第129話 仲間、だから――。
イリヤという少女の死をきっかけとして、カメ型のメタルノイド、アダマン・トータスは組織を抜ける事を決意する。これからは自分の力を、人を助けるために役立てる事を少女の墓に固く誓うのだった。
トータスはイリヤを死に追いやった張本人たるデスギュノスを追って歩きだし、さやか達も彼に同行する。
彼女たちにとっては初めて出来た、心強い『メタルノイドの仲間』だった。
地面に残ったデスギュノスの足跡を辿って歩き続けた一行であったが、足跡は大きな川にぶつかった所で途切れていた。
『足跡を消すために、川伝いに移動したか……?』
足跡が急に途絶えた事を、トータスが訝る。川は上流から下流に向かって長く伸びており、どちらに逃げたとしても容易には見つかりそうにない。
かといってここで二手に別れれば、そのまま分断される恐れがあった。
「あるいはそうだと思わせておいて、空を飛んで逃げたかもしれませんね」
アミカが更なる仮説を立てる。もし彼女の言葉通りなら、敵の姿を完全に見失った事になる。
どのみち唯一の手がかりが途絶えてしまった以上、一行はこのまま川を超えて歩き続けるしか無かった。
やがて彼らは歩き続けた疲れを癒すために、手頃な岩場を見つけて休息を取る事にした。四人の少女とカメ男はそれぞれ自分のサイズに合った岩に腰掛けるが、博士だけは周囲を偵察するためにドローンを抱えたまま何処かへと姿を消す。
さやか達は、しばらく戦いは起こらないだろうと考えて、変身を解いた制服姿に戻っていた。
トータスは岩に座ったまましょぼくれたように肩を落としながら口を開く。
『すまない……面倒な事に付き合わせてしまって。本来俺一人でカタを付けるべき問題なのに……』
申し訳なさそうな表情を浮かべて謝罪の言葉を述べる。
いつ標的が見つかるかも分からない、もしかしたら道に迷ったかもしれない途方もない山歩きに少女たちを巻き込んでしまったという罪悪感に苛まれて、自分を責めずにはいられなかった。
「へーきへーきっ! でかい図体した男が、そんな小さな事でクヨクヨするもんじゃないのっ! いざとなったら博士がだいたい何とかしてくれるんだから、私たちは恐れずドーーンと突き進むのみっ! なせばたいてい、何とかなるっ! いつまでも暗い顔してたら、幸せが逃げてっちゃうよっ!」
さやかは満面の笑みを浮かべて励ましの言葉を掛けながら、カメ男の尻を手でバンバン叩く。その何とも明るく前向きな態度からは、将来を悲観する気持ちは一切感じられない。豪放にして快活なる性格は、正にパワー系と呼ぶに相応しかった。
「そうだっ! 私もあまり人の事は言えないが、いつまでもウジウジしてると場が辛気臭くなるぞっ! さやかを見ろっ! 何の根拠も無く無駄に元気に満ち溢れた彼女を見ていると、あれこれ考えるのが馬鹿らしく思えてくるっ! 彼女くらい脳みそを空っぽにすれば、人生が楽しくなるはずっ! さやかなんて、プリンとポテチとゲームの事しか頭に無いんだからなっ!」
ミサキが後に続くように口を開く。さやかの底抜けの明るさを見習うように言いながらも、彼女の頭の悪さをここぞとばかりに強調してみせた。
「ミサキちゃん、ひどーーーーいっ!」
遠回しな悪口を言われた事に、さやかがムキになって怒りだす。ほっぺたがプクーーッと空気を入れた風船のように膨らんで、魚のフグみたいな顔になる。
『そ、そうだな……俺も彼女よりマシな程度のゴリラを目指してみるよ……ハハハッ』
トータスは呆れたように苦笑いしながら、あえてミサキの言葉に乗っかる。
「コラーーッ! ゴリラって言うの禁止っ! 今度言ったら、トライオメガ・ケツ叩きするよっ!」
さやかがそう言って冗談半分で怒りながら、カメ男の尻を手で何度もポカポカ叩く。
小さな子供のように怒る彼女の姿を見て他の皆が笑いだし、場が和やかな雰囲気に包まれる。
そうして一同が楽しそうに笑っていると、偵察を終えたらしき博士が早足で戻ってくる。
「ここから2キロメートルほど離れた場所に、人の住む村があったぞ。あまり大きな村では無かった。規模からして、住人はせいぜい二百人程度と言った所か?」
徒歩で行ける距離に、小さな集落があった事を告げる。
「このまま何の手がかりも無く歩き続けてもしょうがないわ。ひとまずその村とやらに行ってみましょう。何か情報が得られるかもしれないし」
博士の言葉を聞いたさやかがそう提案し、他の者が異論は無いと同意するように頷く。ただ一人ゆりかだけは顎に手を当てて考え込むような仕草をしながら黙り込んでいた。
「ゆりちゃん、どうかしたの?」
さやかはキョトンとした後、身を乗り出して親友の顔を覗き込みながら問いかける。
「あぁ……いや……うん」
ゆりかはトータスの方を何回かチラ見した後、言い辛そうに口をモゴモゴさせたが、やがて観念したように語りだす。
