第126話 少女と交わした約束(前編)
カメ型のメタルノイド、アダマン・トータスと毒に体を蝕まれて余命わずかな少女イリヤ……恋人の形見の腕時計を失くしたカメ男と、死ぬまでに何かを為したい少女との間に、奇妙な友情が芽生える。
しばらく横になった事でイリヤの体調もだいぶ良くなり、二人はトータスが落とした腕時計を探すために四つん這いになって草むらを手でかき分ける。
……そんな二人の様子を、少し離れた岩陰からドローンで偵察している者たちがいた。一行のうち四人は学生服を着た少女で、残りの一人は白衣を着た知的な老人だ。
彼らはドローンが見た景色を、スマホのような小型の端末にリアルタイムで映し出される映像で眺めていた。
「……どういう事なの」
少女のうち一人、さやかが怪訝そうな顔で呟く。
メタルノイドと幼い少女という、本来襲う側と襲われる側の関係にある両者が、仲良さそうに探し物をしている光景が、俄かに信じられなかった。
「洗脳でもされてるんでしょうか?」
アミカが不思議がるように首を傾げながら口にする。目の前にあるおかしな状況に、彼女なりに納得の行く仮説を立てた。
「……見た限り、操られている訳では無さそうだ」
ゼル博士が映像をまじまじと眺めながら、アミカの言葉を否定する。端末に映し出された少女の顔や体の動きを冷静に観察して、異常が見られなかった事からの判断だった。
博士の知識を以てすれば、精神支配された人間を見破るなど造作も無かった。
「とにかく行ってみない事には真相を確かめられないな」
ミサキが腕を組んで気難しそうな顔をしながら提案する。ここであれこれ考えていても仕方がないと言いたげだ。
「先に変身してから向かった方が良いかしら」
ゆりかが顎に手を当てて深く考え込む仕草をしながら、独り言のようにボヤく。
「いや……いきなり変身した姿で向かったら、それこそ戦いに来たと誤解を招くわ。アイツが敵かどうかは分からないけど、まずは戦いに来たんじゃない事をアピールするために、変身しないで行った方が得策だと思うの」
さやかが友の主張に異を唱える。そして変身しないで行くべきだとする根拠を的確に述べた。
「ほう……どういう風の吹き回しだ?」
ミサキが思わず感心したように驚く。
彼女からすれば、さやかがそのような提案をするのはとても意外だった。
それはさやかが考え無しに動く脳筋ゴリラ女だからではなく、彼女がメタルノイド憎しというイメージだったからだ。
「そりゃ私だって、メタルノイドなら何でもかんでも絶対殺すべしッ! ……って思いたい訳じゃないよ。確かに連中の大半は生きる価値の無い悪党だけど、中にはそうじゃないヤツもいるかもしれない。そういうのまで見境なく殺すのだけは避けたいの。だってそれは私にとっての復讐じゃないから……それをやったら私、自分で自分を許せなくなっちゃう」
さやかは少し儚げに顔をうつむかせながら言う。言葉の節々からは、分かり合える相手となら分かり合いたいという希望的観測、彼女なりに『人の可能性』を信じたい気持ちが伝わる。
何処か相手を憎みながら戦い続けるだけの人生に疲れていたようにも見えた。
「さやかがそれで良いというなら、私に異論は無い」
ミサキが仲間の意思を尊重する旨を告げると、他の者たちもそれに同意するように頷く。
ゆりかは不用心じゃないかと少し不満げだったが、最終的には自分の主張を取り下げた。別に同調圧力に屈した訳ではない。さやかは確かに脳筋ゴリラ女だが、その動物的カンは時として科学的根拠を覆し得ると考えたからだ。
「みんな……ありがとう」
自分の提案に従ってくれた仲間に、さやかは頭を下げて深く感謝した。
(さやか君……)
一方博士もまた、彼女が復讐に取り憑かれた戦闘狂になっていない事を、心の何処かで安堵していた。
彼女が戦闘狂になる事……それは第二のバエルを生む事に繋がるのではないかという懸念があったのだ。だが今の所はそうならなそうだと強く実感できた。
さやかとバエル……両者の生き方や考え方を隔てるものがあったとすれば、それは――――。
◇ ◇ ◇
