第11話 狙われた少女(後編)
ルミナが駆け出した時、さやかとゆりかは共に地面に寝転がったまま苦しそうに体をよじらせていた。
「ううっ……」
口から呻き声が漏れ出す。シュバルツに渾身の一撃を叩き込まれ、全身を強く打ち付けられた痛みのあまり、二人は自力で起き上がる事さえ出来なくなっていた。
『フン……もう終わりか? 弟ブリッツを倒した連中がいると聞いて少しは期待したが、この程度の実力とはな……ガッカリしたぞ。期待外れも良い所だ。これならゲームでもしていた方が、まだマシだったな』
完全に弱りきった二人の姿を見て、シュバルツが勝利を確信する。彼にしてみれば、今の彼女たちを殺す事など赤子の手をひねるよりも容易い行いだった。
『蜂の巣にしてもやっても良いが……いっそこのまま踏み潰してやろうか。ククク……車のタイヤに轢かれたネズミのように、中身をブチまけて無様に息絶えるが良いわぁっ! ハァッハッハッハッハァッ!!』
そう言って笑いながらとどめを刺そうと近付いていくと、何処からか足音が聞こえてくる。
その足音は明らかにさやか達がいる街の交差点へと向かっていた。やがて足音が次第に大きくなっていくと、その音の主と思しき一人の幼い少女が姿を現す。
「ママーーーーッ!!」
そう叫んでさやか達の前に現れたのはルミナだった。博士と共に安全な場所に隠れて戦いを見守っていた彼女であったが、さやか達が殺されそうになっている姿を目の当たりにして、居ても立ってもいられなくなったのだ。
彼女は我が身を盾にしてでもママを守らんと、体を大の字にしてシュバルツの前に立ち塞がる。強い決意を秘めたその瞳には、一片の迷いも無かった。
むろん幼い少女の力で、この鋼鉄の巨人をどうにかする事など出来る訳が無い。シュバルツの目的が彼女を連れていく事にある以上、このままでは何の手立ても無く連れ去られる事は明白だった。
「ルミナ……お願い、逃げて……」
少女の身を案じ、さやかは弱った体でどうにか声を絞り出す。
だがルミナはその言葉を決して聞き入れようとはしない。今この場でママの命を救えるなら、いっそ自分は連れて行かれても構わないとまで思うようになっていた。
そんな悲壮な決意を抱いたルミナとは対照的に、シュバルツは目的の少女がのこのこと自分から目の前に出向いてきた事に機嫌を良くしていた。
『ほう、やっと俺と一緒に基地に帰る気になったか? ハハハ……嬉しいぞ。それでこそ、我々が開発した爆弾人間よ。やはり子供は大人の言う事を大人しく聞かなければならんよなぁ……ハッハッハッ!!』
そう言って皮肉めいた言葉を口にしながら、楽しげに笑っていた。
「なっ……!?」
その時シュバルツが口にした爆弾人間という単語に、さやかはショックを隠しきれない。
爆弾人間……それはゼル博士が指摘した通り、ルミナという少女が普通の人間ではない事実を明確に突きつける物であった。
そのあまりにも残酷過ぎる現実に胸を刺されたような思いになり、さやかは放心状態になる。
「爆……弾……人間……」
虚ろな目をしたマネキンのように棒立ちになったまま、その言葉を復唱する。
『そうだッ! 自律型爆弾人間試作型ゼロ号機ッ! 学習機能を持つ高度な人工知能を搭載した自爆用ロボット……それがそのガキだっ!』
シュバルツの口から語られる衝撃の真実……それはルミナの中の、眠っていた記憶を呼び覚ます。
「そうだ……わたしは……」
その時、少女は全てを思い出した。
自分がバロウズの基地の一室で組み立てられた事……。
