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装甲少女エア・グレイブ  作者: 大月秋野
第四部 「Q」
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第128話 少女と交わした約束(後編)

 アダマン・トータスがくした大切な腕時計を、余命いくばくもない少女イリヤと共に探すさやか達……時計は無事に見つかったものの、トータスが喜ぶ姿を見て満足したイリヤはそのまま事切れてしまう。


 一行が少女を失った深い悲しみに包まれていた時、それに水を差すようにトータスとは別のもう一体のメタルノイド、バスター・S(エス)・デスギュノスが姿を現す。


 装甲少女を始末するために現れた事を明確に告げたデスギュノスに対して、さやか達もまた彼を迎え撃つために変身するのだった。


『デスギュノス……貴様に聞きたい事があるッ! この近くにあった村で、毒ガスの散布実験を行ったのはお前かぁっ!!』


 トータスが声を荒らげて問い質す。目の前にいる男がイリヤを死に追いやった張本人かどうか、どうしてもそれを突き止めたかった。


『あぁ……そうだぜ。やったのは俺だ。バエル総統閣下から、新発明したダストガスの効果を確かめるように言われてな……やるのは人間相手でなくても良かったんだが、どうせ殺すなら、やっぱ人間相手でなきゃ面白くねえ』


 いきどおる同僚の問いかけに、デスギュノスが悪びれもせずに答える。


『爽快だったぜ? 殺虫剤をかれたアリみてえに、人間どもがバタバタ倒れていく姿を見るのはよぉ。ダストガスに肺をやられたヤツは、呼吸できなくなって、窒息死しちまうんだ。即死なんかじゃねえ。息が出来ない苦しみで手足をバタつかせて、最後はピクピクして、この世の終わりみてえなツラしながら息絶えるんだ。お前にも見せてやりたかったぜ……ゼハハハハハハァッ!!』


 ガスを撒かれた村人の死に様を克明に伝えながら、心の底から楽しそうに高笑いした。人の死を虫けらのようにあざける姿からは、他人の命に対する慈悲は一片たりとも感じられない。


『……ッ!!』


 デスギュノスの言葉を聞いて、トータスははらわたが煮えくり返る思いがした。遊び感覚で人の命をもてあそぶ同僚の悪逆非道ぶりに、怒りを通り越して吐き気すら覚えた。それと同時に、そんな悪魔のような男と同じ組織にいた自分が死ぬほど恥ずかしくなった。


 ここに至って彼は自分が卑劣な行いに加担していた事を……それが間違いだった事実を、嫌というほど強く思い知らされたのだ。


 もっとも彼に改心させるきっかけを与えた当のデスギュノスは、目の前にいる同僚が変心した事に全く気が付いていない。


『そんな事よりトータスよぉ……せっかくこうしてはち合わせたんだから、二人で協力して、そこにいる小娘どもをブチ殺そうぜ? 俺たちが力を合わせりゃ、そいつらをるのなんて楽勝だからよ……ゼハハハハッ!!』


 装甲少女を始末するために共闘を持ちかける。

 彼はここで起こった一連の出来事を全く知らなかった。さやか達とトータスが一緒にいたのも、油断させるために仲良くなったフリをしたのだろう程度の認識しか無かった。


 不幸な一人の少女がこの世を去った事も、それにより同僚の心が大きく動かされた事も、完全に認識の外にあったのだ。

 トータスの手にはイリヤの亡骸が抱きかかえられていたが、指で隠れていてデスギュノスからは見えない角度にあった。


『……』


 男の提案に、トータスはすぐには言葉を返さない。

 下を向いたまま顔をピクリとも動かさず岩のように固まる姿からは、感情を読み取る事は出来ない。

 そんなカメ男の様子を、さやか達は固唾かたずを飲んで見守る。

 むろん彼が襲いかかってくる訳が無いと心の底では分かっていたものの、それでも「もしや」という思いがあり、緊張せずにはいられない。


 しばらく物思いにふけるように黙っていたトータスだが……。


『……約束したんだ』


 突如、覚悟を決めたように重い口を開く。


『彼女と約束したんだ……もう誰かを傷付けたり、苦しめたりしないと』


 一旦デスギュノスに背を向けると、大事そうに手に乗せていたイリヤの亡骸を、そっと地面に寝かせる。少女の安らかな死に顔を見つめたまま、生前に交わした約束を何度も心の中で思い起こす。


 ……やがて自分の中で気持ちが固まると、再び同僚の方を向いて立ち上がった。


『悪いがデスギュノス……俺は今日限りで組織を抜けさせてもらう。もうお前たちとはやっていけない。これからはこの力を、人を助けるために役立てたい。今までお前や俺たちが散々苦しめてきた人を助けるためにな……これはその……餞別せんべつ代わりだッ!!』


