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装甲少女エア・グレイブ  作者: 大月秋野
第四部 「Q」
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第120話 妖精の森

 キャンピングカーを敵に見つからないよう森の中に隠すと、さやか達は地図に書かれた村の場所へ徒歩で向かう。一行がさくに囲まれた村の入口に辿たどり着くと、そこにはすでに救世主を迎えるべく多数の村人が集まっていた。


「おおっ! 貴方がたが例の……○○村の村長から話は聞き及んでおりますっ! うわさ通り……いやそれ以上の英雄だったとかっ! この村によくぞおいでくださいましたっ!」


 双眼鏡を手にした若い青年が、歓迎の言葉を口にする。一行が前に立ち寄って救った村の村長と電話で話をしたらしく、装甲少女の名声はこの村にも行き渡っていた。

 さやかは内心話が早くて助かると思った。


「それでこうして私たちを迎えたという事は、何か我々でなければ解決できないような、重大な危機に直面したのではないか?」


 ミサキが率直な疑問をぶつける。長い前置きをすっ飛ばして、さっさと本題に入りたそうな様子だった。


「……」


 少女の指摘を聞いて、村人たちが一様に顔をくもらせる。「その通りなんです」という言葉が、あえて口にせずとも表情によって伝わる。

 村の男の一人が肩を震わせたまま、重い口を開く。


「どうか、我々の話を聞いて下さいませ……」



 ……それは十日ほど前の事です。

 村の若い男数人が、ここから5km離れた森に山菜りに出かけたんです。

 その時彼らは妖精を見たと言っていました。


 驚くのも無理ありません。この現代日本に妖精なんて、いるはず無いのですから……でも彼らは確かに見たそうです。


 その妖精は見る人によって姿や形を変えたそうです。

 ある者には、羽が生えた小さな少女の姿に……ある者には、サキュバスのような妖艶な美女に……ある者には、美しき水の女神に見えたそうです。

 ですが姿や形は変われども、皆同じ言葉を口にしたと言います。


『ここは妖精の森……ここに来れば、楽しい夢を見られたまま永遠の眠りにける』


 ……結局その時は何をされるでもなく、男たちは村へと帰されました。

 妖精の森のうわさはあっという間に村中に広まりました。


 その翌日、噂を信じた何人かが森へと向かい、そのまま戻らなくなったのです。

 彼らを連れ戻すべく、さらに数人が向かいました。ですがその者たちも結局戻っては来ませんでした。

 それ以来そこは『妖精の森』と呼ばれ恐れられて、誰も近寄らなくなったのです。



「……メタルノイドの仕業かどうかは分かりません。ですがこのまま彼らを放っておく事は出来ません。どうか……どうか力をお貸し下さいっ!」


 男は村に訪れた危機について語ると、自分たちを助けて欲しいと頭を下げてお願いする。他の村人たちも後に続くように一斉に頭を下げる。

 彼らの表情からは、本当は自力で解決したいが、それをやろうとすればミイラ取りがミイラになるという苦悩をにじませていた。


「ふむ……メタルノイドの仕業だとするなら、幻術のたぐいかもしれんな」


 男の話を聞いて、博士はあごに手をえて考え込む仕草をしながら、彼なりに導き出した推論を唱える。むろん妖精の仕業だなどと本気で考えたりはしない。


「ああ救世主様っ! どうか私の夫を、あのまわしい呪いの森から連れ戻して下さいませっ!」


 群衆の中から、一人の女性が大声で叫びながら歩み出る。年は二十代後半くらいに見え、エプロンを着た美しい顔の女性だった。周囲の者に「未亡人になるにはまだ早すぎる」という強い印象を与える。


