第135話 禊 -みそぎ-(後編)
「おじちゃぁぁぁぁぁあああああああああんっっ!!」
窓から戦いを眺めていたリサが悲痛な叫び声を上げる。命の恩人と慕うトータスが今にも殺されかかっている姿を見て、悲しみで胸が張り裂けそうになり、今にも泣き出しそうになる。たまらず外に飛び出そうとしたものの、両親に止められて、家の中へと引き戻された。
「トータスッ!! くっ!」
さやか達は救援に駆け付けたい衝動に駆られたものの、まだ量産ロボを片付けておらず、トータスに助太刀する事が出来ない。博士も万一撃ち漏らした敵が村に侵入する事を警戒し、門から離れられない。正に八方塞がりな状況だった。
『リサ……』
トータスは四つん這いになったまま辛そうに息を吐きながら、少女の名を口にする。殺されかけている身にありながら、自分の命よりも、彼女を深く悲しませた事を気にかけている様子だった。
『ゼハハハハッ……女の心配なんてしてる場合かよ。ロリコン野郎がッ!!』
無力さに打ちひしがれるトータスを、デスギュノスが高笑いしながら見下ろす。彼の中では勝利は確定的なものとなっていた。
『お前も、リサとかいう小娘も、他の村人も……全員死ぬんだよ。みんな一緒に仲良くあの世へと送ってやる。クククッ……何も寂しがる事なんかねえ。俺様の慈悲に心の底から感謝して、感動の涙でも流すんだな……ハハハハハッ……オラァッ!!』
村人を皆殺しにする方針を皮肉交じりに伝えると、最後トータスの顔面を力任せに足で蹴り飛ばした。
『ぐぁぁぁあああああああっっ!!』
顔を強く蹴られた男の巨体が、悲鳴と共に宙を舞う。強い衝撃で大地に落下して全身を叩き付けられると、仰向けに地べたに寝転がったまま、苦しそうに手足をピクピクさせる。やがて死んだようにピクリとも動かなくなった。
体中をメッタ刺しにされて深手を負った所にダメ押しの一撃を食らって息絶えたようにも見える。
「ああっ!」
戦いを見守っていた村人の表情が悲しみに染まる。村を守るために尽力してくれた戦士の無惨なる散り様に、リサならずとも胸を強く痛めた。それと同時に彼のために何もしてやれない己の無力さに、もどかしさを覚えずにはいられない。
彼は村のために命まで賭けてくれたのに、俺たちは……そんな思いに駆られ、心の底から悔しがった。
『フンッ、こうもあっさりくたばりやがるとは、拍子抜けも良い所だ……そのザマで、よくも組織を裏切る気になれたものだな? だがまあ良い。村人をなぶり殺しにした後で、遺体をバラバラに切り刻んで、オブジェクトとして飾ってやろう……ゼハハハハハハァッ!!』
動かなくなったトータスを見下ろしながら、デスギュノスが蔑みの言葉を口にする。村を守ろうとした彼の悲壮な覚悟を、無駄死にだったと侮辱するように嘲笑った。
デスギュノスが勝利の余韻に浸るように鼻歌交じりでウキウキしながら村に向かって歩き出し、地べたに寝転がったカメ男の亡骸を踏み越えようとした時……。
『まだだ……』
その台詞と共に、デスギュノスの右足が強い力で掴まれた。男が異変を感じて自分の足元に目をやると、トータスが男の足を手でガッチリ捕まえていた。
『まだだ……まだ終わらないぞ……デスギュノス』
うわごとのように何度も口にしながら、頭上の敵を睨み付ける。グワッと見開かれた目は闘志を漲らせており、とても瀕死の重傷を負ったとは思えないほどだ。
『トータス、貴様……ッ!!』
死んだとばかり思っていた相手が生きていた事に、デスギュノスが深く憤る。戦勝気分に水を差された心地になり、怒りではらわたが煮えくり返りそうになる。
『ええいッ! いっそ大人しく死んだフリしていれば、殺されずに済んだものをッ! 何処までも救いようの無い、哀れなクソ亀がぁっ! 何故だッ! 何故そうまでして、村のために尽くそうとするッ! 村の連中が、お前のために一体何をしたというのだッ!? 何もしちゃいないだろうッ! そうに決まっている!』
半ばキレ気味になりながら、掴まれたままの足で、トータスの顔面を何度も踏み付けた。
