第130話 恐怖に怯えた者たち
デスギュノスの足跡を追って歩きだしたさやか達だったが、足跡は大きな川にぶつかった所で途絶えており、彼を追う唯一の手がかりを失ってしまう。
一行が何の手がかりも無いまま山を歩き続けていると、博士が近場に人の住む村がある事を突き止める。
メタルノイドであるトータスを連れたまま村に行く事にゆりかが難色を示したものの、結局は彼をのけ者にしないというさやかの考えに皆従う事となった。
柵に囲まれた、それほど大きくない集落……その入口に、ショットガンと防刃チョッキで武装した二人の若い男が立つ。
見張り役であろうと思われる男たちが遠くの方を見てみると、視界の彼方から大きな何かがこちら側に向かって来ているのが目に入る。
ドスンドスンと足音を立てて地響きを鳴らしながら向かってくる巨人のようなそれは、学生服を着た四人の少女と、白衣を着た長身の老人を引き連れていた。
「うわぁぁあああああっ! めっ……メタルノイドだぁぁぁあああああっ!」
男の一人が血相を変えて、大声で叫ぶ。
村に向かっているのはトータスを連れたさやか達一行だった。
男たちは高台に上がると大音量で警報を鳴らしてメタルノイドが襲来した事を知らせて、それを聞いた村の女や子供は慌てて家の中に避難する。彼女たちが避難したのと入れ替わるように家の中から銃を持った男が一斉に飛び出す。
皆、自分の大切な家族を守ろうと真剣な表情になる。
さやか達が柵の囲いの入口まで来た時には、彼らを迎え撃つべく数十人の男が集まっていた。
「ここを追われたら、俺たちにはもう他に行くアテが無いんだっ! この村まで襲うというなら、全力で相手になるぞっ! 掛かってこい! このクソロボット野郎っ!!」
男の一人が勇ましく啖呵を切りながら、トータスに銃を向けて発砲しようとする。
「待って! 私たちは敵じゃないわっ! この村を襲いに来た訳でも無いっ! お願い、どうか私たちの話を聞いてっ!」
さやかは咄嗟に銃口の前に立って、体を大の字にして身を呈してトータスを庇う。
「なんだ貴様っ! ヤツらの仲間かっ! バロウズの協力者だというなら、たとえ人間だろうと容赦せんぞっ!」
制服を着た女子高生が目の前に立っても、なお男は銃を下げようとはしない。何としても村や家族を守ろうと殺気立ったあまり、相手が生身の人間だろうと悪の手先と決め付けて、お構いなしに殺そうと息巻いている。
「……待てっ! この子たち、例のアレじゃないかっ!?」
別の若い男が異変に気付いたらしく、銃を構えた男に慌てて言葉を掛ける。
男はズボンのポケットからスマホらしき小型の端末を取り出して画面を指でタッチすると、しばらく眺めた後、銃を持った男に見せ付けた。
「……間違いないっ! この子たちは、噂の装甲少女だっ!」
画面に映し出された少女たちの画像を見て、男がそう確信する。
目の前にいるのが、これまでいくつかの村を救った救世主だと知って、連中が俄かにザワつく。
「だ……だが、何故メタルノイドと行動を共にっ!?」
男の一人が、抱いて当然とも言うべき疑問をぶつける。
本来なら救世主が現れた喜びで歓迎一色に染まるべき所なのに、それが出来ないのは、彼女たちが忌むべき敵と一緒にいたからだった。
天使と悪魔が一緒にいるような異様さは、とても理解できるものではなく、男たちはどうすれば良いか分からずに顔を見合わせる。
「私が事情を説明しよう。どうか落ち着いて話を聞いてもらいたい」
博士はそう言って、困惑する男たちの前に立つ。
連中も何か事情があるのだろうと察して、話に聞き入る事にした。
◇ ◇ ◇
イリヤという少女の死をきっかけとして、トータスが改心した事……イリヤを殺した仇であるデスギュノスを追ってここまで来た事……それらが博士の口から語られた。
「なるほど……だいたいの事情は分かりました」
詳細な説明を聞いて、男たちはトータスが敵でない事は理解し、構えていた銃を下に降ろす。
