第117話 暗闇の中に潜むのは誰だっ!(中編)
山中にある大空洞内部においてアンブッシュ・バトラーと戦うさやか達であったが、謎の攻撃に苦戦を強いられる。明らかにバトラーとは異なる方角から放たれたのは、30ミリ口径の銃弾だった。
「敵はバトラーだけじゃない……洞窟の何処かにもう一体潜んでいるんだッ!」
地に落ちた弾丸を拾い上げて、じっと見つめていたミサキがそう推論を唱える。
バトラー自身の意思により制御されたビット兵器という線も彼女は考え出したが、それにしては距離が大きく離れていた事、遠隔操作では射撃の精度が落ち込む事、ビットでは反動性のある火薬の実弾を発射するには向かない事などから、違うだろうと結論付けた。
『フフフッ……ッ!!』
少女の言葉を聞いて、バトラーが不敵に笑いだす。作戦を見抜かれた事に対する焦りは微塵も感じられない。
『フハハハハハハッ……その通りッ! 我々の作戦を見破った事、褒めて遣わそうッ! 貴様の言う通り、この洞窟には俺の他にもう一体、仲間が潜んでいるッ! そいつはNo.017 コードネーム:スナイプ・デスシューター……メタルノイド屈指の狙撃手にして、人間だった時代から組んでいた俺の頼れる相方よッ!』
仲間の素性について包み隠さずに語る。
『だが存在を知った所で、お前たちにはヤツの居場所は掴めまい……もし仮に掴めたとしても、そこに辿り着く事は不可能ッ! 貴様らはただ一方的に撃たれる事しか出来んのだッ!』
あえて挑発するように言い放った。それが相方の居場所を突き止められる事は決して無いのだという自信の表れなのか、まだ何かしらの策があったのか、ただのハッタリなのかは読み取れない。
「てっ……敵がもう一体っ!?」
ミサキの言葉に、さやかが深く動揺する。何か罠を仕掛けているだろうと予測はしていたが、敵が最初から二体いたという発想には至らなかった。これまで一体ずつとだけ戦っていたから、バリアの外なら敵が複数で襲ってくるという考えが浮かばなかったのだ。
さやかとアミカは慌てて洞窟の中を見回したものの、敵の姿は見当たらない。暗視バイザーはかなり遠くまで見渡す事が出来たものの、敵はそれ以上に離れていたか、あるいは岩陰に潜んでいたらしかった。
「なんてヤツなの……ッ!!」
ゆりかが悔しさのあまり下唇を噛む。先にバトラーを攻撃すれば、必ず狙い撃たれる。かといって悠長に狙撃手を探す事を、敵が許すとは到底思えない。狡猾なる相手の連携に打開策を見い出せず、八方塞がりな状況だった。
「不可能かどうか……私が確かめてやろう」
ミサキはそう言い放つと、刀を手にしたままバリアの外へと踏み出す。ゆりかとは対照的に、その表情には強い自信が浮かぶ。敵の策を破る何らかの方法を思い付いたらしかった。
(チャンスは一度きり……)
少女は両手で一本の刀を握って構えると、その姿勢のまま目を瞑って、ブツブツと何やら小声で口ずさむ。考え事をしているようにも、念仏を唱えているようにも見えた。
(攻撃のタイミング……角度……速さ……)
彼女は敵がどの位置から狙撃してくるかを予測し、それを迎え撃とうと意識を全集中させていた。心の中で計算していた事が、声になって外に漏れ出ていたのだ。
だが小声だった為相手には聞き取れず、目を閉じたまま独り言を呟いているようにしか見えない。
『何を企んだか知らんが……くだらん悪あがきだッ!!』
少女の真意を測りかねたバトラーが、馬鹿げた行いだと一笑に付す。彼女が撃ってくれと言わんばかりに隙を曝け出しているように受け取った男は、向きを変えぬまま洞窟の何処かに潜む相方に見せ付けるようにハンドサインを送る。
仲間の合図を受け取り、暗闇の彼方から発射音と共に高速の弾丸が放たれる。先端が鋭く尖った金属の塊が、少女の手が届く距離まで迫った時……。
「そこだぁぁぁあああああああっっ!!」
ミサキがここぞとばかりに大きな声で叫ぶ。視覚に全神経を集中するように目をグワッと見開くと、眼前に迫ってきた金属片を、刀で縦一文字に斬り払った。
次の瞬間、真っ二つに切り裂かれた弾丸がカンカンッと音を立てて地面に落下する。
「……見つけたぞッ! バトラーが今立っている場所から、東に3km離れた地点……弾丸はその方角から飛んできたッ! 恐らくそこに、身を隠す岩か何かがあるはずだッ!」
そしてすぐさま仲間に敵の潜伏場所を告げる。
それは彼女にとって、一か八かの大勝負だった。これまで三度行われた狙撃によって大まかな発射角を予測し、速度とタイミングを計算して、飛んできた弾丸を正確に斬り払う事によって敵の位置を割り出す……もし失敗すれば命すら失いかねない危険な賭けだった。