「メタルノイドを連れたまま行ったら、村の人にどんな反応されるかな……って」
胸の内に湧き上がった懸念材料をボソッと小声で呟く。
「……ッ!!」
彼女の言葉を聞いて、その場にいた者たちは皆「あっ」と驚いた表情になる。
トータスも「そうだった……」と言いたげに下を向いたままガクッと肩を落とす。
さやか達はすっかり忘れていたが、今一緒に行動しているカメ男は、かつて人類に牙を剥いた悪しき集団の一員だったのだ。本人が心を入れ替えたと言っても、その過去が決して消えてなくなる訳ではない。
ゆりかは何もトータスの罪を責めたくて、こんな事を言い出したのではない。彼女自身はさやか達と同様に男の罪を許している。
だがいくら彼女たちが許しても、村人までが許してくれるとは限らない。
事情を話したとしても、納得してくれるかどうかは分からない。それを強制する権利も無い。
村人からすれば、トータスは自分達を殺そうとした連中の仲間でしか無いのだ。そんな状態で彼を引き連れたまま村に近付いたらどんな事になるか……ゆりかが不安がるのも当然だった。
『君たちが村に向かうというなら、俺は近くにいない方が……』
自分が厄介者だと認識して、トータスは少し悲しそうに肩を落としながら、何処かに行こうとする。少女たちに迷惑を掛けまいとする配慮が滲む。これまでしてきた行いを考えれば、当然の措置だという自責の念も湧く。
だが何処かに歩き出そうとしたカメ男の手を、さやかが掴んで引き止めた。
「離れる事なんて無いよ。一緒に村に行こう」
そう言って男の手を捕まえたまま、決して離そうとしない。そのまま力ずくでグイグイと引っ張って、村のある方角に連れて行こうとする。
『しかし……』
カメ男は尚も躊躇する。彼女の心遣いを嬉しいと思う反面、だからこそ余計に迷惑を掛けられないという気持ちがあり、彼女の言葉に従う踏ん切りが付かない。
「もうっ! 気にする必要なんて無いのっ! 仲間を連れて村に入ろうとするだけなんだから、それの何がいけないのっ! 村の人がダメだって言うなら、説得するっ! それでもダメなら、村に入るのやめるっ! 何も絶対入らなきゃいけないってワケじゃないんだからっ! 私は誰かをのけ者にしたりするようなマネはしないっ! そんな事、絶対許さないっ!」
さやかは半ばキレ気味になりながら、早口でまくし立てる。意地でも自分の主張を押し通そうとする態度は、さながら大人の言う事を聞かない、だだをこねた子供のようであった。
だが彼女の言葉には一切の迷いが無い。節々に込められた怒りは、トータスの煮え切らない態度に対するものではなく、かつて敵だった者と打ち解ける事を容易にはさせまいとする現実に対して向けられたようにも見える。
社会がそれを許さないなら、社会すら敵に回すと言わんばかりに息巻いている。
『わ、分かった……行こう』
トータスはさやかの勢いに気圧されたあまり、観念したように村に行く事を承諾する。彼女の岩のように硬い強情さに、内心呆れながらも素直に感心していた。これほどの意思の強さが力へと向かうなら、確かに強いのも頷けると納得する。
「もう……しょうがないわね。いじめっ子殺しの魔王だの、学校中の不良を震え上がらせた裏番長だの、学校の裏のラスボスだの、ベガより強い豪鬼だの言われたさやかがそう言うなら、仕方ないわ」
ゆりかは友の校内での異名について語りながら、やれやれと溜息をつく。カメ男を村に連れて行く事への懸念材料はあったものの、最終的にはさやかの意思を尊重し、自分の主張を取り下げた。
「それじゃ方針も決まった所で、村に行くわよっ!」
さやかが最後に意思確認すると、皆彼女の言葉に従うように頷く。
一行は博士が指差した村のある方角を目指して歩き始める。
(絶対許さない……か)
博士は少女の言葉を聞いて思う所があったが、あえてそれを口に出す事はしなかった。
彼女は確かにバエルとは違う。人の死を心から喜ぶ快楽殺人者の悪魔などでは決して無い。
他人のために傷付き、他人のために泣く事が出来る、真に心優しき少女だ。
そして弱者や大切な誰かを傷付けようとする理不尽な暴力に対する怒りが、全力でメタルノイドに向けられてきた事が、彼女の強さの秘密でもあった。
だからこそ、もしその無尽蔵なる怒りや破壊衝動が、メタルノイドにではなく、既存の社会システムや国家などの統治機構に向けられたら……?
彼女はバエルと同等、いやそれ以上に恐ろしい魔王になり得るのではないか……?
(いや、そんな事にはならない筈だッ! 断じてッ!!)
博士はブンブンと激しく首を横に振る。
自分の中に湧き上がった嫌な考えを否定し、打ち消そうとするのに必死だった。
当のさやかは、自分が闇堕ちする懸念を博士に抱かれていた事など知る由も無い。




