第118話 暗闇の中に潜むのは誰だっ!(後編)
「くっ……」
さやか、ゆりか、ミサキが一様に顔を歪ませて悔しがる。彼女たちは狙撃手の位置さえ割り出せれば何とかなるという、無自覚の確信を抱いた。それが裏切られた事に、勝利へと繋がる最後の希望が断たれた心地になっていた。
少女たちは絶望に打ちひしがれたように深く落胆する。ただ一人を除いては……。
「ゆりさん、バリアを張るのを替わって下さい。デスシューターとやらは、私が何とかします」
彼女たちの中で唯一希望を失っていなかったアミカが、そう指示を出す。その表情には何らかの打開策を閃いたらしき強い自信が浮かぶ。
「アミカ……?」
ゆりかは真意が読み取れなかったものの、まずは少女の言葉を信じて、指示された通りにバリア係を交代する。
仲間がドーム状の青いバリアを張ると、アミカはその外へと一歩踏み出す。そして右腕にある三つのボタンを全て同時に押す。
「何人たりとも、光の速さに追い付く事は出来ない……エア・ライズ、ファイナルモードッ!!」
直後彼女の全身が眩い金色の光に包まれる。全能力百倍モードになると、すぐさま狙撃手がいると思しき方角に向かって走り出した。
『馬鹿がッ! のこのこと避けもせず地雷原に足……ををっ!?』
少女が地雷の炎に焼かれる事を疑いもしなかったバトラーだったが、その予想はすぐに覆される事となる。
百倍モードになったアミカは尋常ならざる速さであり、熱を探知した地雷が起爆しても、標的は既に通り過ぎた後だった。あまりの速さに炎は少女を捉える事が出来なかったのだ。
少女が疾風の如く駆け抜けた後に、地雷の炎が時間差でドミノ倒しのように噴き上がる光景を、敵も味方もただ茫然と眺める事しか出来なかった。
まさか、こんな力技で突破するとはッ!
……その場にいた者は皆、そう思わずにはいられなかった。
バトラーから東に3km離れた地点に少女が向かうと、ミサキが言った通り、身を隠すのにうってつけな大きな岩があった。アミカが岩の側面に回り込むと、そこにスナイプ・デスシューターと思しきメタルノイドの姿があった。
その者は背丈4mほど、ガスマスクを付けた特殊部隊の隊員のような見た目をしていて、全身は黒一色に塗られている。手には彼のサイズに合わせたスナイパーライフルが握られていた。
『……ッ!!』
至近距離まで迫られた事に慌てた男が、急いでその場から走り去ろうとする。だが音速を超えた速さで動く少女から逃げ切れるはずも無かった。
「シャイン・ナックルッ!!」
アミカは技名を叫ぶと、拳を正面に突き出したまま、目の前にいる敵に向かって一直線に加速する。直後一筋の光となった少女に体を貫かれて、男のどてっ腹に大きな風穴が空いた。
『グッ!! バトラー……済マナイ……約束ハ……守レソウモ無イ……ッ!!』
デスシューターは無念そうに呟くと、ガクッと力尽きたようにうなだれる。次の瞬間穴の空いた内側から弾けるように爆発して、跡形もなく吹き飛んだ。
遥か遠くから聞こえた爆発音に、それが地雷によるものではなく、相方の死を意味するのだという事を、バトラーは瞬時に理解した。
一方ゆりか達も狙撃される心配は無くなったと判断し、バリアを解除して敵の前に立つ。
『デス……シューター……』
バトラーは相方の名を口にしながら、茫然とその場に立ち尽くす。戦友の死をすぐには受け入れられず、電池が切れたオモチャのように硬直した。
深く動揺して動けなくなるバトラーを前にして、絶好の好機と見なしたさやかが、背中のバックパックから液体の入った注射器を取り出す。それを一片の躊躇もなく自分の首に突き刺した。
「……薬物注入ッ!!」
掛け声と共に注射器の中にある液体が、少女の体内へと一滴残らず注がれる。その直後体の血管がドクンドクンと音を立てて脈動し、皮膚が真っ赤に火照って蒸気を放ち、体中の筋肉がムキムキに膨れ上がる。
「最終ギア……解放ッ!!」
全能力三倍モードになると、間髪入れず右肩のリミッターを解除する。腕の装甲に内蔵されたギアが高速で回りだし、凄まじい速さでエネルギーが溜まっていく。
さやかが必殺技を放つ前動作を行っていた時、悲しみに打ちひしがれていたバトラーが、ようやく硬直から立ち直る。
『よくもデスシューターを……長年連れ添った相方を、よくも殺してくれたな……アイツとはいつかデカい事やろうと誓い合って、田舎を飛び出した仲なのに……それを……よくもッ!!』