これまで自分と同じ姿をした数多くの仲間が失敗作とみなされ、廃棄されて処分された事……。
自分はその一番最初の、そして唯一の成功例であった事……。
『ククク……エア・グレイブよ。このガキの母親が誰なのかと、そう聞いたな? そんな物は最初から無いんだよ。分かるだろ? このガキはバロウズが開発した兵器……人間を殺す為だけに生み出された、ただの爆弾なんだからなぁっ! ハァッハッハッハッハァッ!!』
ぼう然と立ち尽くすさやかに、シュバルツが更なる追い打ちを掛ける。
現実から目を背けようとするあまり、さやかの心はフリーズしたパソコンのようになってしまっていた。
ショックのあまり固まっている彼女を、ルミナが悲しげな表情で見つめる。その瞳にはうっすらと涙が浮かんでいる。
「ママ……ごめん。ママ、ルミナのことキライになった?」
……そんな言葉が口をついて出た。瞳からは一筋の涙が溢れ出し、頬を伝って地面へと落ちていく。
「……ッ!!」
少女の言葉は、それまで石のように固まっていたさやかの心を突き動かした。
さやかは一瞬掛ける言葉が見つからなかったものの、すぐに決意を秘めた眼差しになって、ルミナを正面からしっかりと見据える。
「……嫌いになんてならないよっ! ルミナが何者かなんて、そんなの私には何の関係もないっ! だってルミナは私の大切な家族だもんっ! だから、これからもずっと……ずっと一緒だよっ! バロウズの基地にも研究所にも、何処にも行かせたりなんかしないっ! ルミナはこの命に代えても、絶対に私が守るっ! だって……だって私はルミナの、世界でたった一人のママだからっ!!」
ありったけの思いをぶちまけるように大声で叫ぶと、その感情のまま目に涙を浮かべながらルミナを力強く抱きしめた。
「ママ……ッ!!」
母の愛に満ちた言葉を掛けられて、ルミナは感激のあまりさやかを抱きしめ返す。
二人はそうして、まるで実の親子のように互いに抱き合って泣いていた。
兵器としての記憶を取り戻した時、少女の中には不安があった。ママに拒絶されるかもしれない恐怖があったのだ。もし唯一の家族であるママに嫌われたら、もう二度と立ち直れないという思いがあった。
それだけにさやかに受け入れられた事は、少女にとって最高の喜びだった。この幸せな気持ちさえあれば、他に欲しい物など何も無いと思える程に……。
……そして彼女の中で、ある一つの決心が固まる。
「ママ……ありがとう」
ルミナは嬉しそうに微笑むと、直後にさやかを両手で突き飛ばした。
突然の事に反応できず、さやかはそのまま尻餅を突いてしまう。
「いたっ! ……ルミナ!?」
少女の意図が読めず、ただ困惑するさやか。彼女が何をしようとしているのか、全く想像が付かなかった。
ルミナは一度だけ名残惜しそうにさやかの顔を見ると、すぐにシュバルツに向き直って一直線に駆け出す。その顔には悲壮な涙が浮かんでいた。
そんな彼女の様子など露も知らず、シュバルツは機嫌を良くしている。
『やっと自分の使命を理解したようだな? フフフ……よろしい。子供は自分を生んだ親の言う事は、大人しく聞かなければならん。貴様の親は、そこにいるさやかとかいう小娘などではない。我々バロウズなのだからな……ハハハハハッ……』
完全に彼女が基地に帰る決心をしたと思い込んでいる。それがとんだ思い違いだとも知らずに……。
「……」
ルミナは無言のままシュバルツの足元まで来ると、ウサギのように軽快に飛び跳ねて彼の肩に飛び乗る。そしてさやかの方を振り返り、儚げな笑みを浮かべながら口を開いた。
