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装甲少女エア・グレイブ  作者: 大月秋野
第四部 「Q」
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第124話 夢の終焉

『なぁ、青木ゆりか……このまま苦痛の中でのたうち回って死ぬ事は本意ではあるまい? もう一度だけ貴様にチャンスをやる。再び夢の世界を受け入れよ……絶望と悲しみに満ちた現実から解き放たれて、願望が満たされる夢の中で永遠に眠り続けるがいい』


 ザーヴェラーが甘い誘惑をささやく。自らの揺るぎない勝利を確信したからこそ、少女に情けを掛けたようにも見えた。


「……」


 ゆりかはしばらく黙り込む。相手の言葉を聞いて、彼女なりに深く考えさせられる部分があった。


 骸骨の男は、この世が悲しみに満ち溢れている事を強く実感したと発言した。それは彼自身、何らかの悲しい過去があって、現実世界で生きる事に深く絶望したのではないかと推測できた。


 他人を夢の世界に行かせた所で、自分が夢の世界に行ける訳ではない。

 その点では確かに自分のためでなく、純粋に他人を思い、自らの価値観にもとづいて救済しようとしているのかもしれない。


 だがそうであったとしても、家族の同意が得られぬまま、ひとがりを押し付けている事に何ら変わりない。たとえどんな高潔な思想があろうとも、彼が人の心をもてあそぶ悪魔である事実に変わりは無いのだ。


 彼の過去に何があったのか知りたい気持ちもあったが、それを悠長ゆうちょうに聞き出せる状況では無かった。


「残念だけど……丁重にお断りするわ。現実がどれだけ辛く悲しいものだと分かっていても、それでも私たちは辛い現実を受け入れて生きていくしかない……だってそうでしょ? 『生きる』って……そういう事だからッ!!」


 ゆりかは思いをせた末に、相手の主張を真っ向から否定して、誘いをはねのけた。


『そうか……ならばここで死ねッ!!』


 ザーヴェラーは腹立たしげに吐き捨てると、再び彼女に向けて光線を放つ。

 少女はすかさずレーザーが飛んできた方角へと振り返ると、槍の刃を盾にして光線を弾く。


「ザーヴェラーッ!! 貴方が生み出したまやかしの理想は、私の刃で断ち切ってみせるッ!!」


 改めて敵を倒す決意を固めると、すぐに右腕の装置にあるボタンを指で押した。


「エア・ナイト……ブーストモードッ!!」


 掛け声と共に、少女の背中にあるバーニアから青い光が蒸気のように噴き出す。それらはキラキラ光る粒子となって少女の皮膚に吸い込まれるように付着していき、やがて彼女の全身が青く輝くオーラに包まれる。


『クククッ……馬鹿めッ! 十倍速くなったから、何だというのだッ!! ゴキブリのように地面をい回って、しらみ潰しに私を探そうとでも言うのかッ!?』


 倍速モードになった少女をザーヴェラーが嘲笑う。たかが十倍速くなった程度では、自分の位置を割り出す事など不可能だと言いたげだ。


 だが骸骨の男に侮辱する言葉を浴びせられても、ゆりかは全く動じる気配を見せない。


「バイド粒子の使い道は……動きを速くする事だけじゃないッ!」


 そう口にすると、槍を両手で強く握ったまま、力を溜め込むように一旦身をかがめる。そして全身をブルブルと震わせた。


「うっ……うぁぁぁぁあああああああっっ!!」


 直後目をつぶったまま天を仰ぐような姿勢で雄叫びを上げると、少女の体を覆っていた青い光が、それに呼応するように全方位に向けて飛び散った。


『何ぃっ!? なんだこれはッ!!』


 今まで見た事も無い少女の力に、ザーヴェラーがにわかに困惑する。

 やがて飛び散った青い光のうち一つが何も無い暗闇に当たり、ビチャァッと水滴のように音を立てて跳ね返った。


「そこかぁぁぁああああああっっ!!」


 それが敵の居場所を知らせるサインだと判断し、ゆりかは大声で叫びながら全速力で走り出す。これをのがしたら二度と勝機は訪れないという焦りが、これまでに無い脚力を生み出した。


「……ブースト・ファングッ!!」


 槍の先端をドリルのように高速で回転させると、水滴がぶつかった暗闇に向かって一直線に突進する。何か大きなかたまりにぶつかった感触を得ると、そのまま一気に貫いて塊の向こう側へと駆け抜けた。


『ギャァァァアアアアアアアッッ!!』


 もだえ苦しむ悪魔のような絶叫が放たれる。直後辺りを覆っていた暗闇が急速に晴れていき、少女の視界は森の景色へと戻る。

 彼女が後ろを振り返ると、腹に人間と同じ大きさの風穴を空けられた黒ローブの骸骨が、うめき声を漏らしながら力なくうずくまる。

 穴の空いた箇所からは火花が散り、ズタズタに千切れた金属の部品が、内蔵のようにこぼれ落ちる。それは男が致命傷を受けた事を明確に伝えた。


『アアッ……何トイウ事ダ……私ハ……私ハタダ、生キル事ニ苦シム者タチヲ、救オウトシタ ダケ……ナノ……ニ……』


 死の運命から逃れられないと悟り、ザーヴェラーが無念そうにつぶやく。この世に未練を残したように天に向かって何度も手を伸ばしたが、やがて糸が切れた人形のように動かなくなり、そのまま絶命した。


「……」


 敵の最期を見届けながら、ゆりかは浮かない顔をする。ただ純粋に善意によって他人を救おうとした男の末路に対する哀れみと、自分のした事が本当に正しかったのだろうかという葛藤にさいなまれた。