恨み節を吐きながら、さやか達の方へとゆっくり振り返る。その目には友の命を奪った仇に対する憎悪が、炎のように燃えたぎる。
『許さん……絶対に許さんぞォッ!! 貴様ら皆殺しにして、全身をバラバラの肉片に切り刻んで、村の外にブチ撒けてやるッ!! 俺が味わったのと同じ……いやそれ以上の苦しみを、村人共に与えてくれるわぁぁぁあああああああッッ!!』
呪いの言葉を喚き散らすと、感情の赴くままにさやかに向かって突進した。
手に握られたナイフは一本だけだし、頼みの綱となる相方もいない。明らかに不利な状況だが、バトラーはそれを歯牙にも掛けない。友を失った怒りで逆上したあまり、完全に冷静さを失っていた。
バトラーの動きは速かったが、素早さも三倍に跳ね上がっていた少女にとっては全く問題にならない。ナイフによる一撃をたやすくかわすと、敵の懐に飛び込んで、全力を込めた拳で殴り付けた。
「トライオメガ・ストライクッ!!」
技名を叫びながら、拳による必殺の一撃が金属の装甲に叩き込まれる。
『ウグゥゥオオオオオオッッ!!』
腹の装甲が鈍い音を立てながら内側にグニャリと凹んで、内蔵を押し潰されたような痛みに、バトラーが顔を歪ませる。全高6mの巨体がフワッと宙に浮いた次の瞬間、物凄い速さで後方に押し出されて、洞窟の壁にドォォーーンッ! と激突する。
その衝撃で洞窟全体がグラグラと揺れて、天井の泥が落下する。
『グ……ォ……』
壁に体が半分埋まったまま、バトラーが体を動かそうとする。殴られた箇所に生じた亀裂は全身に向かって血管のように広がり、裂けた装甲からは血のような油が漏れ出す。もはや致命傷を受けた事を疑う余地は無かった。
『ココガ……俺タチノ夢ノ……終着駅カ。ダガ、タダデハ死ナン……貴様タチモ……道連レダッ!!』
バトラーはそう口にすると、手元にあるスイッチのようなものを押す。そして糸が切れた人形のように動かなくなり、そのまま事切れた。
その直後、洞窟の至る所で大きな爆発音が砲撃のように立て続けに鳴る。その振動で洞窟全体が一段と激しく揺れて、天井や壁に亀裂が入りだす。
「いけないッ! ヤツは洞窟の中に爆弾を仕掛けていたんだッ! このままでは五分と持たずに崩落して、生き埋めになるぞッ!」
ミサキが血相を変えた表情で叫ぶ。
「急いでここから脱出しましょう!」
敵を片付けたアミカが、凸凹になった地雷の爆発跡を渡りながら、仲間たちの元へと駆け付ける。
「そんな……今からじゃ、とても間に合わないよぉっ!」
さやかが心の底から慌てたように、あたふたしながら叫ぶ。
洞窟の入口からここまでは相当の距離があった。たとえ装甲少女が全力で走ったとしても、五分で走れる距離では無かった。
せっかく敵を倒したのに、こんな所で死ぬなんて……そんな苦渋の思いが少女の胸に広がる。
「みんな、私の手に掴まって! 私がブーストモードになって、十倍の速さでみんなを出口まで連れて行くわっ!」
万策尽きかけた時、ゆりかがそう提案する。
ムチャだっ! ミサキはそう言いかけて、慌てて言葉を呑み込んだ。たとえ無茶でも、他に方法が無いと思ったからだ。
他の二人も気持ちは同じで、一瞬戸惑いの表情を浮かべて躊躇したものの、彼女の提案に従う事にする。
ゆりかはさやか、ミサキと片手ずつ繋いで、アミカは二人と手を繋ぐ。四人が手を繋ぎ合って輪っかになると、ゆりかは自分の右腕を顔の前に持ってきて、装甲にあるボタンを額でコツンと押す。
「エア・ナイト……ブーストモードッ!!」
そう口にするや否や、少女の背中にあるバックパックのバーニアから、青い光が蒸気のように吹き出す。やがてそれらは彼女の全身をオーラのように覆っていく。
青く輝くオーラをまとって十倍の速さになると、少女は出口に向かって一直線に駆け出した。
「おおおおおっ!!」
流星の如く駆ける少女に手を引っ張られて、ミサキが思わず大きな声で叫ぶ。あまりの速さについ離しそうになる手を、何としても離すまいと全力で掴む。他の二人も風の抵抗に煽られながら、手を強く掴む。まるで新幹線に振り落とされまいと必死にしがみ付くような心地がした。
ゆりかも三人が振り落とされないように速度を加減しながら、出口めがけて突き進んだ。
◇ ◇ ◇
