第116話 暗闇の中に潜むのは誰だっ!(前編)
アンブッシュ・バトラーと名乗るメタルノイドが決闘に指定した場所……それはかつて徳川幕府が山に隠した埋蔵金を見つけるために掘り進められた、巨大な地下洞窟だった。
洞窟の中で行き倒れた探検家の死体を発見した少女たちが、哀悼の意を捧げていると、彼女たちの背後にある岩から巨大な人影が姿を現す。その者こそ彼女たちをこの地に呼び寄せたメタルノイド、バトラーに他ならなかった。
『ここをお前たちの墓場にしてやろう……五人分の墓を立てて、そこで行き倒れた男と一緒に弔ってやる。俺の慈悲深さに感謝するのだな……ハハハハハッ!!』
死を宣告する言葉を吐きながら、心の底から嘲るように高笑いする。それは自身が敗れる可能性を完全に頭から排除した、揺るぎない勝利への確信に満ちた者の取る態度だった。
「その言葉、ソックリそのままアンタに返すわッ! ここをアンタの粗大ゴミ置き場にしてやるッ!」
さやかは血気盛んな言葉を口にすると、その勢いのまま敵に向かって走り出す。
「うらぁぁあああああああっっ!!」
勇ましい雄叫びと共に必殺のパンチが放たれる。だが少女の気迫を込めた拳が触れようとした瞬間、バトラーの姿がワープしたようにフッと消えてしまう。
「ッ!?」
敵の姿を見失った事に、さやかが内心深く動揺する。一瞬パニックに陥りながらも慌てて振り返ると、バトラーは彼女の背後に立っていた。
(……速いッ!!)
少女が俄かに戦慄する。敵は尋常ならざる速さで彼女の拳をかわし、すかさず背後に回り込んでいた。ライノスを圧倒的に上回る機動力の高さに、決して油断してはならない相手なのだという警戒心が高まり、緊張で心臓がドクンドクンと鳴りだす。
『言ったはずだ……ここを貴様の墓場にするとッ! その首、掻っ切ってやるッ! あの世でライノスと感動の再会を果たすがいいッ!』
バトラーは腰に挿してあったサバイバルナイフを抜くや否や、少女に向かって全力で振り下ろそうとした。
「ぐぅぅううううっ!!」
さやかは咄嗟に歯を食いしばると、頭上に振り下ろされた刃を、左右から両手で挟み込んで止める。
バトラーは腕に力を入れて、そのままナイフの刃をグイグイと押し込もうとするものの、ナイフは万力で挟まれたように固定されて、ビクともしない。
(……なんて力だッ!)
男は少女の想定外の怪力ぶりに舌を巻いた。
さやかがバトラーの速さに驚いたのと同じく、バトラーもまた少女の力に驚愕していた。
両者の力はほぼ拮抗しており、互いにその場から動けない状態になる。先に動いた方が間違いなく不利になるという思いが二人の中にあり、自分か相手のどちらかが先に折れるまで現状を維持するしか無くなる。
「今ならやれるッ!」
ゆりかは敵の意識が完全にさやかに向けられているのを絶好の好機と見なし、槍を手にして飛び出す。走る勢いに任せるように、前方に向けて加速しながらジャンプした。
「もらったぁぁああああああっ!!」
勝利を確信した言葉が口を衝いて出る。槍の先端をドリル状に高速回転させながら、敵の頭上を目がけて隕石のように急降下した。
だが槍の刃が届きかけた瞬間、小さな石ころのような物体がヒュンッと音を鳴らしながら飛んできて、ゆりかの左肩へと命中する。
「うぁぁあああああっ!」
少女の左肩に激痛が走り、ぶつかった衝撃によって弾き飛ばされる。そのまま地面に落下して全身を強く打ち付けると、肩の傷口を手で押さえながら、痛そうにウウッと呻き声を漏らした。謎の物体が衝突した箇所は赤く腫れ上がり、じわぁっと血が肉汁のように滲み出す。