「ワシのせがれも、森から戻ってこんのじゃっ! 畑仕事に精を出す、真面目で優しい子じゃったっ! 頼むっ!」


 後に続くように、百姓らしき老人が前に進み出る。


「パパもーー!」


 一人の幼い少女が叫ぶ。年は五歳から七歳くらいに見えた。


 他の村人もみな口々に大切な家族や身内がいなくなった事を訴えて、彼らが無事に戻ってくるようにと、神に祈るように手を合わせた。


「……よっしゃ! 分かったわ! どうせメタルノイドの仕業だろうから、この事は私たちに任せなさいっ! 絶対に貴方たちの家族を連れ戻してあげるからっ! 約束よっ!」


 さやかは村人たちに向かって宣言すると、前面に突き出した胸を、握った拳でドンッと力強く叩いた。誇らしげなドヤ顔を浮かべてフンフンと鼻息を吹かせる姿は、ゴリラのボスのようで何とも頼もしい。

 口で安け合いするほど簡単な事件じゃない事は、彼女自身も十分に理解している。それでも困っている人の姿を見せられて、何としても解決しなければならないという強い使命感に駆られた。


「おおっ!」


 村人たちが歓声を上げる。彼女なら間違いなくやってくれるだろうと確信を抱かせる言葉に、これまで抱えていた絶望が吹き飛ばされていくような心地がして、よどんでいた表情が一様に明るくなる。すでに前に立ち寄った村を救った『実績』があった事も、村人の期待に拍車を掛けた。


「長旅でお疲れでしょう。今日は一晩休んで英気をやしない、明日森に向かってはどうでしょうか」


 双眼鏡を手にした最初の青年がそう提案する。

 彼の言葉に従い、さやか達はその晩村に泊まっていく事となった。


  ◇    ◇    ◇


 翌朝……装甲少女に変身した姿の四人が、村の入口に並び立つ。美味おいしい食事にありついて、暖かい布団で眠った事によって、体調は万全に整っている。さやかに至ってはやる気もみなぎっており、一刻も早く敵と戦いたそうにウズウズしている。


「私たちが行っても、必ず戻れるという保証はありません。博士は万が一の保険として、村に残っていて下さい」


 ゆりかがそう頼み事をする。敵がどんな能力を持っているか分からない以上決して油断できず、全滅をまぬがれるためにも村に誰か一人残しておきたい気持ちがあった。


「了解した、私はここに残らせてもらう。もし丸一日経っても君たちが戻らなかったら、その時は迎えに行く事にする。くれぐれも気を付けたまえ」


 博士もそんな少女の心境を察して、頼みをこころよく引き受けた。


 さやか達は元気に手を振って見送る村人たちに別れを告げると、『妖精の森』がある場所に向かって歩きだす。何としても彼らの家族を助けるのだという、強い決意を抱きながら……。



 くだんの森まで続く長い山道は雑草がい茂っていて、木がまばらに立っている。周囲に民家は見当たらない。時折ときおり風が木の葉を揺らす音がカサカサと鳴る。


 一行が緑に囲まれた山道を数十分ほど歩き続けて、村人に教えられた森の場所に近付いた時、山道わきにある茂みがガサガサッと音を立てて激しく揺れた。

 さやか達が警戒するように一斉に茂みが揺れた方角に振り向くと、そこから巨大な何かが飛び出してきた。


「ギィェェエエエエエーーーーーーッ!!」


 金切り声を発しながら現れたのは、メタルモスキートと呼ばれる全長2mを超す蚊のロボットだった。さらにそれが現れたのとは真逆の方角にある茂みから、もう一体のメタルモスキートが時間差で飛び出す。


