第131話 迷いの森(前編)
デスギュノスを追って山奥にある村に辿り着いたさやか達だったが、メタルノイドであるトータスが村に入る事を拒否される。
村人達にはメタルノイドに家族を奪われ、故郷を追われた深い悲しみが骨の髄まで染み渡っており、トータスを村に入れる事に耐えられなかったのだ。
そんな村人の心情をさやか達も察して、無理な要求を押し通す事は思い留まる。
一行はテントを建てて、デスギュノスを倒すまで村の外に野営する事に決めて、村人も彼女たちの判断を受け入れた。
村人はトータスが改心した事には理解を示し、彼を責めたりはしなかった。だがそれでも、どうしても彼を受け入れる事だけは出来なかった。
トータスもまた、自分が彼らを苦しめた連中の一人だったのだと改めて実感させられて、強い責任を感じる。
決して消し去れない『罪』の重さが両者にのしかかり、解けないわだかまりを生み出す。さやか達にはそれを何とかする方法が思い付かなかった。
一行が村の外に野宿を始めてから、二日ほど経った日の早朝……。
「うちの娘が……リサが、いなくなったのよぉっ!」
一人の女性がそう叫びながら、村の外に出ようとする。
三十代前半くらいの見た目をしたエプロンを着た女性で、容姿はそれなりに美しい。口ぶりから察するに、リサという少女の母親であろうと思われた。
「奥さん、外に出たら危ないっ!」
「村の外は危険だぞっ!」
柵の囲いの入口で見張りをしていた二人の男が、慌てて彼女を止める。
「リサが……村の子供たちの間で流行ってた変な噂を信じて、村の外に出て行っちゃったのよぉぉおおおおっ!!」
女性は大声で喚き散らしながら、男たちの制止を必死に振り切ろうとする。村の外が危険だと忠告を受けても、一向にお構いなしだ。
髪はグシャグシャに乱れて、般若のような顔になりながら、両手を振り回して山姥のように暴れている。せっかくの美貌が台無しだ。
娘がいなくなったショックのあまり、よほど憔悴し切っているのが見て取れた。
「あ……あの……」
その時、女性の後ろに隠れていた一人の少年が、恐る恐る前に進み出る。
十歳くらいの見た目をした少年は、大人たちと目線を合わせようとせず顔をうつむかせたまま、体を縮こませてビクビクしている。叱られる事を心配して、怖がっている様子だった。
最初聞こえないくらいの小声でボソボソ喋っていたが、やがて観念したように口を開く。
「僕たち、昨日話してたんだ……南の森に、とっても綺麗な花が咲くらしいって……本にそう書いてあった。きっとリサはそれを取りに行ったんだと思う」
少年は、少女が信じたという噂について話した。
「何て事をっ!」
彼の言葉を聞いて、男の一人が大声を張り上げた。そして側にいたもう一人の男と顔を合わせながら、どうするべきか言葉を交わす。彼らは必死に落ち着こうとしたものの、体はソワソワしており、心中穏やかでは無かった。
「その南の森って、そんなに危険な場所なの?」
男たちのただならぬ様子を眺めていたさやかが、つい口を挟む。
「ええ……南の森はずっと似たような景色が続いて、目印になるものが何も無い、迷路のような森なんです。地元民でも入ったら簡単には出られない、『迷いの森』と呼ばれています。しかも最近、メタルハウンドが徘徊しているのを見たという者がいます。デスギュノスが人を探すために解き放ったのでしょう」
男が森の危険性について語る。それは幼い少女が足を踏み入れたら、決して無事ではいられないような魔境だった。
「ああっ! 私のリサ……」
男の話を聞いて、少女の母親が悲嘆に暮れる。もはや娘は生きては戻れないかもしれないと絶望したあまり、地に膝をついてうつ伏せになりながら泣き崩れる。
『……』