彼女の足元には、肉に衝突して跳ね返ったらしき30ミリ口径の弾丸が転がっていた。
「ゆりかっ!」
何らかの攻撃を受けたらしき友の姿を目にして、さやかが名を叫ぶ。仲間の身を案じたあまり、ナイフを受け止めていた腕の力が緩んでしまう。
バトラーが腕を強く押し込むと、彼の手に握られたナイフは、そのまま一気に少女の体を切り裂いた。
「うぐぁぁあああっ!」
さやかが悲痛な叫び声を上げる。その音は洞窟中に響き渡らんばかりに大きく、更に岩肌に当たって、こだまとなって何度も反響する。
左肩から右脇腹にかけて鋭く切り裂かれた少女の傷口からは真っ赤な血が噴き出して、足をよろめかせた後、力なく仰向けに地面へと倒れ込んだ。
「グッ……さやかさんっ! ゆりさんっ! 今助けに行きますっ! チェンジ……スピードモードッ!」
アミカは一瞬悔しそうに下唇を強く噛んだが、すぐに冷静さを取り戻して、右腕の装甲にある三つのボタンのうち一つを指で押す。倍速モードへと切り替えると、すぐにさやか達の元へと駆け出す。
『やらせるかッ!』
バトラーはナイフを振り回して斬りかかったものの、アミカはウナギのようにするりとかいくぐって、相手の攻撃を難なくかわす。如何にバトラーが素早くても、五倍のスピードに跳ね上がった少女を捉える事は出来なかった。
先ほどゆりかを襲った謎の攻撃も、今のアミカには当てられないと踏んだのか、放たれる気配が無い。
アミカは倒れた仲間たちを一人ずつ片腕で担ぎ上げて回収すると、後方で待機するミサキの元へと駆け出して合流する。
「チェンジ……ガードモードッ!」
さやかとゆりかを地面に寝かせると、再びモードを切り替えて、今度は両手のひらを前面にかざして、四人を覆うようにドーム状のバリアを展開させた。
『シィッ!』
バトラーは掛け声を発しながら、ナイフをブーメランのように横回転させて投げつけたものの、ナイフはバリアに触れるとギィンッという金属音と共に弾かれて、彼の手元へと戻ってくる。障壁を簡単には破れないと見るや、その後は相手の出方を伺うように身構えたまま立ち尽くした。
「さやかっ! ゆりかっ! 大丈夫かっ!」
バリアに覆われたまま、ミサキが負傷した仲間の身を案じる。
「私は……大丈夫っ!」
ゆりかは必死に痛みを堪えると、自分の傷口に自分で手を当てて、青い光を照射して傷を癒す。左肩の腫れが引くと、今度はさやかを治療しようとする。
仰向けに横たわる少女の傷口に両手を添えて青い光を注ぎ込むと、ナイフでザックリと切り裂かれた箇所は見る見るうちに塞がっていき、攻撃を受ける前の綺麗な肌へと戻った。
「はぁ……はぁ……」
傷が癒えてもなお、さやかは辛そうに呼吸を荒くする。体中に汗がびっしりと浮き出ており、顔は高熱でうなされたように火照っている。まるで全力疾走したマラソン選手のようになっていた。
傷が塞がっても、負傷した事により失われた体力は戻っていないのだ。立ち上がるのも辛そうに手足をグッタリさせていた。
「さやか……まだやれる?」
ゆりかが疲れた友を心配するように顔を覗き込んだ。もし無理なら休んでも良いという言葉が、あえて口にせずとも表情によって相手に伝わる。
「へーきへーきっ……大丈夫……まだやれるッ!」
さやかはニィッと強気な笑みを浮かべると、自身に喝を入れるように歯を強く食いしばり、全身の力を振り絞るようにしっかりと立ち上がった。今の彼女は何としても敵に負けられないという、強い意思によって支えられていた。