「ママ……ありがとう。そして……さようなら」
――――その瞬間。
ルミナの体が一瞬白く光ったかと思うと、直後に辺り一面が眩い光に覆われる。
ロケットを空に打ち上げる時の噴射音のような轟音と共に凄まじい衝撃波が発生し、その場にいたあらゆる物が一瞬にして吹き飛んだ。
それは彼女が自爆した事実を、その場にいた者達に悟らせるには十分過ぎる威力だった。
「ル……ルミナ……ぁぁぁああああーーーーーっっ!!」
さやかが必死に少女の名を大声で叫ぶ。どうにか地面に這いつくばって爆心地に向かおうとするものの、爆風の威力は凄まじく、何も掴まる物が無い彼女はゆりか共々吹き飛ばされてしまう。
「さや……うおおぉっ!!」
ルミナを追ってここまで駆け付けたゼル博士も、強風に煽られて彼女たちと一緒に吹き飛ばされてしまう。
幸い三人とも大きな怪我は負わなかったものの、それでも風が止むまではまともに立ち上がる事さえ出来なかった。
「ルミナ……ルミナ……っ!!」
その強風の中、さやかはただルミナの無事だけを祈っていた。彼女が死んだかもしれないという考えから、目を背けずにはいられなかったのだ。
……やがて風が落ち着くと、周囲を覆っていた光も薄れていき、次第に視界が開けてくる。
鼓膜が裂けんばかりの勢いで鳴り響いていた轟音も止み、一転して辺りは静寂に包まれる。
爆心地の一帯は爆発で生じた衝撃波により、完全に荒野のような更地と化していた。
それは少女の自爆が凄まじい威力である事を如実に物語っていた。もし間近で自爆されていたら、装甲少女と言えど無事では済まなかっただろう。
「うっ……シュバルツは?」
風が止まり、体がまともに動かせるようになると、ゆりかは真っ先にルミナ達がいた方角に目を向ける。戦いの最中だけに、敵がどうなったかを確かめなければならないという冷静な思考が働いた。
「……そんなっ!!」
視線の先にそびえ立つ巨影を見て、ゆりかは俄かに言葉を失う。
自爆に巻き込まれ、その威力を最もまともに受けたはずのシュバルツは……爆発前と変わらぬ姿のまま、そこに立っていたっ!
爆発による損傷を受けた形跡は微塵も無く、その装甲には焦げ跡すら付いていない。
幼い少女が悲壮な決意を抱いて、その尊い命を散らしたにも関わらず……。
「無駄死に……だったというのか」
敵が無事なのを見届けて、博士が苦悶の表情を浮かべる。あまりにも残酷過ぎる現実を、あえて口に出さなければならない葛藤を滲ませていた。
当のシュバルツ本人は、棒立ちした姿のままハァハァと息を切らしていた。
自爆による装甲の損傷は無かったものの、突然の出来事に内心では相当肝を冷やしたらしい。機械の体でありながら、今にも冷や汗をかきそうな勢いだった。
時折、荒い息遣いに混じってチッと腹立たしげに舌を鳴らしている。
『ハァ……ハァ……クソが。核の直撃に耐える我々の装甲が、ガキが自爆した程度で破壊できると本気で思っていたのか? 馬鹿が……そんな訳無いだろう。ションベン臭い青二才のガキが、大人を舐めたマネしやがって……その結果が無駄死にとはな。フン、馬鹿馬鹿しい……実にくだらん事をしてくれた。だが少々ビックリしたぞ。何とも……何とも不愉快な……クソガキだぁっ!!』
怒りをぶちまけるように吐き捨てると、やがて地面に機械の部品のような物が散乱しているのを見つける。
数本のネジ、金属の腕や足の骨格、機械の頭や胴体の残骸、長めの髪の毛、焼け焦げた人工皮膚……。
それはルミナと思しき物のなれの果てだった。
