第10話 狙われた少女(中編)
『そのガキを大人しく、こちらに引き渡してもらおうかッ! そうすれば今回だけは痛い目を見ずに済むぞッ!』
突如現れたドン・シュバルツという名のメタルノイドは、そう言って脅すように睨み付けると、ルミナに向かって一直線に歩き出す。彼女を力ずくでもバロウズの基地に連れ去る魂胆だった。
謎多き少女だが、やはり博士の言う通りバロウズと何らかの関わりがある事は疑いようが無かった。
「いやぁ……てつのオバケ……こっちこないで……」
ルミナは自分に迫ってくる鉄の巨人を前にして、恐怖のあまり声を震わせて体を縮こませる。とても家族に迎えて来てもらった子供が取る態度ではない。むしろ猛獣に睨まれて動けない哀れな子兎のようですらあった。
シュバルツが迫っていくと、彼の正面にルミナを庇うようにしてさやかが立ち塞がった。
「誰がアンタ達なんかに引き渡すもんですかっ! 痛い目を見るのはそっちの方よっ!」
勇ましく叫ぶと、右腕にブレスレットを出現させて変身の構えを取る。
「覚醒ッ! アームド・ギア、ウェイクアップ!! 装甲少女……その赤き力の戦士、エア・グレイブッ!」
変身して名乗りを上げると、さやかはルミナを抱きかかえて、すぐさまゼル博士の元へ駆け寄った。
「博士、この子を……ルミナをお願いっ!」
そう言って博士に少女を託す。ルミナの処遇を巡って意見対立もしたが、今は博士が最も信頼に足る人物だった。
博士もその思いを察し、彼女の言葉に無言で頷く。
「ママぁ……」
不安そうに涙目になって腕を掴むルミナ。
さやかは穏やかな口調で語りかけながら、彼女の頭をそっと撫でた。
「ママ、ちょっと鉄のオバケをやっつけてくるから、白ひげのおじさんと一緒に隠れててね。大丈夫、ママとっても強いから。あんなオバケなんかに負けたりしない」
そう言い聞かせると、さやかはすぐにシュバルツの方に向き直った。
両者が睨み合っている間に、博士はルミナを抱きかかえて全速力で走り出す。
「大丈夫、君のママはあんなのに負けたりなんかしないっ! ここは危険だから、もっと離れた場所でママの戦いを見届けようっ!」
大声で言い聞かせながら、戦いに巻き込まれないように安全な場所を探して全力疾走した。
互いに正面から向き合って対峙するさやかとシュバルツ……。
シュバルツが苛立ち紛れに鼻息を荒くする。
『フンッ、不愉快な女だ……反吐が出る程にな。大人しく要求に応じれば、ここで死なずに済んだものを……今日はさっさと終わらせて家でゲームするつもりだったのに、余計な仕事を増やしてくれたな』
自分の前に立ちはだかる少女を睨み付けながら、腹立たしげに吐き捨てた。しなくて良い仕事をしなければならなくなった事に、不満を抱いている様子だった。
彼自身が口にした通り、あくまでルミナという少女を連れ戻す事だけが目的で来ていたのだろう。それだけに、気軽に済ませられた筈の用事を邪魔するさやかが余計に許せなかった。
「あの子と貴方たちは一体どういう関係なのっ! あの子の本当の母親は誰っ!」
さやかは真剣な表情で問い質そうとする。ルミナの出生の真実を少しでも聞き出したい思いがあった。
だが敵がそれに答える気配は全く無い。
『さぁな……』
既に彼は戦闘態勢に入っており、攻撃に移るべく全身の装甲が開いていく。
ブリッツと外見が酷似していて、色違いの同型機のように見えるシュバルツ……。
だが装甲の下にあったのはミサイルポッドではなく、20ミリ口径のガトリング砲だったっ!
