第134話 禊 -みそぎ-(中編)
村の西にある森に薪を拾いに行ったトータスであったが、彼を命の恩人と慕う少女リサが着いてきてしまう。改心した経緯について語りながら彼が慟哭していると、そこに二体のメタルハウンドが襲いかかる。
トータスは難なく敵を蹴散らしたものの、村に危機が迫っている事を悟り、少女を抱えて早足で帰る。
トータスがさやか達とほぼ同時に村に駆け付けた時、彼らが来るのを待ち構えたように、デスギュノスが姿を現す。側には二十体のメタルモスキートと、二十一体のメタルハウンドを追加戦力として従えていた。
『この間は不覚を取ったが、今度はそうは行かねえ……一人残らず八つ裂きにして、じわじわとなぶり殺しにしてやるッ!!』
明確な殺意の篭った言葉によって宣戦布告を行う。一度敗れた事によほどプライドを傷付けられたのか、どんな手を使ってでも復讐を果たさんとする悪鬼と化していた。特に彼にとっては裏切り者となるトータスを憎む気持ちはひとしおだ。
『リサ、君は両親と一緒に隠れているんだ! この村は必ず俺たちが守るッ! これから先、一人も死なせはしないッ!!』
憎悪に満ちたかつての同僚を前にして、トータスが決意の言葉と共に避難を促す。少女は男の手からぴょんっと飛び降りると、大人しく指示に従って村の中へと駆け出す。
「リサっ!」
「無事だったのねっ!」
彼女を心配した両親が家から飛び出し、娘と抱き合った後、親子三人で家の中に入っていく。
『何処に隠れようと無駄だッ! 一匹残らず皆殺しにしてやるッ! やれぇぇぇぇぇえええええええっっ!!』
「ガウガウガウッ!」
デスギュノスが手を振って合図を送ると、メタルハウンドのうち一体が村への侵入を試みる。柵の囲いの入口には数人の男が立っており、敵に向けてショットガンを発砲したものの、犬は巧みに動いて銃弾をかわす。
それまで状況を見守っていたゼル博士が、犬が動き出したのとほぼ同時に、村の入口に向かって走っていた。
「少し借りるぞッ!」
犬より一足早く到着すると、そう言いながら男の一人が持っていた銃を取り上げる。それを両手に持って構えて、銃口を犬に向けた。
「クソ犬め……地獄に落ちろッ!!」
口汚い言葉で罵りながら引き金を指で引くと、ドォォォンッ! という爆音と共に銃口が火を噴いた。
「ギャ……ッ!!」
悲鳴を上げかけた一瞬、メタルハウンドの頭が木っ端微塵に吹き飛ぶ。首から上を丸ごと持っていかれたロボット犬は力なく地面に倒れて、そのまま息絶えた。
博士が放った銃弾は犬の頭を正確に捉えており、一撃で相手を仕留めていた。
「私とて、伊達に戦場に長く身を置いた訳では無いッ! アリの子一匹だろうと村には入れさせんッ! それでも構わないというなら、死にたいヤツから掛かってこいッ!!」
博士は銃を握り締めたまま、量産ロボの群れに向かって勇ましく担架を切ってみせた。威嚇するように敵をキッと睨み付ける眼差しは、たとえメタルノイドに勝てずとも、ザコに遅れを取るような事は決して無いという男の意地を見せ付けたようだった。
「オオーーーーーーッ!!」
とても白衣を着た科学者が取る態度とは思えないようなワイルドさに、男たちが思わず歓声を上げた。村が滅ぼされるかもしれない恐怖は払拭され、何としても俺たちが村を守るんだ! という勇気を与えられた心地になる。
(博士……)
ゼル博士の真新しい一面を見せられて、ゆりかが思いを馳せる。
以前から博士の経歴には不明な点が多かった。さやかに冗談で悪の科学者呼ばわりされた時、彼は否定したものの、もしかしたらそれは事実だったかもしれないのだ。少なくとも今の彼にはそう思わせるだけの凄みがあった。
それが、博士が過去について積極的に話したがらない理由の一つではないかとも思えた。
むろんそんな彼も、今は間違いなくさやか達の味方であり、これ以上無いほど頼もしい存在なのだが……。
「さやか君っ! 村の護衛は私に任せて、君たちは敵の排除に全力を注いでくれッ!」
ゆりかの思いなど露も知らず、博士はさやかに頼み事をする。
さやかはコクンと頷いて頼みを引き受けると、すぐに仲間たちの方へと向き直る。
「私たちが量産ロボと戦うから、その間トータスにはデスギュノスの相手を任せるわ! ザコを片付けたら、すぐに私たちも参戦するから、それまで持ち堪えてちょうだい!」
まずはトータスに敵の注意を引き付けるよう指示を出す。
『了解した! 任せてくれ!』
トータスが二つ返事で承諾すると、さやかは今度はゆりか達を見回す。
「私とミサキちゃんでモスキートの相手をするから、ゆりちゃんとアミちゃんはハウンドをお願い! 一人で十体……およそ十分程度で片を付けましょう! 行くわよッ!!」
量産ロボに対する役割分担をテキパキと行う。
「フッ……十分も掛からんさ」
「こんなザコども、無傷で片付けるわよ!」
「ちゃっちゃと終わらせてしまいましょう!」
さやかの言葉に仲間たちが血気盛んな返事をする。皆村を守るのだという強い意思を胸に抱いている。
四人の少女は顔を見合わせて互いの無事を祈るように拳を突き合わせると、すぐに散開して担当を割り振られた敵に向かって駆け出した。
『俺も負けてはいられないな……行くぞ、デスギュノスッ! うおおおおおおっ!!』