 組織とたもとを分かつ意思を伝えると、宣戦布告の挨拶と言わんばかりに近くにあった大きな岩を両手で持ち上げて、それを相手に向かって力任せに投げ付けた。


『うわ馬鹿やめろっ! 危ねえだろうがっ!!』


 デスギュノスは自分に向かって飛んできた岩を、咄嗟に横に動いてかわす。岩は地面に激突した衝撃で粉々に砕ける。


『トータス、テメエこの野郎っ! 俺を殺す気かっ! 何を頭のイカレた真似してやがる!? 道端に生えてたやべえキノコでも食って、ラリっちまったんじゃねえのかっ!!』


 男は同僚の変心ぶりを声に出してののしった。

 彼からすれば、何故トータスがそのような行動を取るのか全く理解できなかった。イリヤの存在すら知らないデスギュノスの視点では、カメ男が突然心変わりしたようにしか見えず、頭がおかしくなったとしか思えなかったのだ。


『俺はいつだって正気だ……いなッ!! ずっと狂気に取りかれていた俺を……あの子が正気に……人間に戻してくれたんだッ!!』


 状況が理解できず困惑したまま立ち尽くすデスギュノスに、トータスが決意を秘めた言葉と共にショルダータックルを見舞う。


 ギュノスは咄嗟に両腕を盾にして身をかばい、二つの巨躯きょくが激しくぶつかり合う。大型トラックが衝突したような音が鳴り響き、そこから発せられた振動が周囲に伝わって空気がにわかに震える。

 付近にいたカラス達が異変を察知して、慌てて逃げ出す。


 直後デスギュノスはガードした構えのまま、ぶつかった衝撃でズザザァーーッと数メートル後ろへ引きずられるように押された。


『ハァ……ハァ……クソが。ふざけんな……ふざけんなよッ! この大馬鹿野郎がッ! 本気で組織を裏切るつもりかよッ! だったらもう容赦しねえ……今この場で装甲少女ともども地獄に叩き落としてやるッ! この脳みそ腐りきった、大マヌケの、とんまの、クソカメがぁぁぁぁぁあああああああああああッッ!!』


 ようやく状況を理解すると、怒りをぶちまけるように罵詈雑言をわめきながら、感情のおもむくままに左肩に積んだロケットランチャーから大量のロケット弾を発射する。

 トータスは避ける間もなくロケットの集中砲火を浴びて、爆発により生じた煙に包まれて姿が見えなくなる。


『フンッ……哀れなヤツめ。組織を裏切って生きていけると本気で思ったのか? とんだ大バカタレだな。一度でも道を踏み外した者が、簡単に日向ひなたに戻れるとでも……』


 勝利を確信したデスギュノスが鼻で笑う。カメ男が爆発に呑まれて沈黙した光景を目にして、彼が死んだ事を疑いもしない。

 勝利の余韻に浸るように鼻歌をうたいながら、カメ男の判断が間違いだったのだと心の底から侮蔑した。



 ……だが煙が晴れて視界が開けると、トータスは無傷のまま立っていた。彼は両手のひらを前面にかざして、金色に輝く半透明のバリアをドーム状に張り巡らせて、自分の身を守っていたのだ。


『俺が防御特化のメタルノイドである事を忘れたか? デスギュノスよ……』


 カメ男が誇らしげにニヤリと笑う。


 その時デスギュノスは視界に映り込んだ光景に、大きな違和感を覚えた。

 カメ男がロケット弾を防いだ事にも驚いたが、それ以上に奇妙だったのは、彼のそばにいたはずの装甲少女の姿が一人もいなくなっていた事だ。


 ヤツらは何処だっ! 爆発の煙にまぎれて、何処かに隠れたのかっ!?

 ……そんな疑念が湧き上がり、焦りがつのりだす。


 かすかな物音が耳に入り、デスギュノスが後ろを振り返った瞬間……。


「でぇぇぇやぁぁぁあああああああああっっ!!」


 勇ましい雄叫びと共に、さやかが視界に飛び込んできた。

 彼女は宙に浮いたまま横回転して、敵の顔面めがけて全力の回し蹴りを放つ。ゴォォンッとお寺の鐘を叩いたような鈍い金属音が鳴る。


『バッ……エグワァァァァアアアアアアーーーーーーッッ!!』


 顔を思いっきり蹴られて、男が奇声を発しながら豪快に吹き飛ぶ。強い衝撃で地面に叩き付けられて、ローラーのようにゴロゴロと転がった。

 頑丈な装甲に大きな傷は付かなかったものの、それでも頭を激しく揺さぶられた感覚に、男は目眩めまいがして吐きそうになった。


『グッ……!!』


 デスギュノスが腹立たしげに歯ぎしりしながら立ち上がる。顔を足蹴にされた屈辱に誇りを傷付けられたような気になり、怒りのあまり全身の血が煮えたぎる思いがした。

 彼が正面に目をやると、さやか達四人とトータスが男を睨み付けながら並び立っている。来るなら来てみろと言わんばかりに拳を握って構えている。


(クソが……ムカつく野郎どもだッ! 今すぐ殺してやりてえのは山々だが……こいつら全員を一度に相手したんじゃ、さすがにが悪い。闇雲に突っ込んでも犬死にするのがオチだ)