『これから死ぬ貴様に……言う必要はあるまいッ!』
シュバルツがそう叫ぶと、全身のガトリング砲が一斉に火を噴いた。耳が裂けるような爆音と共に、何十発もの銃弾が雨あられのように放たれる。
それとほぼ同時にシュバルツの腕や背中に換気口のような穴が開き、そこから空の薬莢が大量に飛び出す。
「ぐうっ!」
とても真正面では太刀打ち出来ないと判断し、さやかは咄嗟に建物の陰に隠れる。
だがガトリング砲の威力は凄まじく、身を潜めていた建物をわずか数秒で粉々に破壊してしまった。コンクリートの壁も、秒間数十発の弾雨の前ではまるで豆腐のような脆さだった。
『死ねぇっ! 死んで蜂の巣になって、無様にくたばるがいいっ! そして俺の邪魔をした事を、永遠にあの世で後悔し続けるのだぁっ! シャァッハッハッハッハァッ!!』
身を隠す物が無くなって全身を曝け出したさやかに向かって、シュバルツが高笑いしながら撃ち続ける。派手に撃ちまくっている内にテンションが上がったのか、彼はすっかり上機嫌になっていた。
さやかはしばらくの間ガトリング砲の一斉掃射から必死に逃げ回っていたが、ある程度の距離を取ると、思い立ったようにシュバルツの方に向き直る。
「だったら……これで勝負っ!」
そう叫ぶと、彼女の両肩に大型のビームキャノンが出現する。彼女にとって唯一の遠距離用の武装だ。
「うらららららぁぁあああーーーーーーーっっ!!」
勇ましい雄叫びと共にキャノン砲が火を噴き、敵のガトリング砲と撃ち合いになる。
フルオートで連射され、ガトリングの弾を必死に相殺しようとするビーム砲……互いの弾が空中でぶつかり合い、激しい衝突音と共に火花が飛び散る。
かつてブリッツのミサイルを撃ち落としたビームキャノンの連射速度はかなりの物であり、さやかはその性能に一定の信頼を置いていた。
だが秒間の発射弾数はシュバルツのガトリング砲の方が圧倒的に上回っており、さやかはすぐに撃ち負けてしまう。
「うぁぁああああーーーっっ!!」
撃ち合いに敗れ、さやかは全身に弾雨を浴びて悲鳴を上げながら吹き飛ばされる。
変身によって強化された肉体は、コンクリートを豆腐のように破壊するガトリングの弾を浴びても致命傷には至らなかったものの、それでも命中した箇所は真っ赤な色に腫れ上がり、風船のようにパンパンになる。
さやかの皮膚はまるで揚げ立てのフランクフルトのようになっていた。
『バカめぇっ! この俺に撃ち合いを挑むなど、身の程をわきまえぬ愚行ッ! ゴリラとイルカが水泳で勝負するようなモノよぉっ! エア・グレイブ赤城さやか、やはり噂に聞いていた通りの脳筋ゴリラ女よッ!!』
負傷したさやかを見て、シュバルツが勝ち誇ったように叫ぶ。彼女の猪突猛進ぶりを小馬鹿にして笑っているようにすら見えた。
「ううっ……」
楽しげなシュバルツとは対照的に、さやかは全身真っ赤になって地面に倒れたまま苦しそうに呻き声を漏らす。体中を駆け巡る痛みのあまり、自力で立ち上がる事さえ出来なかった。
『さぁて……そろそろ貴様には死んでもらうとしよう。フフフ……せいぜいあの世でブリッツに詫びでも入れるのだな。全裸で土下座でもすれば、運が良ければ許してもらえるかもしれないぞ……ハァッハッハッハッハッ!!』
満身創痍のさやかに、シュバルツが止めを刺そうと銃口を向ける。
もし再び集中砲火を浴びれば、彼女が命を落とす事は明らかだった。
『死ねぇぇえええっ! エア・グレイブゥゥゥウウウッッ!!』
甲高い雄叫びと共にガトリング砲が一斉掃射された時、突如青い光のカーテンが現れて彼女を包み込んだ。光のカーテンに衝突して跳ね返された弾丸が、パラパラと音を立てて地面に落ちていく。
『何ぃぃいいいッッ!?』
その光景に声を上げて動揺するシュバルツ。完全に虚を突かれた思いがあった。
エア・グレイブにはバリアを張る能力など無い。では一体誰が……そんな考えが彼の頭を駆け巡り、混乱に陥れられた。
想定外の事態にシュバルツが茫然と立ち尽くしていると、エア・ナイトに変身したゆりかが駆け付ける。光のカーテンは彼女が張り巡らせた物だった。
「もう、また一人で無茶するんだから……まだ戦える?」
そう口にして、負傷しているさやかに手を差し伸べる。博士から話を聞いて、だいたいの状況は察している様子だった。
「うん、まだ戦える……ありがとう、おかげで助かった」
さやかがそう言ってゆりかの手を取ると、二人はシュバルツの方を向いてバリアを維持させたまま速やかに後退し、砲撃が届かない場所へと身を隠す。
鈍重なるシュバルツは目で追いきれずに二人の姿を見失ってしまう。
『クソッ! あいつら何処行きやがったっ!』
二人を見失った事に対する苛立ちをぶちまけるように大声で叫んだ。