 二体の蚊は威嚇いかくするように羽音を立てながら、少女たちを挟み撃ちにするように立ちはだかる。少女たちも敵を迎え撃つべく一箇所に固まって構える。

 蚊のロボットはじわじわと距離を詰めるようににじり寄ってきたが、やがてしびれを切らしたのか、獲物に向かって一斉に飛びかかった。


「ギョェェエエエエッッ!!」


 雄叫びを上げながら襲いかかる二体の蚊に向かって、さやかとミサキが同時に飛び出す。

 蚊のうち一体はさやかに組み付くと、針のように伸びた口を少女の首に突き刺して血を吸おうとする。だが彼女の皮膚は鋼のように屈強で硬く、針はたやすく弾かれてしまう。


「うらぁぁあああっ!」


 さやかは勇ましくえると、目の前に立つ蚊の頭部を力任せにぶん殴った。

 少女の拳で殴られた蚊の顔面は爆発したように砕け散り、頭をくしたロボットはもだえるように全身をピクピクさせた挙句、地面に倒れて動かなくなる。


「キキキキキィッ!!」


 残る一体の蚊が奇声を発しながら、体中に生えた針のような体毛を、ミサキめがけてマシンガンのように発射する。

 だがミサキは刀をプロペラのように回転させて針を全て弾き落とすと、すぐさま敵に向かって駆け出す。そのまま刀を縦一文字に振り下ろして相手を一刀両断した。


「……ッ!!」


 真っ二つに切り裂かれた蚊は、悲鳴を発するひまも与えられずに地面に倒れして、物言わぬ鉄クズと化した。


「フゥーーッ……まさか量産ロボが潜んでいたとはな。私たちを待ち伏せていたという事か……」


 ミサキが一仕事終えたように溜息を漏らしながら、ひたいの汗を腕でぬぐう。


「半信半疑でしたが……これでヤツらの仕業だという事が確定した訳ですね」


 敵の死体を眺めながら、アミカが合点が行ったように言う。

 確かに彼女の言う通り、この怪事件がバロウズに寄るものだという確証は無かった。だが装甲少女の介入を警戒するように待ち伏せしていたメタルモスキートの存在は、彼らの仕業だという明確な判断材料となった。


 だったら私たちが解決しなくちゃっ! そう意気込んで、さやか達が数歩前へと進んだ瞬間……。


「なんだッ!?」


 ミサキが異変を感じ取る。少女たちの周りに突如きりが発生したからだ。

 霧はどんどん濃くなっていき、あっという間に辺り一面を覆い隠す。


「ゆりちゃんっ! ミサキちゃんっ! アミちゃんっ! みんな何処っ!?」

「さやかっ! 私はここよっ!」

「クッ!! 一体どうなってるんだっ!?」

「なっ……何も見えませんっ!」


 白い霧に視界をはばまれて、少女たちが互いの無事を確認するように叫び合う。彼女たちは仲間を見つけようとあちこち歩き回るものの、一向に相手が見つからない。それどころか時間が経つに連れて、仲間の声すらも次第に遠ざかっていく。


「これ……ただの霧じゃない!?」


 この奇妙な現象にゆりかが疑念を抱く。視界のみならず、音すらもさえぎる霧の特性に、それが敵の能力によるものではないかと考えつく。


 だが気付いた時にはすでに遅かった。槍を風車のように回転させて霧を吹き飛ばそうとこころみたゆりかだったが、急に手足に力が入らなくなり、槍を地面に落としてしまう。直後麻酔の注射を打たれたように体の力が抜けていき、猛烈な眠気に襲われる。

 それが霧の効果によるものである事を疑う余地は無かった。


「しまっ……ミサキ……アミカ……さや……か」


 無念そうに仲間の名をつぶやくと、少女は地面に倒れてそのまま眠ってしまう。

 彼女が倒れた時、他の三人も霧にやられて眠りにいていた。


『フフフフフッ……』


 深い眠りに落ちた四人の少女を眺めながら、巨大な人影が勝ち誇ったように笑う。


何人なんびとたりとも私の幻術は破れん……このファントム・ザーヴェラーのなッ!! この妖精の森で、楽しい夢を見ながら永遠の眠りに就くがいいッ!! ハァーーーーッハッハッハァッ!!』


 ……霧が深く立ち込める森に、邪悪な高笑いが響き渡った。

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