その頃洞窟の外で少女たちの帰りを待っていたゼル博士だったが、洞窟が今にも崩落しそうになっている状況に、内心深く動揺する。彼は今からでも助けに向かうべきかと一瞬考えたが、それではとても間に合わないと冷静に思い直した。
「彼女たちは大丈夫だろうか……」
博士が仲間の身を案じる言葉を口にした瞬間、洞窟の穴から青いイタチのような何かがヒュンッと飛び出す。その直後山全体を揺るがすほどの地響きが轟いて、大量の土砂が洞窟の入口に向かって流れ込み、穴は泥に埋まって完全に隙間無く塞がれた。
青い何かが飛び出した方角に博士が目をやると、そこに四人の少女が倒れていた。無論それは博士が無事を願ったさやか達装甲少女だった。ゆりかに手を引っ張られたまま、洞窟の外へと脱出を果たしたのだ。
「おお、みんな無事だったかっ!」
博士は四人が生還した事を声に出して喜ぶと、アタッシュケースに入れてあった瓶のエナジードリンクを少女たちに配る。
「はぁ……はぁ……やったわ」
ゆりかはだらしなく大の字に横たわったまま、激しく息を切らす。その表情には仕事をやり遂げた満足感が広がる。全身汗まみれになり、体は完全にくたくたになり、手足の指先も動かせないほど疲れ切っていた。
他の三人も状況は同じであり、皆激しい戦いによって疲労困憊していた。ミサキとアミカは手渡されたドリンクを自分で飲み、さやかは自分の分を飲むと、今度は蓋を開けた瓶をゆりかの口に運んで、彼女に飲ませる。
「フゥーーッ……それにしても恐ろしい相手だった」
ミサキはドリンクを飲み干すと、安心したように一息つく。
今回の敵は二人で襲ってきただけでなく、勝とうが負けようが、絶対に少女たちを殺すつもりで洞窟に誘い込んだ。その凄まじい覚悟と執念に、彼女は背筋が凍る思いがした。
「……」
アミカは泥に埋まった洞窟を眺めながら、物憂げな表情になる。洞窟内で行き倒れた探検家の死体を弔えなかった事に、微かな未練を抱いた。だが緊急の状況下でどうにかなるはずもなく、こうするしか無かったのだと心の中で自分に言い聞かせた。
さやか達が村に帰還すると、村人は救世主が生還した事を、歓声を上げて喜ぶ。その夜は祝勝会と称して再び鍋パーティが開かれる事となった。
◇ ◇ ◇
バトラーを倒した翌日……村の外に一台のキャンピングカーが停まり、その前に制服を着た四人の少女と博士が並び立つ。彼らを見送ろうと、多数の村人が門の外に集まっている。
「貴方がたのおかげで村は救われました……このご恩は一生忘れませぬ」
村長は感謝の言葉を口にすると、何度も頭を下げながら、五人と次々に握手を交わす。最後にささやかな気持ちですが、と煎餅の入った箱をさやかに手渡す。
「もう今後村が襲われる事は無いでしょうが……何かあったらすぐに連絡して下さい。その時はすぐに駆け付けましょう」
博士は携帯電話の番号が書かれた紙を手渡すと、村長と別れを惜しむように強く抱き合った。
「お姉ちゃん、どうしても行っちゃうの……?」
アコは父親の手を握ったまま、寂しそうな表情で言う。
「お姉ちゃん、行っちゃやだっ! ずっとここにいて! ずっとこの村にいて、私のお姉ちゃんになってよ!」
そう口にすると、何としても行かせまいと、さやかのスカートの裾を強く引っ張る。さやかは困惑しながら必死にスカートを手で押さえようとする。
「アコ、わがまま言っちゃイカン! 他にも困ってる人は大勢いるんだ! お姉さん達は、これからそういう人たちを助けに行くんだぞっ!」
「だってぇーーーーっ!」
父親が厳しく叱り付けると、アコは不満げに顔をムスッとさせながら、渋々スカートから手を離す。完全にさやかを自分だけのものにしたくて仕方ない様子だった。
「心配しないで、アコちゃん。バエルをやっつけて日本に平和を取り戻したら、また遊びに来るから。それまでパパの言う事を聞いて、大人しくしてるのよ。ね」
さやかは優しく微笑みながら、穏やかな口調で言い聞かせる。そして幼い少女の頬を、手でそっと撫でた。
「うん、私待ってる! 絶対遊びに来てね! 約束だよ!」
彼女の言葉を聞いて、アコも心から満足したようにニッコリ笑う。
娘のわがままが落ち着いた事に、父親はホッと安心するように胸を撫で下ろした。
五人を乗せたキャンピングカーが彼方に向かって走り出す。アコ、父親、村長、そして村の皆は、感謝の言葉を口にしながら、姿が見えなくなるまで手を振り続けた。
一向の旅が順調でありますようにと、心の底から願いながら……。