 戦いを終えた少女が辺りを見回すと、さやか、ミサキ、アミカの三人が草むらに倒れているのが見つかる。さらにその向こうには、数日前に森に足を踏み入れたらしき村の男たちが二十人ほど倒れていた。


 ザーヴェラーが死んだ事により術が解けたのか、それまで眠っていた者たちの体がピクリと動きだす。


「うっ……ゆりちゃん?」


 最初にさやかが目を覚まし、寝ぼけた頭を覚醒させようと揺り動かしながら、ゆっくりと体を起こす。後に続くように他の二人も目を覚ます。


「不覚を取った……あのまま眠り続けたら、永久に唐揚げを食べ続ける所だったぞ。このザマでは、本物のイルマに合わせる顔が無いな……ハハハ」


 ミサキが自嘲気味に笑いながら、自らの不甲斐なさを嘆く。こういう時自分がしっかりしなければならないのに何も出来なかったという後悔に駆られ、敵の術にあらがえなかった事を深くじた。


「敵はもう倒したんですね……さすがです、ゆりさん」


 近くにローブを着た骸骨の亡骸が倒れているのを見て、アミカが状況を察する。もし彼女ゆりかがまやかしに抗えなかったら、自分たちはなすすべなく全滅していた事を強く実感させられて、難局を打開した先輩に対する尊敬の念が湧き上がる。


 だが仲間に褒められても、ゆりかの表情に勝利に対する喜びは無かった。アミカに言葉を掛けられても返事もせずに、顔をうつむかせたまま黙り込んでいる。

 気落ちした彼女の様子を見て、三人は自分たちが眠っている間に敵と何かあったのではないかと推察したが、今すぐにそれを聞ける空気では無かった。


「ウウッ……ここは何処だ?」


 重苦しい空気に水を差すように、さやか達から離れた場所に倒れていた男たちが目を覚ます。急に夢から覚めたために周囲の森を見回して困惑していたが、体調に問題は無さそうだった。

 彼らの感覚からすれば、突然森の中にワープしたようなものだ。驚くのも無理は無い。


「皆さん、大丈夫ですかっ!? 貴方がたにまやかしを見せていた化け物は、我々が退治しましたっ!」


 ゆりかはすぐに男たちのそばに駆け寄り、彼らが置かれた状況について説明する。そして村で大切な家族が待っている事を伝えた。


「おお……そうだ。村に……村に帰らなければっ! 妻が待っているんだ!」

「老いた親父を残したまま、俺だけ先にはけねえ」

「娘よ、今帰るぞっ!」

「タケシに犬を預けたまま死ぬ訳には行かねえな」


 彼女の言葉を聞いて、男たちは帰りを待つ家族や友人がいた事を思い出す。自分を現実に引き戻してくれた少女たちに深く感謝すると、村のある方角に向かって歩きだした。


 だが半数以上の村人が去っても、その場から動こうとしない者が数人いた。

 さやか達が「村に帰らないのか」と声を掛けても、返事をしない。


「俺には帰りを待つ家族なんかいねえ……」


 やがて彼らのうち一人が重い口を開く。


「現実で生きてても、良い事なんか何もねえ! あのままずっと夢の世界にひたっていたかったんだ! それなのに、どうして……どうして……チクショウッ!!」


 もう二度と夢の世界に戻れないのだと知って、心の底から嘆く。今にも泣きそうな顔になりながら、深く落胆するようにしゃがみ込んだ。

 彼の言葉に賛同するように、他の者も溜息を漏らしながら地面に座り込む。誰一人としてその場から動こうとはしない。


 そして一斉にゆりかをジト目で睨み付ける。あえて口には出さずとも、まやかしを消し去った事に対する恨みぶしが、冷たい視線によって伝わる。


「何を……ッ!!」


 ゆりかは思わずカッとなって説教しようとしたが、そんな彼女の肩をミサキがつかんで制止した。

 ミサキは目を閉じたまま、黙って首を左右に振る。説教をしても無駄だとか、自分たちのすべき事は終わったから帰ろうとか、そう言いたげだった。

 仲間に止められて冷静になると、ゆりかも男たちを説得する事は諦めた。



 さやか達が村に帰還すると、家族が無事だった事を喜んだ村人同士が嬉しそうに抱き合っていた。


「おおっ! 貴方がたのおかげで、大切な同胞が戻ってきましたっ! 何とお礼を言って良いやら……」


 村人の救出を依頼した若い男の一人が、深く感謝しながら頭を下げる。他の者も後に続くように少女たちを救世主とあがめ、有難ありがたがるように手を合わせておがんだ。


「でも……」


 ゆりかが言葉をにごしたまま顔をうつむかせる。とても村人を救出した事を素直に喜べる雰囲気ではない。


「ええ……戻ってきた者たちから聞きました。森に残った連中がいると……でもそれは仕方ありません。貴方がたは出来るだけの事をしたのです。どうか自分を責めないで下さい」


 男がなぐさめの言葉を掛ける。少しでも少女たちに責任を負わせまいと必死に気遣う。


 それでもゆりかの心は決して晴れやかでは無かった。

 後ろ髪を引かれる気持ちになりながら、森があった方角をじっと眺める。



 ――――こうするしか、無かったんだよね?



 少女は自分に言い聞かせるように、何度も心の中でそうつぶやいた。



 ……森に残った男たちがその後どうなったか、さまざまな憶測が流れた。

 飢え死にしたとも集団自殺したとも、熊に食われたとも、結局山を降りたが村に戻れずよその土地に流れ着いたとも、バロウズの協力者エージェントにスカウトされたとも言われた。


 ただ数日後に村人が近くを通りかかった時、そこに死体は無く、ザーヴェラーの亡骸も綺麗きれいに片付けられていたと言う。


 彼らがその後どうなったか、真相を知る者はいない。

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