トータスとイリヤが探し物をしていた所に、さやか達が徒歩で姿を現す。
「あの……」
さやかが恐る恐る声を掛けようとした瞬間……。
『ムムッ! 貴様らは……知っているぞッ! 数々の同胞を屠った、装甲少女とかいう連中だろうッ! ついにここまで来たか……俺はNo.019 コードネーム:アダマン・トータスッ! 貴様らが強い事は知っている……だが俺もバロウズの戦士の一人ッ! ただ何もせずにやられたりはせんッ! たとえこの身は滅びようとも、腕の一本や二本は持っていく覚悟でやらせてもらうッ!!』
相手の姿を見るや否や、トータスが警戒心をあらわにする。少女たちの方へと向き直ると、自ら名乗りを上げながら、拳を握り締めて肉弾戦の構えを取る。
「待って! 私たち、戦いに来たんじゃないの! 話を聞いて!」
血気にはやるカメ男を、さやかが慌てて説得しようとする。
『そんな話、今更信用できるものかッ! 我々は食うか食われるかの関係、決して共存できない自然界の競争相手ッ! それを如何なる理屈で話し合おうというのかッ!!』
トータスは少女の言葉に耳を貸そうとしない。彼からすれば、赤城さやかという女は数々の仲間を殺してきた恐るべき魔王だ。だいぶ誇張が混じっているものの、血も涙も無い冷酷で情け容赦のないゴリラだという話も散々聞かされてきた。
それが突然目の前に現れて「話を聞いてくれ」と言われても、卑劣なる悪魔の甘言としか思えなかった。
一見頑なに思えるカメ男の態度も、彼の視点からすれば極めて真っ当な反応だったのだ。
「くっ……やはりダメなのか」
全く話を聞こうとしないトータスに、ミサキが残念そうに下唇を噛む。
話し合う事への諦めムードが場に広がり、ゆりかがタイミングを見計らうように変身の構えを取ろうとする。
戦いの火蓋が切られようとした刹那……。
「ケンカはやめてっ!」
イリヤがそう言いながら、両者の間に割って入る。
「お願いだから、ケンカ……しない……で……ゴホッゴホッ!」
必死に言葉を絞り出そうとした途端に咳き込む。急に走り出したために容態が悪化したのか、ゴホゴホと声を出すたびに真っ赤な血が口から溢れ出す。苦しそうに手で胸元を掴んだまま地面に倒れ込んでしまう。
「どうしたの!?」
『オイ、大丈夫かッ!』
少女の容態が急変した事に驚いて、さやか達が慌てて駆け寄る。彼女が毒に蝕まれていた事を知らなかったから、尚更だ。
トータスも戦おうとするのをやめて、少女の元に集まる。とても今すぐ戦える状況では無かった。皮肉と言うべきか、戦いを止めようとしたイリヤの願いは聞き届けられる形となった。
◇ ◇ ◇
「ハァ……ハァ……」
さやかに抱きかかえられながら、イリヤが辛そうに息を切らす。吐血は止まったものの、顔は急激に青ざめていき、動悸も一向に収まる気配が無い。何の手立ても打てなければ、このまま死んでしまいそうな勢いだ。
それを二人の周りにいる者たちが不安そうな表情で見守る。
『ああっ……』
少女の容態が芳しくないのを見て、トータスが情けない声を漏らす。どうすれば良いか分からず、頭を抱え込んで必死に悩んでいた。
『グッ……ええい、ままよっ! 博士っ! 恥を忍んでお頼み申し上げるっ! この子を……イリヤの命を救ってやってくれっ! それが出来るなら、俺は何だってするっ! 頼むっ!』
一瞬尻込みしたものの、覚悟を決めたように博士に向き直ると、土下座して頼み事をする。それは少女の命が救われるためなら、自分の命すら投げ打っても構わないという悲壮な覚悟の現れだった。
博士は頼みを承諾するように頷くと、小型の端末のカメラ部分を少女に近付けて、彼女の全身をスキャンする。
「毒は脳にまで達している……それを今すぐ取り除く方法は、残念ながらここには無い」
今この場で用意できる手段では、彼女を救う事は出来ないのだという冷酷な現実を突き付ける。
「この薬を飲みなさい。毒が消える訳では無いが、症状を緩和させ、病気の進行を大幅に遅らせる事が出来る。寿命も数日程度は伸びるだろう」
博士はそう言いながら白衣のポケットから一粒の錠剤を取り出すと、それを少女の口に運び、ペットボトルに入った水と一緒に飲ませる。