『人間ってのはいつもそうだ! 善意の施しをしてやっても、それに対して、何のお返しもしないッ! 感謝の言葉も無いッ! いつも他人に何かしてもらう事を期待するばかりで、自分からは決して動こうとはしない! そんな他力本願な人間の弱さに嫌気が差して、俺は人間である事を捨てたッ! 俺はヤツらとは違うッ! だから人間を殺すのだッ! トータス……お前もそんな俺と、同じ穴の狢だろうがよぉっ!!』
そして必死に村を守ろうとするトータスの考えを誤りだと指摘する。よほど元同僚の行動に納得が行かなかったのか、胸の内に湧き上がった苛立ちをブチまけるように、大声で喚き散らした。
彼の言動からは、人間に対して何らかの失望を抱いた事が、メタルノイドになった理由であろう事が窺い知れた。そうであったからこそ、トータスの選択を許せなかった事が推測できた。
『……フンッ!!』
だがトータスは男の言葉に耳を貸さず、掴んだ足ごとデスギュノスの巨体を片手一本で持ち上げて、そのまま空中に放り投げた。
『ウォォォォオオオオオオオオッッ!!』
空高く舞い上がりながら、男が大声で叫ぶ。思わぬ反撃に驚くあまり、受け身を取る暇も無く地面に落下して、ドォォォンッ! という爆発音と共に激突した。その衝撃で大量の砂埃が巻き上がり、男の姿を覆い隠す。
『ハァ……ハァ……ハァ……デスギュノスッ! たとえ……貴様の言う通りだったとしてもッ! それでも……それでも俺は、誰かを守るために戦うと、そう胸に誓ったんだッ! それが死んだイリヤとの約束……そして多くの命を手にかけてきた俺に出来る、たった一つの……せめてもの償いだからッ!』
敵を投げ飛ばすと、トータスは体をよろめかせながらも、最後の力を振り絞るように二本の足でしっかりと立ち上がる。煙に隠れた相手を睨み付けながら、揺るぎなき決意の言葉を口にした。その瞳には熱い魂の炎が宿っており、ボロボロに傷付いた体が、不屈の闘志によって支えられている事が分かる。
「おじちゃん、負けないでぇぇぇぇえええええええーーーーーーーーっっ!!」
その時、カメ男を応援する言葉が村の中から発せられた。
声の聞こえた方角に男が振り返ると、リサが家の外に飛び出している。
「私、おじちゃんの事応援するっ! 私に何が出来るか分からないけど、おじちゃんのためなら何だってするっ! だから、負けないでっ!」
喉が枯れそうになるほど声を張り上げながら、何度も激励する言葉を掛けた。真剣に応援する姿からは、何としてもカメ男の力になりたいという少女のひた向きな思いが伝わる。
「トータス……いやトータスさんっ! 娘が……リサが今もこうして元気でいられるのは、貴方様のおかげです!」
「貴方様がここに来て下さって、本当に良かったと心の底から感謝しますわ!」
リサの両親も外に飛び出して、感謝の気持ちを言葉で伝える。もはや娘を家の中に引き戻そうとする考えは無く、一緒に救世主を応援しようと息巻く。それどころか、幼い少女ですら救世主を支えようとしているのに、大の大人が引きこもっている訳には行かないとさえ思った。
「俺たちも応援するぞっ!」
「トータスさん、アンタはもう悪の手先なんかじゃない! 俺たちの仲間だっ! 村を守ろうとするために戦ってくれた、ヒーローだっ!」
「この戦いが終わったら、酒を酌み交わそう!」
「俺たちに出来る事があれば、何でも言ってくれっ!」
村の入口に立っていた男たちも、次々にトータスを応援する。皆彼の力になりたいと一生懸命だった。
『みんな……』
村人の歓声を一身に浴びて、トータスは胸が熱くなる。彼らに元気を分け与えられた心境になり、体の奥底から力が湧き上がる。
誰かのために戦う……誰かに応援される……感謝される。悪くない感覚だ……。
ああ……そうか……ようやく分かった。
これが……これが、ヒーローになるという事なんだ。
俺はようやくなれたんだ……誰かを傷付けるためでなく、守ろうとする、正義のヒーローにッ!