当り散らすように四方八方に向けてガトリングを撃ち続けたが、それでも見つからないと悟ると、やがて二人の姿を探して街中を歩き出した。
そんなシュバルツを遠目に見ながら、さやかとゆりかはじっと息を潜める。
「私がエア・グレイブルに変身できてたら、あんなヤツ……」
休憩するように地面に座りながら、さやかが悔しげに呟いた。
彼女はあの後研究所で何度も変身を試みたものの、一度もエア・グレイブルに変身できなかった。精神的に追い込まれて、偶然発動した力だというのか。
その場に居合わせたゼル博士は、何か条件があるかもしれないと推測している。
「できない以上、今は作戦を立てるしかないわ」
ゆりかが物陰から何度もシュバルツの姿を覗き込みながら提案する。彼女は何か作戦を思いついたのか、さやかにひそひそと小声で話し始めた。
住人が避難した後の街中に人の気配は無く、ひっそりと静まり返っていた。
そんな街の静寂を破るかのように、シュバルツがただ一人徘徊する。敵の姿が見つからない事に彼は内心腹を立てていた。
『小娘どもォ……何処行ったァ……?』
不満を口にしながら十字路の交差点に侵入した時、一瞬風の動きが乱れた。
シュバルツが異変を感じて周囲を見回すと、さやかとゆりかが真逆の方角からほぼ同時に彼に向かって走ってきている。彼女たちは物陰に隠れて、敵を左右から挟み撃ちにする機会を伺っていたのだ。
『きっ……貴様らぁぁあああっ!!』
不意を突かれての行動に、シュバルツが怒りをあらわにする。
咄嗟にさやかにガトリングの銃口を向けようとするものの、二人のどちらを攻撃するか迷って一瞬判断が遅れた。
挟み撃ちにされている以上、少なくともどちらか一方を攻撃すれば、もう片方には背中を向ける形になる。シュバルツには視界に入っていない敵を攻撃する手段が無かった。
「でぇぇええやぁぁあああーーーーーーっっ!!」
「やぁぁあああーーーーーーっっ!!」
気合の篭った掛け声と共に、さやかの拳とゆりかの槍が同時に放たれる。二人の攻撃がシュバルツに届きかけた瞬間、それは起こった。
「「……なっ!?」」
二人の顔が一瞬にして青ざめる。それもそのはず、シュバルツの周囲に目に見えない壁のような物があり、彼女たちの一撃を当たる寸前で止めていたのだ。
それから数秒遅れて、彼を包み込むように半透明のドーム状の物体が姿を現す。
それは彼を敵の攻撃から守るバリアのようであった。弟ブリッツが持ち合わせていない、彼独自の能力だ。
『フハハハハハッ! バリアがお前たちだけの専売特許だとでも思ったかっ!? バカめぇっ! このバリアこそ俺様の最大の切り札……その名も『絶望の壁』ッ!! このバリアはお前たち装甲少女が接近すれば、俺の認識とは無関係に、わずか0.001秒で発生するっ! お前たちにこの無敵のバリアを破る方法は存在せんっ! 絶対になっ! はぁっはっはっはぁっ!!』
バリアの性能について得意げに語りながら、勝ち誇ったように高笑いする。それは決して破られる事など無いという自信の現れだった。
『そしてこのバリアを破らん限り、お前たちが俺に勝つ事は万に一つもありえん……お前たちは、ここで死ぬ運命にあるという事だぁぁあああっ!!』
シュバルツは大声で叫びながら左右の拳を大きく振り上げると、それをさやか達に向かって全力で振り下ろした。
バリアに止められたまま茫然と立ち尽くしていた二人は、避ける間もなく敵の一撃を食らってしまう。
「うぁぁあああーーーっ!!」
「ああっっ!!」
巨大な鉄塊に殴られた痛みに、二人がたまらずに悲鳴を上げる。
地面に強く叩き付けられた彼女たちは、まるでゴムボールのように派手にバウンドし、何度も全身を強く打ち付けられた。
その衝撃により、体がバラバラに千切れんばかりの激痛が彼女たちに襲いかかる。常人なら即、気を失うほどの痛みだ。
「ぐううっ……」
地面に寝転がったまま、さやか達が苦しそうに呻き声を漏らす。もはや彼女たちに勝機は無いかに思えた。
「ママぁっ!」
「さやかっ! ゆりかっ!」
さやか達が殺されそうになっている光景を目にして、ルミナとゼル博士が共に血相を変える。二人は少し離れた場所にある高台に避難して、これまでの戦いを見守っていた。
「ママ……ママがあぶないっ!」
ルミナはそう叫ぶと、博士の手を振りほどいて一直線にさやか達の元へと走り出した。何か考えがあった訳ではない。それでもこのままじっとしていられないという思いが幼い少女を突き動かした。
「待ちなさいっ! ちゃんとママの言いつけ通り、大人しくしているんだっ!」
博士はそう言ってすぐに後を追いかけたが、ルミナの足はとても速く、博士はその姿を見失ってしまった。




