第115話 地下の大空洞
ライノスを倒して村へと帰還したさやか達……さらわれた村人が全員無事に救出された事に、村は喜びに沸き立ったが、その祝賀ムードに水を差すように一体のメタルノイドが姿を現す。背丈は6mほどで、痩せ細った体格をしていた。
『俺はNo.016 コードネーム:アンブッシュ・バトラー! 赤城さやか、その仲間たちよ……貴様らに挑戦状を叩き付けるッ! 明日の昼、○○山にある洞窟に来いッ! そこで俺と勝負してもらうッ!』
グリーンベレーと呼ばれる兵隊のような迷彩色に身を包んだ男は、現れるや否や、自らの素性を名乗りながら少女たちに勝負を持ちかける。男の口から発せられたそれは、正に悪魔の招待状に他ならなかった。
『断る選択肢など無い……俺を倒さぬ限り、この地に真の平和が戻ってくる事など無いのだッ! それでも臆するというなら、村人を見捨てて何処へなりと好きに逃げるがいい。その時、彼らの命は保証されないものと思え。貴様らが来るのを、首を長くして待っているぞ……ハハハハハァッ!!』
脅迫じみた言葉を口にすると、用は済んだとばかりに後ろを向いて、バーニアを噴射させて元来た方角へと帰っていく。そのまま彼方へと姿を消した。あえて村人の命を盾にした辺りからは、約束を反故にされる事への懸念を抱いたようにも見える。
「……」
男が去った後の村に、しばしの静寂が訪れる。村人は皆何とも言えない表情をして、一言も発する事が出来なかった。今すぐに戦いが起こらなかった安心感と、ライノスが死んでも真の平穏が訪れない絶望とが入り混じって、複雑な心境を抱いたように思える。
「お姉ちゃん……」
アコが心配そうになりながら、さやかの手をぎゅっと握る。口には出せずとも、何とかして欲しいという思いが、子供の小さな指を通じて仄かに伝わる。
彼女に頼りっきりである事を、アコは心の中で申し訳無く思った。敵に倒されるかもしれない不安もあった。だが今は他に方法が無かったのだ。
「大丈夫だよ、アコちゃん。アイツなんかライノスより弱そうだし、お姉さんがボコボコにブチのめして帰ってくるから、心配しなくていいから。パパと一緒に村で待っててね」
さやかは頼もしい言葉を吐くと、悲しい顔をする少女のほっぺたを、ぷにぷにした感触を味わおうとするように、手で優しく撫でた。
彼女の勇ましい言葉に重い空気を吹き飛ばされたのか、村人にも徐々に笑顔が戻る。
「ヨシッ! それじゃあ男たちが生還したお祝いと、明日の戦いに備えて彼女たちに栄養を付けてもらうのを兼ねて、今夜は鍋パーティにでもするかのっ!」
村長が呼びかけると、村の者たちは歓声を上げて料理の準備に取り掛かる。
……それは絶望に抗おうとする、彼らなりの精一杯の抵抗だったのかもしれない。
◇ ◇ ◇
鍋パーティを終えてぐっすり眠った翌朝、さやか達は村を出て、メタルノイドに指定された場所を目指して歩き出す。一晩休息を取った事もあり、ライノスと戦った疲れは完全に吹き飛んでいた。
村人達は村に残り、少女の旅立ちを見送る。彼女たちが無事に生きて戻ってくる事を願い、何度も手を振ったり、応援の言葉を掛けたりした。アコもまた、さやかの背中を見送りながら、神に祈るように手を合わせる。
(どうか……どうか、無事に帰ってきて……)
幼き子供は、心の中で何度もそう口にした。
四人は敵の襲来に備えて装甲少女に変身し、彼女たちには博士が同行する。博士は金属製のアタッシュケースを持ち歩く。一行が歩き続けて山の麓に辿り着いた時には、太陽が空に上りきって昼近くになっていた。
一行が辺りを見回すと、麓の一角にぽっかりと大きな穴が空いているのが見つかる。それが敵が決闘場所に指定した洞窟である事は疑いようが無かった。
さやか達が近寄ってみると、穴は遠くで見た印象よりもかなり大きい。全高6mのメタルノイドでも余裕で通れるほど巨大に掘られており、地下に向かって斜めに道が掘り進められている。地下帝国への入口か、ティラノサウルスの通り道と言われたら、信じてしまいそうな程だ。
「私は外で待機させてもらう。もし他の敵が侵入しようとしたり、洞窟の穴を塞ごうとしたら、すぐに君たちに知らせる。むろん私も全力で敵の計画を阻止する。君たちは安心してバトラーの討伐に向かってくれ」
博士はそう口にすると、アタッシュケースから双眼鏡と小型のドローンを取り出す。それらは周囲に敵が潜んでいないか探すための道具らしかった。
「それと、左足の装甲にボタンが付いているはずだ。押してみてくれ」
博士の指示通りに四人がボタンを押すと、彼女たちの目を覆うようにして半透明の茶色いバイザーが、ガシャーンという音と共に装着される。
「博士、これは?」
初めて目にする機能に、さやかが顔をキョトンとさせながら問いかける。
「それは暗視ゴーグルだ。完全な暗闇でも、物体の輪郭を正確に捉える事が出来る。それなら一切光の届かない洞窟内でも、敵の姿を見失う事は無いだろう」
博士が性能について解説する。それは暗闇の中での戦いに備えて実装された機能だった。
バイザーを装着したさやか達が試しに洞窟の中を覗いてみると、壁や地面の岩肌が緑色に光って見える。視界はかなり遠くまで見渡す事が可能で、確かにこれなら暗闇の中でも問題無く戦えそうに思えた。