少女が薬を飲んでから数分が経過すると体の震えが止まり、青ざめていた顔にも血色が戻ってくる。激しかった動悸もその時には収まっていた。
「お姉ちゃん達、カメさんとケンカしないで……カメさん、とっても良い人だよ。カメさんも、お姉ちゃん達の話を聞いてあげて……みんなケンカしないで、仲良く……して……ね」
容態が回復すると、イリヤは疲れたように目を閉じて、スゥスゥと気持ちよさそうに寝息を立てて眠りに就く。
『フゥーーッ……』
トータスは少女が完治しない事実に一旦は落胆したものの、それでも彼女が一命を取り留めた事に深く安堵するように溜息を漏らし、精神的にドッと疲れたようにグッタリしながら地べたに座り込んだ。
完全に戦う気分では無くなっていたカメ男に、さやかが歩み寄る。
「トータスと言ったかしら……これでもう分かったでしょ? 私たち、貴方と戦いに来た訳じゃないの。もし良かったらここで何をしていたのか、今まで何があったのか、話してもらえる? 私たちで力になれる事があるかもしれないわ」
『……』
さやかの問いかけにトータスは最初黙り込んだものの、やがて観念したように口を開く。
『分かった……話そう』
◇ ◇ ◇
トータスが恋人からもらった腕時計を失くした事……イリヤが、別のメタルノイドが散布した毒にやられた事……彼女が最後の思い出にしたくて時計探しを手伝った事……それらはさやか達に知られる事となった。
「……よっしゃ! だったらその時計探し、私たちも手伝いましょう! その方が絶対見つかりやすいでしょ! 博士はイリヤの容態を見ていて! 私とゆりちゃんとミサキちゃんとアミちゃんで、時計を探すからっ!」
トータスの話を聞くや否や、さやかはすぐに立ち上がって、テキパキと仲間に指示を出す。仲間が指示に従ってそれぞれ行動を起こすと、彼女自身も時計を探す作業に移る。その行動には一寸の迷いも感じられない。
絶対に時計を見つけてやるっ! と息巻いて、ゴリラのように鼻息を吹かせながら腕まくりしている。
仲間たちもこれまでの流れからトータスが悪人ではないと理解したのか、さやかの意思を尊重する。
『……』
トータスはしばらく無言のまま立ち尽くす。彼女たちがここまで友好的に接してくれるなど、彼からすれば完全に予想外だった。
気持ちの整理が付かず、何も出来ないままでいたものの、やがてさやかの所へと向かう。
『何故……俺を信じた? 俺とお前たちは本来敵同士のはずだ。それなのに……』
少女の背中に向かって疑問をぶつける。
さやかは四つん這いになって草を手でかき分けながら、顔だけカメ男のほうに向けて口を開く。
「そんなの決まってるでしょ。イリヤって子が貴方を信じたから……あの子が信じた貴方を、私たちも信じてみる事にしたの。それだけ」
屈託のない笑みを浮かべて質問に答えると、再び草をかき分ける作業に戻る。
……彼女の言葉を聞いて、トータスは自分が情けなく思えた。
彼女たちは最初から話し合うつもりで来たのに、それを一方的に敵だと決め付けて戦おうとした自分の浅はかさを深く嘆いた。
彼女たちはただ敵を殺すだけの戦闘狂では無かった。己の意思を持ち、己の頭で考えて行動する『人間』だったのだ。
それに引き換え、自分と来たらどうだ? ただ恋人を失った怒りを他人にぶつけてウサ晴らししていただけだ。信念も何もあったものではない。
他のメタルノイドには信念があったかもしれない。たとえ悪でも、そこには貫くべき誇りがあったかもしれない。でも自分にはそれすら無かった。ただ暴力を不満のはけ口にしていただけの、醜い獣でしかなかった。
俺はとんだ大馬鹿野郎だっ!
……トータスはそんな思いに駆られ、どうしようもなく自分が恥ずかしくなった。
『すまない……そして、ありがとう』
時計を探し続ける少女の背中に向かって深く謝罪しながら感謝の言葉を述べる。
さやかはあえて振り返らなかったものの、口元は緩んでおり、思わず漏れ出たフフッという声はトータスの耳にもちゃんと伝わっていた。




