェニキスを前にして、アミカが疑問を抱く。慎重に一歩ずつ近付くと、意識があるか確かめようと、彼のふくらはぎを手でバシバシと叩く。


 少女の行為に対して何の反応も示さず、岩のように固まったまま立ち尽くす男を前にして、「彼は死んでいるのではないか?」という考えが一行の頭に広がりかけた瞬間……。


『ムッ……』


 フェニキスがかすかに言葉を発しながら動きだした。

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