『……クソがぁっ!! クソがクソがクソがクソがクソがぁぁああああーーーーーっっ!! たかが自爆用のロボットの分際で、高等種たる我々メタルノイドに逆らいやがってぇっ!! うぉぉおおおおおっっ!!』
シュバルツは口汚い罵詈雑言をわめき散らしながら、目の前に落ちている少女の残骸を全力で何度も踏みつけた。
鋼鉄の足が踏みつけるたびに、ドンッという大きな音が鳴り響いて、地面が軽く揺れる。
そして少女の体の一部であった金属の部品が細かく踏み砕かれていく。
『この欠陥品がッ! 不良品がッ! 役立たずの、裏切り者の、ゴミクズがぁぁああああーーーーーっっ!!』
……それはまるで犬に手を噛まれた事を怒る飼い主のようでもあった。
よほど彼の逆鱗に触れる物があったのだろう。完全に堪忍袋の緒が切れたその鉄の巨人は、もはや怒りが収まるまでの間地面に散らばっている少女の残骸をただ延々と踏み続けるだけの奇妙な怪物と化していた。
「……ッ!!」
かつてルミナであった物のなれの果てが、何度も無惨に踏みつけられているのを、間近で見ている一人の少女がいた。
ルミナの生存を誰よりも強く心の底から願っていた、赤城さやかだ。
「う……あ……ああああああああああぁぁぁぁぁぁーーーーーーーっっ!!」
今にも喉が潰れんばかりの勢いで叫ぶと、そのまま地面にうずくまる。
全身から滝のように汗が噴き出し、ゼェハァと苦しそうに息を切らせている。肌の色はまるで沸騰したように赤く染まっていく。明らかに只事では無かった。
「さやかっ!!」
「大丈夫かっ!? さやか君っ!!」
心配して駆け寄ってきたゆりかやゼル博士の声も、彼女の意識には届いていない。
脳に急激に血液が流れ込むような感覚を覚え、頭がカーッと熱くなる。全身の血管が拡張されたような違和感に見舞われ、体の奥底が煮えたぎるマグマのように燃え上がっていく。心臓はドクンドクンと激しく脈打ち、息は苦しくなり、視界が真っ白になっていく。
「ルミ……ナ……ァ……」
その白い空間に、優しい笑顔を浮かべたルミナの幻影が浮かび上がる。
幼い少女の姿がシュバルツの巨大な足に踏み潰されて霧のように儚く散っていくイメージが流れた時、さやかの中で何かが音を立ててプツンと切れた。
「アアアァァッッ!!……ア……ア……アームド・ギア……ウェイクアップッッ!!」
飢えた獣のような雄叫びと共に、彼女の全身が赤い光に包まれる。
その光はまるで灼熱の業火のように燃え上がっており、ゆりかもゼル博士も近付く事さえ出来ない。もし触ろうとすれば、手が火傷してしまいそうな勢いだった。
まるで怒りのあまり、炎の魔神と化してしまったかのようだ。
「これは……まさかっ!」
異変に戸惑いながらも、彼女の身に何が起こったのか博士には容易に想像が付いた。
何故なら、博士は前にも一度同じような光景を目にしたからだ。
そして想像はすぐに確信へと変わる。
「……二段階変身ッ! エア・グレイブルッ!!」
さやかが大声で叫ぶと、彼女の体を包んでいた赤熱の光が次第に小さくなっていき、やがてその姿があらわになる。
……それはかつてオーガーを一撃の元に屠った、エア・グレイブの強化形態だった。
やはり変身には何かしらの条件があったのだろう。
実の娘のように愛し、その幸福を心の底から願った少女が無惨に命を落とした深い悲しみと絶望は、彼女を目の前の敵を跡形も無く粉砕し尽くすまで戦い続ける地獄の悪鬼へと変貌させてしまった。
「これが……エア・グレイブル……」
変わり果てた彼女の姿を目にして、ゆりかは思わずゴクリと唾を飲む。