「ありがとうございます、博士っ! これで不利な戦いを強いられる事はありませんっ! 万全の状態で挑んで、敵をやっつけてきますっ!」
さやかはテンションが上がったようにウキウキしだすと、その勢いのまま洞窟の中へガニ股でズカズカと足を踏み入れる。よほど気分が良かったのか、ドラ○もんに出てくるガキ大将の鼻歌を、楽しそうにフンフン唄っていた。
(さやかったら……ジャ○アンにでもなったつもりかしら)
ゆりかは、あえて口には出さず心の中で呟きながら、さやかの後に付いて歩き出す。ミサキとアミカも彼女の後に続く。
博士は去りゆく四人の後ろ姿を、心配そうな表情を浮かべながら静かに見送った。
◇ ◇ ◇
四人はただひたすらに洞窟を奥へ奥へと進み続けた。さやかは先頭を歩きながら呑気に鼻歌を唄い、他の三人は敵の動きを警戒するように周囲を見回しながら、言葉も交わさずに歩く。それが時間にして十分か二十分か、どれだけ続いたかは分からない。
洞窟の中はひんやりしていて、肌に触れる空気は冷たく心地良い。時折静寂を破ろうとするように、天井から水滴がポタッポタッと地面に垂れ落ちる音が聞こえる。たまに蠍や蝙蝠の姿を見かけたものの、さやか達を警戒するように距離を取り、襲ってくる気配は無い。
戦いに来たのでなければ、いっそこのまま探検できそうな雰囲気だった。
「これだけ広い洞窟……一体何のために掘られたんだ? それとも自然に出来たものか」
ミサキが退屈を紛らわすように、唐突に口にする。ただ歩き続けるだけの作業に痺れを切らしたのだ。彼女はこの地下の大空洞が、まるで誰かに用意されたように存在する事に微かな違和感を覚えた。もし誕生した経緯があるならば、ぜひ知りたいと考えた。
「この地には、徳川幕府が埋蔵金を埋めたという伝説があったのよ。それでたくさんの人が血眼になって探したんだけど、埋蔵金は見つからなかったわ。結局そんなもの、最初から無かったんだっていう話に落ち着いた。私も無かったと思ってる。その時に掘られて出来たのが、この洞窟ってワケ」
洞窟が生まれた由来について、ゆりかが自説を交えながら答える。この地下に空いた巨大な穴は、かつて数多の男たちが財宝発掘のロマンを抱き、それが儚くも崩れ去っていた果ての産物だった。
由来を知らされて、ミサキは「ほほーーっ」と声に出して感心する。アミカも初めて聞いた話だったのか、壁の岩肌を眺めながら感嘆の言葉を漏らす。さやかは興味無さげに手で尻を掻きながら、「敵はまだか」と言い出す。
張り詰めた空気が幾分和らいで、少女たちがリラックスしながら歩き続けていた時……。
「いやぁっ!」
ゆりかが大きな悲鳴を上げながら、さやかに抱き着いた。怯える子猫のように体を震わせながら、友の肩にしっかりと掴まって、決して離れようとしない。
「ん? どうしたの、ゆりちゃん」
「あ……あれ……」
さやかは突然の出来事に顔をキョトンとさせながら、怖がる友を落ち着かせようと優しく頭を撫でる。
ゆりかは恐怖で顔を引きつらせながら、慌てて足元を指差す。
「……ッ!!」
三人が彼女の足元に目をやると、そこに何か人のようなものが倒れている。
よく見てみると、それは白骨化した男性らしき死体だった。アメリカ映画に出てくるインディな探検家のような服を着ており、かなり年代が経過したのか、肉や皮は全く残っていない。服自体もかなりボロボロに傷んで、朽ちかけている。
死体のすぐ側には、家族と写っているらしき写真が手帳と一緒に落ちていたが、それも経年劣化により、顔を確認できないほど色あせていた。
「財宝を探し求めてきたものの、道に迷って出られなくなり、ここで息絶えたのか……」
志半ばにして行き倒れた冒険者の成れの果てを目にして、ミサキが悲しそうに呟いた。彼の境遇を哀れに感じたあまり、手を合わせて魂の安息を祈る。せめて安らかに眠れるように……そう願わずにはいられなかった。
「きっと最後の瞬間まで、家族に会いたかったんでしょうね……」
アミカがそう口にしながら、落ちていた写真と手帳を拾い上げて、死体の上に乗せる。何かしらの供養が出来れば良いと思いながらも、方法が見つからなかった。
『……じきにお前らも、そいつと同じ運命を辿る』
少女たちが悲しみ一色に包まれていた時、淀んだ空気を吹き飛ばそうとするように、突然男の声が鳴り響いた。
声に驚いたさやか達が慌てて洞窟の中を見回すと、彼女たちの背後にある岩から、巨大な人影がヌゥッと姿を現す。それは他ならぬ洞窟での決闘を持ちかけたメタルノイドだった。岩陰に隠れて待ち伏せる事で、遠くからでも視認されないようにしていたのだ。
『地獄へようこそ……よくぞ俺の誘いに乗って、こんな所までのこのこと足を運んでくれた。その誠意に対する感謝の証として、ここをお前たちの墓場にしてやろう。五人分の墓を立てて、そこで行き倒れた男と一緒に弔ってやる。俺の慈悲深さに感謝するのだな……ハハハハハッ!!』
……アンブッシュ・バトラーと名乗るメタルノイドの邪悪な高笑いが、巨大な洞窟内に響き渡る。
地を這う蠍は、これから始まる彼女たちの戦いをただ静かに見届けた。