さやか達はひとまず戦いが避けられた事に一安心して、気持ちをリラックスさせる。場に漂っていたピリピリ張り詰めた空気も、次第に和らぐ。
男たちもまた、敵が攻めてきた訳では無かった事に、ホッと一息ついて胸を撫で下ろしていた。
「ですが……残念ながら、彼を村に入れてやる事は出来ません」
男の一人が伏し目がちになりながら、小声でボソッと呟く。申し訳無さそうに肩を縮こませたまま、何度もトータスの方をチラ見する。
男の様子からは、事情は分かってもそれに答える事が出来ないという苦悩が伝わる。
「なんでよっ! うぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおっっ!!」
さやかが大声で怒鳴り散らす。彼女からすれば、トータスが敵でないと分かったのに受け入れてもらえないのは、とても納得の行くものでは無かった。
「ひぃっ!」
少女のあまりの怒りっぷりに、男が思わずひるんだ。
とても女子高生とは思えない阿修羅のような凄みは、今にも取って食われんばかりの迫力があり、もはやメタルノイドより彼女の方が恐ろしいほどだ。
怒れる彼女は檻から解き放たれたゴリラのように狂暴だった。
「おっ、落ち着いて話を聞いて下さいっ! どうか! どうか!」
鼻の穴おっぴろげて暴れる少女を、男が必死になだめようとする。
「さやか、落ち着いてっ!」
「そうだ! ここで怒ったら、全部台無しだぞっ!」
周囲の仲間も慌てて彼女を止めようとする。
「さやかさん、ここに好物の魚肉ソーセージがありますっ! これを食べて、気持ちを落ち着けましょう!」
アミカは博士から手渡されたソーセージを、薄皮を剥いてさやかの顔面にグイッと押し付ける。さやかはあーーんと口を開けてソーセージの先端をかじり、モグモグと口を動かすと、やがて味に満足して怒りが収まったのか、暴れるのをやめる。
それでも少し不満げに顔をむくれさせていたものの、ひとまず狂暴なゴリラでは無くなっていた。
さやかが大人しくなったのを確認すると、男は額から流れ出る冷や汗をハンカチで拭きながら、ゆっくりと語りだす。
「こちらにも事情というものがあるのです……」
……かつて山の麓に大きな街がありました。私たちは元はそこで暮らしていたんです。街は活気に溢れていて、人は皆それなりに裕福な暮らしをしていました。ずっとそんな日々が続くだろうと心の何処かで思っていたんです。
あの日までは……。
終わりは何の前触れも無く、唐突に訪れました。
デスギュノスと名乗るメタルノイドが突然やってきて、街を無差別に攻撃し始めたのです。
街は瞬く間に炎に包まれて、建物は破壊されて、人々は恐怖のあまり逃げ惑いました。
『ゼハハハハァッ! 泣けっ! 喚けっ! そして絶望しろッ! 愚かにして脆弱なる人間どもよ……思い知るがいいッ! しょせん貴様らが、狩られる側の虫ケラに過ぎない事をッ! 貴様らには降伏する事すら許さんッ! 俺がお前たちを死ぬべきだと判断したから、ここで死ぬのだぁっ! 分かったかぁっ! ゴミクズどもがァっ! ゼハァーーーーッハッハッハッハッハァッ!!』
……無残に焼け焦げた死体が横たわる地獄と化した街中を、デスギュノスは殺戮を楽しむように高笑いしながら闊歩したのです。その光景が今でも脳裏に焼き付いて離れません。あれは心の底から殺人衝動に染まった、正に悪魔と呼ぶ他ありません。
彼は泣き叫ぶ幼子であろうと容赦なくロケット弾を浴びせて、歩けなくなった老人だろうと一切の迷い無く踏み潰したのです。
我々は全滅を免れるためにどうするべきか、必死に考えました。
そこで何人かがデスギュノスの注意を引くための囮となって、その間に他の者が山に逃げる事が決まったのです。百人近い若者が果敢にも囮役を引き受けるために名乗りを上げました。