本来ならば仲間が強化変身を遂げた事を素直に喜ぶべき所だが、そのあまりにも邪悪で禍々しい外見は、歓喜よりもむしろ戦慄を覚えずにはいられなかった。
完全に怒りと憎しみに囚われた彼女の姿は、強化を遂げたというよりも、もはや正気を失って暴走しているとしか思えなかった。まるで、かつてのオーガーのように……。
「装甲悪魔……」
……ふいにそんな言葉が口をついて出た。
ゼル博士も、彼女の言葉に同意するように無言で頷く。
恐れおののくゆりか達をよそに、再び強化変身を遂げたさやかが、シュバルツを鋭い眼光でギロリと睨み付ける。その瞳は真っ赤に血走っており、娘の仇に対する憎悪と殺意に漲っている。口からは、獰猛なる飢えた野生の狼のような唸り声を上げている。
世間一般にイメージする正義のヒーローの姿からは遠くかけ離れていた。
「オ前ハ……オ前ダケハァ……絶対ニ、許サナイッ!! ……殺スッ!! 一撃デ、ブッ潰シテ……跡形モ無ク、コノ世カラ消シ去ッテヤルッッ!!」
一寸の淀み無き純粋なる殺意に満ちた言葉を口にすると、さやかは修羅と化した顔付きでシュバルツに向かってゆっくりと歩き出す。
その彼女のあまりにも禍々しい姿に、それまで怒っていた筈のシュバルツの中に一転して恐怖の感情が芽生える。
(何だコイツっ!? オーガーを倒した姿があると話には聞いていたが……それにしたって、いくら何でも変わり過ぎだろうっ! ヤバい……何だかよく分からないが、コイツはとてつもなくヤバいっ! コイツと戦ったら非常に危険だと、俺の第六感がそう告げているっ!!)
……そんな焦りの言葉が頭の中を駆け巡り、動揺のあまり体の震えが止まらなくなる。
彼は一瞬その場から逃げたくなる衝動に駆られたが、バロウズの総統バエルがそれを許すとはとても思えなかった。
内心彼女の怒りに火を点けてしまった、取り返しの付かない行為をしたという後悔の念すら湧き上がっていた。
(無敵のバリアも、今のコイツには効かないんじゃないか……!?)
一瞬、恐ろしい想像が頭をよぎった。もし予感が的中すれば、彼は目の前の悪鬼と化した少女になすすべなく殺されてしまうのだ。死への恐怖を覚えずにはいられなかった。
恐れるあまり何も出来ずにただ茫然と立ち尽くすシュバルツなどお構いなしに、さやかは彼の目と鼻の先まで歩いてくると、すぐにパンチを繰り出す体勢に入った。
「オオォッ!! オメガ・ストライク……オーバーキルゥゥッッ!!」
魔神の如き咆哮と共に、全身全霊の力を込めた拳の一撃が放たれる。かつて強敵オーガーを木っ端微塵に打ち砕いた、彼女の最大の一撃だ。
その怒りの拳がシュバルツに触れかけた瞬間、半透明のドーム状のバリアが発生して彼への攻撃を阻んだ。
『フッ……フハハハハハァッ!! やったぁっ! やったぞぉっ! エア・グレイブルとやらの攻撃を、防いでやったぞぉっ!! 俺の勝ちだっ! やはり俺のバリアは……完全に無敵だったのだぁっ!! イヤッホォォオオオオッッ!! エア・グレイブに勝った記念に、今夜は祝杯だぁっ!!』
技を防いだ喜びのあまり、競馬の予想が当たったギャンブル中毒の親父のようにはしゃぎまくるシュバルツ……倒した訳でもないのに、もう完全にエア・グレイブに勝った気でいる。
だが……。
『……ッ!?』
異変はすぐに訪れた。シュバルツが勝利の喜びに浸っていられたのは、ほんの数秒だった。
エア・グレイブルの拳を必死に押し返そうとしていたバリアだったが、やがてバリアの方が逆に耐えられなくなってしまう。