さやか達が敵と戦い始めたのを見て、自分も頑張らねばとやる気を漲らせたトータスが、眼前の敵に向かって走り出す。
『フンッ、馬鹿め……格の違いというものを見せてやるッ! 貴様如きが俺を倒そうなど、十年早いわぁっ! このクソ亀がぁぁぁぁあああああああっっ!!』
売り言葉に買い言葉とばかりに言い返すと、デスギュノスもトータスを迎え撃とうとする。両者は共に右肩を前面に押し出したショルダータックルの構えで、正面の相手めがけて突進する。まずは小細工なしの力比べをするつもりのようだった。
やがて二つの巨躯が重なり合うと、山が爆発したような音が鳴り響き、辺り一帯が激しく揺れる。空気がビリビリした振動に思わず量産ロボがひるんで立ち止まり、家の窓から戦いを覗いていた村人たちはゴクリと唾を飲み込んだ。
『……ヌゥゥゥウウウウウウウウッッ!!』
一瞬の静寂が訪れた後、トータスとデスギュノスはぶつかった衝撃で二人同時に弾き飛ばされる。地に足を付けたままズザザザァァーーーーッと音を立てて砂埃を巻き上げながら、引きずられるように数メートル後ろへと押された。
『ハァ……ハァ……なかなかやるな……デスギュノス』
両足で踏ん張って体勢を保ち、息を切らしながらもトータスがニヤリと笑う。憎むべき仇ではあったものの、同等の強さを持った相手を戦士と認め、素直に称賛する。
衝突の振動は激しかったものの、双方ともに大きな負傷はしていない様子だった。
『チィッ! 力勝負はほぼ互角という訳か……ならばッ!』
一方のデスギュノスは腹立たしげに舌打ちしながら、一旦後ろへと下がって大きく距離を開ける。相手の出方を伺うように間合いを保ったまま立ち尽くしていたが、やがて意を決したように口を開く。
『だがトータス……如何に貴様でも、これは防げまいッ! 死ねッ! 死んで地獄に落ちろぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおっっ!!』
死を宣告する言葉を吐きながら、左肩に積んだ四角い筒型のロケットランチャーから、何十発ものロケット弾を一度に発射する。全弾撃ち尽くす勢いで発射された無数のロケット弾は、他の標的には目もくれず、トータスめがけて一直線に突き進む。
『デスギュノス、忘れたのかッ! その攻撃が俺には通用しないという事をッ!』
相手の判断の誤りを指摘しながら、トータスが両手のひらを前面にかざして、金色に輝く半透明のバリアをドーム状に張り巡らす。守りに特化した自分のバリアなら、ロケット弾にどんな細工が施されようと防げる……そんな確固たる自信が、彼の中にあった。
だが敵がバリアを張っても、デスギュノスは焦る素振りを一切見せない。それどころか意味ありげにククッと小声で笑っている。
(!? 何か様子がおかしい……)
明らかに何か考えがあるらしい相手の様子を見て、トータスが違和感を抱く。判断を誤ったのは自分の方ではないかという考えが脳裏に湧き上がる。
バリアで防ぐのではなく、回避すべきだったのではないか?
……そう思い直したものの、彼がそれに気付いた時には既に遅かった。
デスギュノスが放ったロケット弾はバリアに触れても爆発する事なく、まるで接着剤でも塗られたようにベタベタと貼り付く。直後ロケット弾の先端が開いて四本指のアームのような形状になり、クモのようにバリア表面にしがみ付くと、アームの中央部分に小さな穴が開く。
『It's time for bed(おネンネしな)ッ!!』
男が合図する言葉と共に、穴から長さ1mにも及ぶ割り箸くらいの太さの金属の針が、一斉に発射される。
金属の針はバリアを素通りし、内部にいるトータスの装甲に鋭く突き刺さった。
『ぐぁぁぁぁぁあああああああああっっ!!』
カメ男が山中に響き渡らんばかりの悲痛な叫び声を上げる。体中を針で貫かれた痛みに、五体をバラバラに引き裂かれたような心地になり、危うく気を失いかけた。いくつかの負傷箇所からは血のような油が漏れ出し、手足の力が急激に奪われていく。
『ううっ……』
バリアを張り続ける余力すら失い、トータスは辛そうに呻き声を漏らしながら、ガクッと地に膝をつく。もはや敵と戦う力など微塵も残っていないように見えた。
「何だ、あの金属針はッ!? バリアを通り抜けたのみならず、メタルノイドの装甲に突き刺さったぞッ! 彼らの装甲は、核の直撃にも耐えるというのにッ!!」
一連の光景を目にして、ゼル博士が内心深く動揺する。オメガ・ストライクに匹敵する破壊力でなければ貫けない筈の装甲が、いともたやすく貫かれた事実が受け入れられず、思わず声に出して驚かずにはいられなかった。
『ゼハハハハハハァッ!! 見たかぁっ! バロウズ製のバリアの干渉を受けず、メタルノイドの装甲を豆腐のように貫通する金属の針……アーマー・ピアッシング!! バエル様がお使いになられるサーベルと同じ材質で作った特注品……この戦いのために引っ張り出した、俺様の秘密兵器よぉっ!!』
博士の疑問にデスギュノスが高笑いしながら答える。それは正に裏切り者トータスを抹殺する目的のために組織が生み出した、忌むべき悪魔の兵器に他ならなかった。




