第123話 夢の世界からの脱出(後編)
村人を救出すべく『妖精の森』に足を踏み入れたさやか達だったが、自身の願望が満たされる夢の世界へと引きずり込まれる。
彼女たちの中で唯一まやかしを自力で打ち破ったゆりかの前に、事件の黒幕と思しきメタルノイドが姿を現す。
『私はNo.018 コードネーム:ファントム・ザーヴェラー……この妖精の森の支配者よッ!!』
その者は背丈6mほど、漆黒のローブを羽織ったガイコツのような姿をしていた。ロボットというよりは、邪悪な不死の魔術師か何かのようだ。瞳の奥は宝石でも埋め込まれたように、不気味に赤く光っている。
「貴方にどうしても聞きたい事がある……私たちを殺そうと思えばいつでも殺せたのに、そうしなかったのは何故っ!?」
槍を手にして構えながらも、ゆりかが率直な疑問をぶつける。
ザーヴェラーは術に掛かって眠った少女たちにあえてとどめを刺さず、眠らせたままにしていた。一切の邪魔が入らずに心臓を抉り出せる、絶好の好機だったにも関わらず……だ。その事がどうしても彼女には解せなかった。
村人を夢の世界に引きずり込んだ事にしてもそうだ。彼が妖精の森の存在を伝えたのは十日も前の事だ。さやか達を誘き出すにしては間が空き過ぎている。
かといって拠点を制圧するでもなく、単に村人を眠らせるだけの行為に、バロウズとして戦略的メリットがあるとは到底思えない。
ゆりかには敵の意図がまるで読めなかった。
『クククッ……貴様は少し勘違いをしているようだな』
少女の疑問を、ザーヴェラーが一笑に付す。
「それはどういう意味よっ!」
ゆりかが声を荒らげて聞き返した。小馬鹿にするような態度を取られた事に、湧き上がる苛立ちを隠し切れなかった。
『青木ゆりかと言ったな……ならば教えてやる。貴様は私が悪意によって行動したと思っているだろう? だがそれは違う……むしろ逆だ』
「何っ!?」
少女は思わず耳を疑った。この見るからに醜悪な骸骨が、自分は何も悪い事などしていないと言うのだ。とても信じられるものでは無かった。
『私はこの現実世界が、絶望と悲しみに満ち溢れている事を知った……何よりも私自身、それを強く実感させられた。そして悟ったのだ……ならばいっそ辛い現実で生きるよりも、願望が満たされる夢の空間に居続けた方が幸せではないか……とな。私はそのために能力を使おうと決心した』
これまでやってきた行いの目的を明かす。一見不毛とも思える村人の集団催眠は、彼なりの救済論に基づくものだった。
「眠り続けた人は……その後どうなるの?」
ゆりかが改めて問い質す。敵の言葉をすぐに否定したいのはやまやまだが、まずは湧き上がった疑問を解消させる事を優先した。
『飲まず食わず眠り続けた者は、当然餓死するだろう……だが熟睡した本人が苦痛を感じる事は無い。何の痛みも味あわずに、楽しい夢に浸れたままあの世に旅立てるのだ……理想的ではないか? カッカッカッ!!』
ザーヴェラーは眠った者にいずれ死が訪れる事を告げる。そしてガイコツの歯をカチカチと鳴らしながら、愉悦に浸るように笑った。
「……ッ!!」
少女の中で、何かがグツグツと煮えたぎる心地がした。目の前に立つ骸骨に今すぐ攻撃したい衝動に駆られたが、そんな自分を歯を食いしばって必死に抑え込んだ。まだ聞きたい事が残っていたからだ。
「彼らの帰りを待つ家族や友人が、村に残ってるわっ! その人たちに深い悲しみを背負わせてしまっても、構わないって言うのっ!?」
たとえ本人が幸せだったとしても、その家族までが幸せになる訳じゃない。彼らが大切な人を失った悲しみに打ちひしがれる事は目に見えている。
