第136話 もう、どこにもいかないで。
トータスがヒーローになれた感慨に耽て、立ち尽くしていると……。
『……クソッタレが』
そう言いながら、デスギュノスが煙の中から姿を現す。強い衝撃で地面に叩き付けられたものの、深手を負ってはいなかったらしく、特に負傷した箇所は見当たらない。
『ふざけやがって……どいつもこいつも俺様をコケにした、このクソ野郎どもがぁぁぁぁああああああああっっ!! 許さねえ……殺すッ! 全員殺すッ! ブチ殺してやるッ! ズタズタに引き裂いて、死体も残らない灰になるまで焼き尽くして、見せしめにバラ撒いてやるッ! まずは貴様からだッ! トータスゥゥゥゥウウウウウウウッッ!!』
村人がトータスを応援した事がよほど癪に触ったのか、声に出して激昂する。自分の先ほどの言葉を真っ向から否定された状況に、メンツを潰されたような心境になり、怒りで脳の血管がブチ切れそうになる。
彼らの希望を打ち砕かんと意気込みながら、トータスに向かって全力で走り出した。
『デスギュノス……俺は負けんぞッ! たとえこの身が砕けようとも、村を守り通すッ!』
トータスも負けじと決意の言葉を口にすると、敵を迎え撃とうと駆け出す。
二人とも両腕を左右に広げたまま正面からぶつかり合い、相撲のような取っ組み合いになる。最初は力が拮抗したように互いに押し合っていたものの、やがてトータスが力負けしてジリジリと後ろへと押されていく。
『ゼハハハハッ……いくら素のパワーが互角でも、ボロ雑巾みてえになった体じゃあ、ここいらが潮時みてえだなぁ? なぁ、トータスよぉ』
勝利を確信したデスギュノスが、余裕の高笑いをする。村人の希望を踏み躙れるかもしれない状況に思わず胸が躍りだす。
これまで負傷した体を精神によって支えてきたトータスだったが、それも限界を迎えつつあった。
『ぐっ……!!』
劣勢に立たされたトータスが、思わず下唇を噛む。ここで村人の期待に答えられなかったら、俺は一体何のために命を張ったんだ……そんな思いがして、悔しさで胸がいっぱいになる。今この時だけで良い、奇跡を起こしてくれと神に願わずにはいられなかった。
それでも状況が好転する事は無く、トータスの心が絶望に呑まれかけた時……。
「トータスッ! 右に避けてッ!!」
彼の背後から突然そんな言葉が発せられた。
『分かった!!』
それが仲間からの指示であると信じて、トータスはすぐに取っ組み合いをやめると、サッと右に大きくジャンプする。カメ男がどいてデスギュノスの視界が開けた瞬間……。
「でぇぇぇぇやぁぁぁぁあああああああああっっ!!」
彼の目に飛び込んできたのは、勇ましい雄叫びと共にパンチを繰り出そうとするさやかの姿だった。
「……トライオメガ・ストライクッ!!」
掛け声と共に少女の全力を込めた拳が、デスギュノスの胸に叩き込まれる。
『何ッ……グォォォォォオオオオオオオオーーーーーーーーーーッッ!!』
必殺の一撃をまともに喰らい、化け物のような絶叫と共に鉄の巨体が弾き飛ばされる。完全に不意を突かれた形になり、男には防御する暇など全く無かった。
『グゥゥッ……ま……まだだ』
吹き飛ばされて地面に倒れていたデスギュノスだったが、必死に力を振り絞って立ち上がろうとする。殴られた箇所の装甲がボロボロに剥がれ落ちて内部の機械が露出したものの、まだ致命傷には達していないのか、戦いを続行しようとする。
『うぉぉぉぉぉおおおおおおおおおっっ!!』
だが絶好の好機とばかりにトータスが全速力で駆け出し、左腕でパンチを繰り出す。その拳はデスギュノスの胸の傷口を一気に貫いて、内部の機械にめり込む。無数のコードが繋がれた心臓のようなものを手で掴んで引きずり出すと、そのまま力任せにグシャッと握り潰した。
『コンナ……馬鹿……ナ……ガッ!!』
コアを破壊されて、デスギュノスは無念そうに呟きながら、立ったまま息絶えた。体の大半は原形を留めていたものの、機能を完全に停止した状態へと追いやられて、物言わぬガラクタと化していた。