囮役が殺される事は当然誰もが分かっていました。いわば何割かを生かすために、それ以外の者に犠牲を強いる作戦だったのです。それでも彼らは誰かに強制されるでもなく、自ら志願したのです。
作戦はすぐに決行されました。囮役がデスギュノスになぶり殺しにされている間に、残りの者は山に向かって一斉に走りました。背後からは痛ましい悲鳴が何度も聞こえましたが、我々は振り返らずにただひたすら逃げたのです。彼らの犠牲を無駄にしないためにも……。
デスギュノスが囮役を殺す事に夢中になって、逃走者がいた事に気付かなかったのは、幸いと呼ぶべきだったのでしょうか。
我々は敵に気付かれる事なく山中に身を隠すと、そのまま安息の地を求めて歩きました。やがて麓から遠く離れた山の奥地に辿り着いて、そこに村を築いて住む事に決めたのです。
「……我々にはかつて街を焼かれ、同胞を殺された記憶が今も染み付いています。我々にとってメタルノイドは故郷を奪い、家族を殺した仇なのです。そんな私たちの住む村にメタルノイドを入れるというのは、トラウマに足が生えて歩くようなものです。とても承諾できる話ではありません」
男は村が出来た経緯について語りながら、最後は悲しげな表情になる。他の者も皆、辛い記憶を思い出したように顔をうつむかせた。中には感極まってすすり泣く者まで現れた。
『……』
そこまで話を聞かされて、トータスは何とも申し訳無い気持ちになる。元同僚がやらかした悪行に怒りを覚えつつも、自分もまたそうした連中の一人だったのだと思い知らされ、悪の組織に身を置いていた事を改めて、そして心の底から後悔した。
男たちが悲しむ姿に胸を痛めたものの、トータスはどうすれば良いか分からなかった。たとえこの場で土下座して謝ったとしても、彼らが失ったものを取り戻せる訳ではない。それで彼らの気が済むとも思えない。
如何にもわざとらしく反省したような顔で謝れば、かえって彼らの心の傷を抉り、火に油を注ぐだけになるかもしれない。
トータスは男たちの悲しみを取り去る方法が何も思い付かず、ただ茫然と立ち尽くす事しか出来なかった。
それはさやか達も同様で、男たちの境遇を知らされて、何とも言えない気持ちになる。むしろそれほど辛い思いをしたのなら、メタルノイドを毛嫌いしたとしても仕方無いという考えにさえなった。
「……分かった。もうトータスを村に入れろなんて言わない。でも彼は私たちの仲間……そこを曲げる気は無いわ。だから私たちも村には入らない。村の外にテントを立てて、そこで野宿して暮らす。デスギュノスが近くを通りかかるかもしれないから、それまで居させてもらう。デスギュノスを倒したら、ここを去るから……それなら良いでしょ」
さやかは譲歩案を提示すると、男たちの返事も聞かずに、村から数メートル離れた草むらにテントを建てる準備を始めてしまう。
真剣な顔付きのまま黙々と作業に取り掛かる姿からは、これ以上は1ミリも譲らないという無言の圧力が感じられた。
「え……ええ、それで構いません」
村人も半ば迫力に押される形となり、彼女の提案を承諾する。
カメ男が悪人でない事は理解していたので、あまり救世主と呼ばれた少女を怒らせるような真似は出来ないとの判断からだった。
ゆりか達もさやかの提案に従う事に決めて、テントを建てるのを手伝い、野営の準備を始める。
トータスは彼女たちの作業を手伝いながら、村の入口に立つ男たちの方を何度も振り返る。そして自らの行いを詫びるように頭を下げながら、小声で呟いた。
『……すまない』
たとえそれで彼らの悲しみが癒される訳ではないと分かっていても……それでも、言わずにはいられなかったのだ。
「……」
その謝罪の言葉を、村の男たちは複雑な心境になりながら聞いていた。
それでも彼もまた苦しい立場に置かれているのだと理解は示し、責めの言葉を浴びせたりはしなかった。
……空は雲に覆われていて太陽を拝む事は出来ず、吹き抜ける冷たい風は、その場にいる者たちの心を表しているようだった。