 男は一瞬ブチ切れそうになったが、彼我ひがの戦力差をかんがみて、このまま戦っても勝ち目が薄いと冷静に思い直した。


『ここは一旦引かせてもらう……トータスッ! この借りはいずれ必ず返させてもらうッ! 貴様が裏切った事、上層部に報告させてもらうぞッ! 近いうちに装甲少女ともども、あの世に送ってやるッ! それまでせいぜい首を洗って待ってろ! じゃあな!』


 そう口にするや否や、背中のバックパックから白い玉のようなものを取り出して、地面に向かって勢いよく投げ付ける。


『閃光弾だッ! みんな、目を閉じろッ!』


 トータスが注意をうながし、さやか達がそれに従う。

 白い玉が地面に叩き付けられると、空気が割れんばかりの爆発音が鳴り、辺り一帯がまばゆい光に包まれる。十秒ほど経過して光が消えて無くなると、デスギュノスの姿は何処にも見当たらなかった。


『逃げられたか……』


 敵を逃がした事を悟り、トータスが残念そうに肩を落とす。今すぐ少女の仇を取りたかったのに、それが果たせなかった事への無念の思いがつのる。

 だがついさっきまで敵が立っていた場所を見ると、大きな足跡が延々と彼方まで続いているのが目に入る。相手がそう遠く離れてはいないのが分かる。


「これからどうするの?」


 戦いが終わってひとまず気持ちが落ち着くと、さやかはすぐカメ男に問いかけた。


『ヤツをこのまま野放しにしておけない……何をしでかすか分からないし、何よりヤツはイリヤの仇だ。俺はこのままヤツを追う事にする』


 トータスは地面に残った足跡を指差しながら、そう告げる。


「だったら私たちも一緒に行くわっ! なんたらギュノスを倒すまで、行動を共にしましょう!」


 さやかが強気な笑みを浮かべて提案すると、カメ男はこころよく承諾するようにうなずく。他の者たちも異論は無いと口々に賛同する。


『……だが出発する前に、どうしてもやっておきたい事がある』


 トータスは地面に寝かされたイリヤの亡骸を見つめながら、はかなげにつぶやいた。


  ◇    ◇    ◇


 崖下に雨風をしのぐスペースが即席で設けられて、木の板を削って作った簡素な墓が立てられる。その下にイリヤの亡骸が埋葬される。

 彼女の体は博士の薬品により完全防腐処理がされ、水も菌も一切通さない寝袋の中に入れられた。


 少女の亡骸が埋葬された墓の前に、その死をいたむように一行が並び立つ。


『イリヤ……状況が落ち着いたら、もっとちゃんとした形でとむらう。それまでどうか安らかに眠っていてくれ……必ず迎えに来る。そしてどうか見守っていてくれ。必ず君との約束を果たす……これからは俺の力を、誰かを助けるために役立てる。絶対にだ』


 トータスは墓に向かって手を合わせながら、誓いの言葉を口にする。少女の魂が安らかに眠れるようにと目を閉じて強く祈った。

 さやか達も同様に目をつむって、手を合わせて祈りを捧げる。短い付き合いだったが、それでも決して忘れられない思い出が彼女たちの胸に焼き付く。


 やがて祈り終わると、一行は名残惜しそうに何度も少女の墓を振り返りながら、地面に残った足跡を追って歩きだした。もう二度と同じ悲しみを繰り返さないという、強い決意を胸に秘めて……。



 ……その頃デスギュノスは、遠く離れた岩場に一旦身を潜める。


『ハァ……ハァ……』


 全力で逃げてきた疲労で息を切らしながら、背中のバックパックから無線機のようなものを取り出し、自分の口元に当てる。


『アーーもしもし……フリードマン中佐ですか? お忙しい所失礼……至急お伝えせねばならない事があります。アダマン・トータスが敵側に寝返りました……ええ、そうです。間違いありません。会話も録音しておいたので、後でお送りします。はい……はい……分かりました。裏切り者の始末はぜひ私にお任せを。いえ、メタルノイドの増援はりません。その代わりと言っちゃ何ですが、蚊と猟犬を合計五十匹ほどこちらによこして下さい。それと私自身の武装についての相談ですが……』


 男は無線機の向こうにいる上司らしき人物と、しばらく話し込んでいた。

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