デスギュノスが引き連れた四十体の量産ロボも、決着が付いた時にはさやか達によって全て倒されていた。
「やった……勝ったぞ……トータスさんが……村を守ったぞぉぉぉぉぉおおおおおおおおおっっ!!」
カメ男が勝利を収めた状況に、村人たちが歓声を上げる。村が侵略者の魔の手から守られた喜びで大はしゃぎしながら、村を救ったヒーローの元に、アリのようにワラワラと集まる。場の空気が、有名人を迎え入れたように歓喜一色に染まる。
『やっと……終わっ……た……』
だが当のトータス本人は、戦いが終わった安心感で緊張がフッと解けると、徐々に体が後ろへと傾いていき、ドスゥゥーーンと大きな音を立てて倒れ込んでしまう。仰向けに地べたに寝転がったまま、起き上がろうとしない。
ボロボロに傷付いた体を、精神力によって支えてきた彼には、もはや指の一本動かす力さえ残っていなかった。
「おじちゃぁぁぁあああああんっ!」
リサが今にも泣きそうな顔になりながら、慌ててカメ男の元に駆け寄る。
「おじちゃん、やだよおっ! 死なないでっ! せっかく村を救ったのに……おじちゃん、死んじゃやだぁぁぁぁぁあああああああああっっ!!」
男の手にしがみ付いたまま、わんわんと大声で泣き出した。家族のようにかけがえの無い存在を失うかもしれない悲しみで、胸が張り裂けそうになる。
『リサ、泣かないでくれ……俺なら大丈夫だ。このくらいの傷で死にはしない……なぁ、ゼル博士』
トータスは首だけ動かしながら、少女に優しく笑いかけた。そして自身の言葉が嘘でない事を、博士に証明してもらうよう託す。
「ふむ……かなり深手を負ってはいるものの、致命傷にまでは達していないようだ。そこにあるデスギュノスの部品を使って修理すれば、数日後には動けるようになるだろう。防御特化型ゆえの打たれ強さが幸いしたと言うべきか……」
博士はスマホのような小型の端末でトータスの全身をくまなくスキャンし、彼が無事であると伝える。そのとてつもない頑丈さに思わず感心しながら唸った。
リサはトータスが死なない事を告げられて、心から安堵した笑みを浮かべると、またも男の腕にしがみ付く。
「おじちゃん……もう何処にも行かないでっ! この村にいてっ! ずっとここにいて、私たちと一緒に暮らそうっ!」
腕を強く掴んだまま、村に残り続けるように懇願する。男が「うん」と答えるまで、絶対に離さないつもりのようだ。
『良いのか……俺なんかが、村にいて……俺は……メタルノイドだぞ?』
少女の言葉に、トータスは俄かに戸惑う。自分にはその資格が無いという後ろめたさが、心の何処かにあった。
「メタルノイドかどうかなんて関係ない! アンタは村を救った英雄だ! デスギュノスとは違う!」
「俺たちは皆、アンタに命を救われたんだ! その事をどうか誇りに思ってくれ!」
「もうアンタが過去にやった事を、とやかく言うヤツなんてここにはいない!」
「私からもお願いします! どうか、これからも村を守って下さい!」
「俺たちにはアンタが必要なんだ! お願いだ! 村に残ってくれ!」
村人が口々に男を引き止める。村を救われた感謝の念はあれど、憎む気持ちは皆無だった。もはやメタルノイドである事へのわだかまりは一切無く、命の恩人として心から慕っていた。
『ううっ……みんな……ありがとう。こんな俺なんかの為に……』
トータスは村人に受け入れられた感激のあまり、思わずむせび泣く。罪の意識によって彼らを遠ざけようとする考えは無くなり、これからは彼らと共に支え合い、歩んでいこうと決意を固くする。
声に出して泣き続けるトータスと、彼を慰めるように取り囲む村人たちを、少し離れた場所からさやか達が見守る。
「良かった……」
そう口にした少女の優しい笑顔は、事態が解決した喜びに満ち溢れている。
それまで空を覆っていた雲は、人々の心を表したように晴れていき、雲の切れ目からは眩い日光が射し込んでいた。