独自の救済論に基づくザーヴェラーがそれをどう捉えるのか、ゆりかはどうしても聞き出したかった。
『クククッ……構わんよ。眠らされた者たちが、もし夢より現実の方が良いと感じたなら、貴様のように自力で目覚めるはず……それが出来ないのなら、夢の方が楽しいと感じている証拠だ。そう思わせてしまった家族には、責任を取ってもらう……彼らを現実に引き戻せなかった責任をなッ!!』
骸骨の男が、悪びれもせずに答える。彼の口調には一切の迷いが無い。
正に本来の意味での『確信犯』と呼べるものだった。
ゆりかはここに至って確証を得る。この男は断じて救済者などでは無い……たとえ彼自身が「人のためにやっている」と主張したとしても、それは歪んだ価値観を他人に押し付ける独り善がりに過ぎないのだと。
家族を悲しませておいて、何が救済者だっ! 少女はそう心の奥底から憤った。
「身勝手な正義で、人を苦しめる悪党ッ! 絶対に許さないッ!!」
敵の行いを強く罵ると、その勢いのまま槍を手にして飛びかかる。
『フンッ! ならば苦痛と絶望にのたうち回って息絶えるがいいッ!!』
ザーヴェラーは腹立たしげに言葉を返すと、数歩後ろに下がって霧の中に身を隠す。
ゆりかは敵がいるはずの空間を槍で切り裂くものの、風圧で霧が晴れると、そこに相手の姿は無かった。
(この霧が邪魔ね……だったら吹き飛ばすッ!)
少女は意を決すると、両脚を左右に広げて股を開いた姿勢で立ったまま、両手で握った槍を水平にして真上に掲げる。そのままヘリコプターのローターのように槍を高速で横回転させた。
槍の回転によって辺り一帯を竜巻のような突風が襲い、森を覆っていた霧が吹き飛ばされていく。やがて視界が完全に晴れ渡ると、少女は槍を回すのをやめる。
彼女が辺りを見回すと、骸骨の男は数メートル離れた地点に立っていた。
「もう貴方に勝ち目は無いわ……観念しなさい」
ゆりかが勝ち誇ったように言う。姿を隠す霧が無くなった以上、自身の勝利は揺るがないと確信を抱いた。
『フンッ……勝ち目が無いだと? 笑わせる……私の力が霧に隠れる事だけだと思っているなら、勘違いも甚だしいぞ』
だがザーヴェラーは臆する事なく鼻で笑う。とても追い詰められた者の取る態度とは思えなかった。
『我が力の真髄……目に焼き付けて死ぬがいいッ! 暗黒空間ッ!!』
技名らしき言葉を叫ぶと、男の手を起点として黒いもやのようなものが発生する。それは周囲へと急速に広がっていき、少女の視界はあっという間に黒一色に塗り潰される。
「これは……!?」
完全なる暗闇に覆われて、少女が困惑する。再び槍を回転させて吹き飛ばそうと試みた。
『無駄だ……これは風で吹き飛ばせる類のものではない。貴様の視界に直接幻を見せているのだからな……これぞ我が奥義、暗黒空間ッ!! 私の姿は完全に暗闇と同化し、貴様には位置を特定する事は不可能……絶対になッ!!』
そう言い終えるや否や、暗闇から一筋の赤い光線のようなものが放たれる。少女は咄嗟にそれをかわそうとしたものの、光線は彼女の左腕を掠め、ジュッと肉が焼けたような音と共に激痛が広がる。
「ぐっ……このぉぉおおおおっ!」
ゆりかは必死に痛みに耐えながら、光線が飛んできた方角へと斬りかかる。だが槍を振り下ろしても手応えが全く感じられない。
『フフフッ……私の指先にはレーザー砲が仕込まれている。直撃すれば装甲少女の肉を貫通する威力のな……たとえ避け続けたとしても、いずれは脳や心臓を貫かれて、ブザマに血を吐いて息絶えるハメになるぞ』
少女が攻撃を外した事を嘲笑うと、ザーヴェラーは自身が放った光線について語る。そして抵抗を続けたとしても、死の運命からは逃れられない事を告げた。




