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装甲少女エア・グレイブ  作者: 大月秋野
第四部 「Q」
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第122話 夢の世界からの脱出(中編)

 ファントム・ザーヴェラーの発生させた白い霧は、さやか達を眠りへといざなう。

 深い眠りに落ちた少女たちは、死んだはずの家族と再会する夢を見させられていた。それは見た者の願望をありのままかなえる、まやかしの世界に他ならなかった。


 決して叶わない欲求が叶えられた喜びにあらがう事が出来ず、さやか、ミサキ、アミカの三人は夢の世界にひたってしまう。それが敵の恐ろしい力だとも知らずに……。


  ◇    ◇    ◇


「んっ……」


 その頃ゆりかの意識がかすかに目覚めかける。まだ頭はボーッとしていて、まぶたは重く、体は猛烈にだるい。眠気は完全には吹き飛んでおらず、二度寝したい衝動に駆られる。今ここで起きても頭がスッキリしないだろうという考えが、二度寝の判断を正当化しようとする。


 妖精の森に来た記憶は既に薄れかけており、ここが何処なのか検討も付かない。


「起きなさい、ゆりか。こんな所で寝たら行儀ぎょうぎが悪いぞ」


 誰かがそう語りかけながら、彼女の体を揺り動かす。

 体を激しく揺さぶられて脳をグラグラ動かされた衝撃で、ぼやけた意識が急激に覚醒する。

 ゆりかがハッと目覚めると、彼女はファミレスのテーブルでうつ伏せになっていた。衣服は変身していない学生服のままだ。


「せっかく家族水入らずで食事に来たのに、寝てしまうとは……三人で食事がしたいって言い出したのはゆりかだぞ」


 彼女を起こした人物が不満そうに愚痴を漏らす。スーツを着て身なりを整えた、身分の高そうな壮年の男性だった。


「急に眠るなんて……あまりに楽しみだったから、きっとはしゃぎ過ぎて夜眠れなかったのね」


 男性の隣に座る女性が、楽しそうにクスクスと笑う。

 男性の妻であろうと思われる女性は、しかしながら夫と同年代には見えないほど若作りした美貌を保っていた。もし四十代であるならば、まさに美熟女と呼ぶに相応しい美しさだった。


「父さん……母さん……」


 二人を目にして、ゆりかがそう口にする。

 今少女の前にいるのは、まぎれもない彼女の両親だった。

 彼らの言う事が正しければ、ゆりかの提案により一家で食事しに来た事になる。


「母さん、どうしてここにっ!? いつも仕事が忙しくて、家にもろくに帰ってなかったのにっ!」


 少女がすぐさま疑問をぶつける。彼女の母親は会社づとめをしており、多忙を極めた。

 夫婦仲は決して悪くはなく、学校行事や誕生日など祝い事には極力顔を出そうとする娘思いの優しい母だったが、それでも夫の都合もあり、一家が全員揃うなど滅多に起こらない事だった。

 その滅多に起こらない奇跡が、今こうして目の前にある事に、少女は違和感を覚えずにはいられなかったのだ。


「母さん、仕事やめてきちゃった。ゆりか、今まで遊んであげられなくてゴメンね……でもこれからはずっとそばにいるから、ね」


 娘の疑問に母が答える。これまでの行いを反省しながら、お茶目にテヘペロしてみせた。


「なっ!?」


 あまりに突飛とっぴすぎる母の言動に、ゆりかは開いた口が塞がらなかった。一瞬聞き間違いではないかと錯覚し、ポカンと口を開けたままフリーズしたパソコンのように固まってしまう。

 あれだけ真剣に打ち込んできた仕事を、簡単に投げ出すなんて……そんな思いが湧き上がり、胸がにわかにざわついた。


「ゆりか、ゴメンな。父さんこの間お前に、装甲少女をやめろだの何だの、いろいろと厳しい事を言っただろう。あれから考え直してな……父さんが間違ってた事に気付いたよ。もうお前のやる事には一切口出ししないから、これからは自分の好きな事だけやりなさい」