「敵はそこにいるのね!? よっしゃあ! ちょっくらブチのめしに行ってくる!」
仲間の言葉を聞くや否や、さやかが喜び勇んでバリアの外へと駆け出す。これまで一方的にやられた仕返しをしてやると言わんばかりに鼻息を荒くした。
ミサキが伝えた方角に向かって走り出す少女を、バトラーは何もせずにただ見送る。本来策を見破られて焦るべき所なのに、そんな素振りを全く見せない。それどころか少女の後ろ姿を見ながら、小馬鹿にするように鼻で笑っている。
(……おかしい)
全く慌てる様子が無い敵に、ゆりかは強い違和感を抱く。
もし本当に万策が尽きたのなら、敵は間違いなく焦る。それを悟られないよう強がったとしても、到底覆い隠せるものではない。逆にまだ余裕が残っているなら、慌てる必要は無いという事になる。
まだ相手に策が残っているなら、仲間の身に危険が及ぶ……その事に気付いて少女がハッとなった。
「さやか、いけないっ!」
急いで言葉で知らせようとしたものの、既に手遅れだった。
バトラーから200メートルほど離れた地点に足を踏み入れた瞬間、さやかの足元にある土が突然爆発して、一瞬にして巨大な炎が噴き上がる。それは洞窟を崩落させるには及ばなかったものの、生身の人間なら簡単に消し飛ぶ威力の地雷だった。
「ぐぅぅぁぁあああああああっっ!!」
爆風をまともに受けた少女が悲痛な叫び声を上げる。走ってきた方角へと強い衝撃で吹き飛ばされると、墜落するように地面に叩き付けられた。
「ううっ……」
目を瞑って仰向けに倒れたまま辛そうに悶える。体中の至る所にヤケドの痕があり、全身を駆け巡る焼け付くような痛みのあまり、死にかけた虫のように体をピクッピクッと動かした。このまま何の手当ても受けられなければ、数分と経たないうちに命が尽きてしまいそうにすら見えた。
「さっ……さやかぁぁぁあああああああっっ!!」
重傷を負った友の姿を見て、ゆりかが顔面蒼白する。なりふり構わずバリアの外に飛び出すと、一直線に倒れた仲間の元へと向かう。一刻の猶予を争う事態が、彼女に普段の冷静さを失わせた。
「アミカはこのままバリアを張り続けてくれッ! 二人の事は私が何とかするッ!」
ミサキは仲間に今の場所に留まるよう指示すると、自分はゆりかを追って走り出した。さやか達の事を放っておけないが、安全な場所も確保しなければならないという的確な思考が働いた。
ゆりかは負傷したさやかの元に駆け寄ると、すぐその場で治療を行う。
その時彼女を目がけて銃弾が発射されたものの、少女を庇うように立ちはだかったミサキが、刀を盾にして弾丸をうまく跳ね返した。
更に時間差で二発の銃弾が放たれるものの、ミサキはそのいずれも刀でガードして地面に叩き落とす。彼女は完全に狙撃の速さやタイミングを読んでいた。
ゆりかは治療を終えると、さやかを両手で抱きかかえたままバリアに向かって走り出す。ミサキは狙撃を警戒するように敵の方を向いたまま後ろ向きに走り出し、三人は狙い撃たれる事なく無事にバリアの中へと戻る。
「ハァ……ハァ……ありがとう、二人とも……おかげで助かった。一瞬だけ三途の川が見えたよ……」
地面に下ろされて自力で立ち上がると、さやかは自分を救うために尽力してくれた仲間たちに感謝する。それと同時に敵の罠にまんまと嵌った自らの浅はかさを深く悔いた。
もし彼女たちがいなければ、私はとっくに死んでいただろう……そう思わずにはいられなかった。
『フフフッ……!!』
罠に嵌った事に深く落ち込むさやかを見て、バトラーが声に出して笑い出す。彼女を愚かな存在だと嘲るような、悪意に満ちた笑いだった。
『フハハハハッ……ハァーーッハッハッハァッ!! 馬鹿めぇっ! 居場所が分かった程度で、簡単にヤツの所へ辿り着けると思ったかッ!? そんなだから、貴様らは実戦経験の浅い大馬鹿者なのだよッ! スナイプ・デスシューターの真骨頂……それは幾重にも地雷を仕掛けて、敵をそこに誘い出す事にあるッ! 狙撃と地雷の二段構え……それで多くの敵を地獄に送り込み、『戦場に潜む死神』と異名を以て恐れられたのがヤツの本性よッ!!』
さやか達を心から侮辱するように笑い飛ばしながら、相方の能力を自慢げに褒めちぎる。
『ヤツへと通じる地面には、隙間なく地雷が埋め込んであるッ! たとえ踏まなくても、真上を通っただけで起爆して炎を噴き上げる、熱源探知型の高性能地雷だッ! それでも進みたければ、好きに進むがいいッ! 一歩足を踏み入れただけで、黒焦げになって死ぬのがオチだッ!!』
狙撃手の元へ生きて辿り着く事は出来ないのだと、明確な根拠によって断ずる。ゆりかが懸念した通り、バトラーが焦らなかったのは相応の備えがしてあったからだった。