少女はバリアの外へと一歩踏み出すと、拳を握り締めてボクサーのような構えをする。だが迂闊に飛び込めば危険だという考えが頭をよぎったのか、すぐにはその場から動こうとしない。
『フフフッ……どうした? 来ないのか? 来ないのなら……こちらから行くぞッ!!』
バトラーは不敵に笑うと、腰に挿してあったもう一丁のナイフを抜いて二刀流になる。更に手にしたナイフを目の前にいる少女に向かって、一丁ずつ時間差で投げ付けた。
『ツイン・スクリューブレイドッ!! 避けられるものなら、避けてみろッ!』
男が自信に満ちた声で叫ぶ。手裏剣のように横回転しながら飛んでいく二つの刃は、一発目をジャンプして避ければ空中で二発目に当たるように巧妙な配置がされており、回避不能という絶対的な確信へと繋がっていた。
「避ける必要なんて、無いッ! うらぁっ! うらぁっ!」
さやかの目が獲物を睨む鷹のようにグワッと見開かれた。気合を入れるように大声で吠えると、正面から迫ってきた一本目のナイフを踵落としで地面に叩き落とし、斜め上から急降下してきた二本目のナイフを、渾身の回し蹴りで洞窟の壁に向かって蹴り飛ばした。
ナイフは二丁とも洞窟の岩肌に深く突き刺さり、簡単には抜けそうも無い。
「おおっ!」
少女の奮戦ぶりに、ミサキ達が胸を躍らせた。体力の消耗を全く感じさせない動きに、彼女ならやれるという期待を抱かずにはいられない。
「バトラー……今一度、勝負ッ!!」
さやかはそう口にすると、拳を強く握ったまま敵に向かって駆け出す。武器を失くした今の彼となら、肉弾戦をやっても負けないという確信があった。
だがさやかが相手と5メートルの距離まで近付いた瞬間、石つぶてのような何かが高速で飛んできて、彼女の左太股を狙い撃った。
「うっ! ぐぁぁああああっ!」
左脚に広がる激痛に、少女が顔を歪ませる。何かがぶつかった衝撃で吹っ飛ばされて地面に倒れると、傷口を両手で押さえたまま、苦痛に悶えるイモムシのように体を丸まらせた。
『チャンスッ!!』
相手に大きな隙が生まれたのを見て、バトラーはすかさず地面に深く突き刺さっていたナイフの元へと走り、全力で引き抜く。それを手にして構えると、少女に向かってすぐさま斬りかかろうとした。
「くっ……うるぁぁぁあああああっ!」
さやかは大声で叫ぶと、痛みを痩せ我慢しながら、地面に寝転がったままローラーのようにゴロゴロと横向きに転がりだした。見た目は滑稽だが動きは非常に早く、ナイフを振り回して何度も斬りかかるバトラーの攻撃を巧みにかわす。やがて相手が疲れの色を見せると、すぐに二本の足で立ち上がり、アミカのバリアに向かって急いで駆け出す。
さやかがバリアの中に入った瞬間、小石のような何かが障壁にぶつかってビシィッと弾かれた音が鳴る。その真下にある地面には、先ほどゆりかが撃たれた時と同様に30ミリ口径の弾丸が落ちていた。
「さやか、大丈夫っ!?」
左脚を撃たれた仲間の容態をゆりかが心配する。真っ赤な血が滲んで腫れ上がる皮膚に両手を添えると、青い光を注ぎ込んで治癒を行う。
当のさやかは敵に攻撃を当てられなかった事を恥じるように、肩身を狭くしてしょぼくれていた。
ミサキは一瞬だけバリアの外に手を出して、弾丸をサッと拾い上げる。それをまじまじと見つめながら、しばらく考え事をしていたが、やがて結論を導き出したように口を開く。
「……間違いないッ! 私たちは狙撃されているッ! 敵はバトラーだけじゃない……洞窟の何処かにもう一体潜んでいるんだッ!」
……彼女の言葉を肯定するように、バトラーは不敵な笑みを浮かべた。