 後に続くように父が謝る。申し訳無さそうな顔をしながら頭を下げると、今度は穏やかな表情に変わって、娘の好きにしていいと言う。

 それは彼女がよく知る父親の口からは決して出ない言葉だった。


「……」


 ゆりかは顔をうつむかせたまま黙り込んでしまう。

 文字通り人が変わったような両親の態度に、今までに無い違和感が湧き上がり、胸がジリジリして頭の中がキューッとなって、思わず吐きそうになるほど気持ち悪くなった。


「……違う」


 思わずそんな言葉が口をいて出た。


「私の父さんと母さんは、そんな事絶対言わないっ! 貴方たち、私の知ってる父さんと母さんじゃないっ! 誰っ!!」


 胸の内に湧き上がったモヤモヤを外に吐き出すように、早口でまくし立てた。もはや彼女にとって目の前にいる二人は両親ではなく、『両親の皮を被った何か』でしか無かった。


「ゆりか、どうしてそんな事を言うの……」


 母がとても悲しそうな顔をする。娘のためを思って行動したのに、それを否定されたような悲壮感が表情に浮かび上がる。

 ゆりかはそんな母の姿を見て、かすかな罪悪感にさいなまれた。


「そうだぞ、ゆりか……父さんは知ってるんだぞ。お前が心の奥底で、本当はこうだったら良いなぁと、ずっと願っていた事を。だから父さんと母さんは、お前が願った通りの事をしてあげたんだ……希望がかなったのに、一体何が不満なんだ?」


 父が疑問をていする。今の自分たちの言動は、全て娘の願望を実現したものだと言うのだ。にも関わらず娘が反発する事に、動揺を隠し切れていない様子だった。


「分かってる……そんなの分かってるよ」


 少女はそう言いながら下唇を強く噛む。

 今目の前にいる両親の姿が、自分にとってもっとも都合が良い事は、彼女自身も十分に理解していた。いっそ受け入れてしまえば、どれだけ気持ちが良いだろうとも考えた。だが……。


「でも……それでも、こんなの絶対間違ってるっ!」


 目をつぶって顔をうつむかせると、胸の奥から絞り出すように大きな声で叫んだ。


「私……ずっと嫌だった! いつも家にいない母さんも、私を束縛する父さんも、ずっと嫌いだった! こんな両親、いなくなっちゃえば良いとさえ思った!」


 これまで両親に対して抱いていた不満を、ここぞとばかりにぶつける。


「でも……でも本当は、そんな両親を……心の奥底では尊敬してたのっ! 母さんは誇りを持って仕事に向き合ってたっ! 父さんは不器用だけど、いつも私の事を心配してくれてたっ! 二人とも、立派な人だった! 私、そんな親を……たとえキライでも、愛してたのっ!」


 だがそんな親でも……いやそんな親だからこそ心の底では愛していたのだと、強い思いを打ち明けた。


 彼女の言葉は一見非合理で、矛盾しているとも受け取れる内容だ。だが親に抱いた相反する複雑な感情は、いつわらざる少女の本音そのものだった。


「ユリ……カ……」


 ゆりかが本音を口にした瞬間、目の前に広がる光景に、テレビの受信が悪化したようなノイズが混ざる。両親が彼女に向かって何か言っていたが、音声はブツ切りになりよく聞こえない。

 視界はグチャグチャに乱れていき、やがてザーーッという音と共に砂嵐になる。最後はフェードアウトして完全な暗闇になり無音になる。

 それにともない彼女の意識も薄れていった。


  ◇    ◇    ◇


「……うっ」


 目を覚ますと、少女は草むらに倒れていた。体は戦士ヒーローに変身済みのままだ。

 周囲は白い霧に覆われていて、3メートル先を見渡す事も出来ない。恐らく仲間が近くに倒れているのだろうが、それを目でとらえる事もかなわない。


「……」


 この異常な事態を前にして、彼女は森に来た目的や、自分たちが現在置かれた状況を、少しずつ思い出しつつあった。

 霧には催眠ガスの効果があったのだろう。だが少女がまやかしを打ち破ると、血中のナノマシンがガスへの耐性を付けさせたのか、眠気は完全に吹き飛んでいた。


『驚いたぞ……まさか私の術に打ち勝つ者がいたとはな』


 その言葉と共に、少女の背後から草をガサガサと踏む音が鳴る。


「誰っ!?」


 彼女が慌てて後ろを振り返ると、目の前に巨大な人影が立つ。


 その者は背丈6mほど、骨格を剥き出しにしたガイコツのようなロボットが、足先まで届く漆黒のローブを羽織っていた。瞳の奥は宝石が埋め込まれたように赤く光っている。

 かつて戦ったダムドと呼ばれるメタルノイドによく似ていたが、彼よりサイズは一回り大きく、空は飛べないように見える。


『哀れなり……哀れなり、小娘よ。大人しく夢の世界で眠り続けておれば、殺されずに済んだものを……死ぬからには、せめて我が名を胸に刻み込んであの世へと旅立つが良い。私はNo.018 コードネーム:ファントム・ザーヴェラー……この妖精の森の支配者よッ!!』


 ……少女たちを夢の世界に引きずり込んだ張本人が、死を宣告する言葉を投げかけた。

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