シュバルツの腰部装甲に内蔵されていたバリア発生装置はオーバーヒートを起こして壊れてしまい、それまで彼女の拳を阻んでいた半透明の障壁は即座に消失する。
『ばっ……馬鹿なぁっ!?』
装置が壊れた事に、シュバルツが声を上げて狼狽する。
それは彼にとっては、決して起こってはならない事だった。もはや怒れる少女の拳から、彼の身を守れる物は何も無い。このままでは少女の拳に貫かれて命を落とす事は目に見えていた。
『い……嫌だぁっ!! 死にたくない……死にたくないっ! 俺が悪かったっ! どうか許してくれぇっ! もう二度と悪さはしないっ! あのガキを死に追いやった事を怒っているなら、部下に頼んで生き返らせてやってもいいっ! だから……だから、殺さないでくれぇぇえええっっ!!』
死を恐れるあまり、気が動転して命乞いの言葉が飛び出す。これまでさやか達を散々苦しめてきたはずの男の、あまりにも見苦しい姿だった。
そしてその言葉がたとえ本気だったとしても、さやかには聞き入れる考えは微塵も無かった。
「塵モ残サズ、消エ失セロッッ!!」
目の前に阻む物が何も無くなった剛拳が突き進む。
バリアに数秒間止められても勢いを全く殺されなかったさやかの拳は、そのまま一気にシュバルツの胴体を貫いて、彼の背後にある地面へと着地させた。
胴体に人間大の大穴を開けられて、シュバルツの全身が灼熱の炎に包まれて激しく燃え上がる。あたかも、閻魔大王の地獄の炎で焼かれた罪人のようだった。
『イ……イヤダァ……死ニタクナイ……死ニタクナイ……ゴ……ゴンナ……ゴンナ所デ……ヴァ……ヴァエルザ……マ……ドウカ……オ許シヲ……ヴァ……ギャァァァアアアアアーーーーーーッッ!!』
壊れた機械音声で死への恐怖に怯えて悲鳴を上げると、直後彼の体は穴の空いた箇所から点火したように爆発が起こり、文字通りに一片の塵も残さずに消し飛んだ。
「……」
シュバルツが消滅した後の大地に、ただ無言で立ち尽くすさやか。
体からは赤い色をした蒸気が大量に漏れ出し、外見は通常のエア・グレイブの姿へと戻っていく。それと共に息遣いや顔色も落ち着いていき、普段の正気を取り戻したようにも見えた。
彼女の表情から、敵を倒した事に対する喜びを感じ取る事は出来ない。それは目の前の敵を倒しても、死んだ少女が生き返る訳ではない事を知っていたからだった。
「ルミナ……」
寂しそうにその名を口にしていると、地面に彼女の物と思しき部品が散乱しているのを見つける。
シュバルツの体が跡形も無く消し飛んでも、少女の残骸は原型を留めたままそこに残っていた。
さやかはあちこちに散らばっていた部品を一箇所にかき集めて、一つずつ丁寧に拾い上げる。
別に部品を集めれば彼女を生き返らせられるという考えがあった訳ではない。それでも亡き家族の大切な形見のように思わずにはいられない感情があった。
拾い集めた部品の中の一つ、小さなネジ……さやかがそれを愛しそうに握り締めると、ルミナとの楽しかった思い出が頭の中に蘇る。
「ル……ルミナぁ……うっ……うわぁぁぁあああああんっっ……」
瞳からボロボロと大粒の涙が溢れ出す。
深い絶望と悲しみに打ちひしがれるあまり、さやかは小さなネジをぎゅっと握り締めたまま、大声を上げて泣いていた。いつまでも……いつまでも……。
「さやか……」
そうして一人泣いているさやかを、ゆりかとゼル博士はただ遠くから見守る。
愛する娘を失った悲しみに暮れて泣き続ける彼女に、二人は何も慰めの言葉を掛ける事が出来なかった。
今の彼女の傷を癒せる気の利いた言葉など、何もありはしないのだから……。