その一連のやり取りを、トータスが少し離れた場所で聞いていた。
あえて口を挟みはしなかったものの、悲しみに打ちひしがれた母親の姿を目にして、何とかしてあげたい気持ちに駆られる。胸の奥から熱いものがこみ上げてきて、彼の体を突き動かす。
『南の森だなっ! 俺がそのリサとやらを、必ず助けてくるっ!』
それまで黙って話を聞いていた彼であったが、そう言うや否や、周囲が止めるのも聞かずに南の方角に向かって走り出す。少女を救いたい衝動を抑え切れなかった。
◇ ◇ ◇
10メートルを超える背丈の大木が、不規則な並びでそびえ立つ森……木と木の間隔は少し離れていて通行を阻みはしなかったものの、枝は非常に長く伸びていて、青々と生い茂った葉っぱが空を隙間なく覆い隠す。
地面には大小さまざまな根っこが横たわっていて、凸凹して非常に歩きにくい。慎重に進まなければ足を取られて転んでしまいそうな悪路だった。
……そんな危険な森を、一人の幼い少女が歩く。
「ここ……何処ぉ?」
そう口にしながら、今にも泣きそうな顔になる。
九歳くらいの見た目をして、髪をツインのピッグテールに結び、白のワンピースを着て靴を履いた少女は、母親が言っていたリサであろうと思われた。
村の子供たちの間で噂になった花を取りに足を踏み入れて、迷子になってしまったのだ。
「ううっ……怖いよぉ。パパ……ママ……助けてぇ」
うっすらと目に涙を浮かべて、両親に助けを求める。
何処まで歩いても花が見つからずに、延々と同じような景色が続く事に、道に迷ったという逃れられない事実を突き付けられて、急に心細さが募りだす。
何て馬鹿な事をしたんだと自分を責める気持ちが湧き上がり、森に入った事を深く後悔した。
薄暗い森の中でリサが不安に押し潰されそうになっていると、彼女から少し離れた所にある茂みがガサガサッと音を立てて揺れる。
「パパっ!?」
少女の目が期待に輝く。道に迷った自分を助けに来てくれたのかもしれないという希望的観測に胸を躍らせて、嬉しさのあまり飛び上がりそうになる。
「ウウーーーーッ……ヴァウワウッ!!」
だが茂みから飛び出したのは、彼女の父親でも捜索隊員でも無かった。
そこに現れたのは、動物のチーターより一回り大きな、四足歩行する金属の物体……さやか達がメタルハウンドと呼ぶ、犬のロボットだった。
「ああっ……」
少女の表情が一転して悲しみに染まる。それまで胸に湧き上がっていた喜びは絶望一色に塗り替えられて、殺されるかもしれない恐怖のあまり、体の震えが止まらなくなる。心臓はドクンドクンと激しく鼓動して、胸がキューーッと締め付けられたように苦しくなる。
「うわぁぁぁあああああっ! パパーーーーっ! ママーーーーっ!」
大声で助けを呼びながら、犬が立っているのと反対の方角に向かって一目散に駆け出す。眼前に迫る危険から逃れようと必死だった。
背後からはガウガウと吠えながら犬が追いかける音が聞こえたが、リサは振り返らずひた向きに走る。一瞬でも立ち止まったら噛み殺されるという焦りが、少女の足を前に進ませる。
彼女の足は非常に速かったが、それでも全力で走るロボット犬に敵うはずも無く、距離はどんどん縮まっていく。
「うあっ!」
やがて少女の足が何かに躓いて、前のめりに転んでしまう。
転んだ痛みに耐えながら起き上がろうとした時、足にぶつかった大きな何かが彼女の視界に入る。
……彼女を転ばせたのは、大木の根っこなどでは無かった。
それは衣服を着たまま白骨化した、行き倒れた人間の死体だった。背格好からは、大人の男性であったように見える。
道に迷ったまま息絶えたのか、あるいはメタルハウンドに食い殺されたのか……いずれにせよ少女は骸骨に足を取られたのだ。




