第113話 漸激のサンダー・ヴォルト(後編)
「サンダーヴォルト・ライノス……名前通りの恐ろしいヤツだ」
ミサキが焦る言葉を口にする。迂闊に接近戦を挑めないと警戒するあまり、無意識のうちに足がジリジリと後ろへ下がる。
見た目だけならパワー型に見える巨漢のサイ男は、その第一印象を裏切るように、高速で動き回って電撃鞭を振り回す『油断のならない強敵』へと変貌を遂げた。
「私に任せて下さいっ!」
アミカがそう言いながら前方に飛び出す。何らかの策を思い付いたのか、その表情には強い自信が浮かぶ。
「チェンジ……スピードモードッ!!」
右腕にある三つのボタンのうち一つを押すと、五倍になった速さで、敵の周りを円を描くように走り出した。
『ウララララララァァッッ!!』
ライノスは先ほどと同様に鞭を高速で振り回すものの、アミカには掠りもしない。せいぜい彼女が通り過ぎた後に生じた残像に触れる事が出来ただけだ。ライノスが如何に俊敏でも、今の彼女の動きはそれを遥かに圧倒していた。
『コノヤロォォオオオッ! まだ毛も生えてない、ちんちくりんの、メスガキがぁぁぁああああああっっ!!』
やがて痺れを切らしたのか、サイ男が聞くに堪えない罵声を吐き散らす。目は真っ赤に血走り、口からは大量の唾が飛ぶ。怒号と共に放たれた鞭による大振りの一撃は、少女の姿を捉える事が出来ず地面に激突し、砂埃が土砂と共に舞い散る。
渾身の一撃を空振った事により、ライノスはすぐには体勢を立て直せず、致命的とも呼べる大きな隙を生じさせた。
「チェンジ……パワーモードッ!!」
絶好の好機と見るや、アミカはまたもボタンを押して、パワー重視型に切り替わる。素早く敵の背後に回ると、拳を強く握ってパンチを繰り出す構えに入る。
「いっ……けぇぇぇぇえええええええっっ!!」
全力を込めた拳の一撃が、雄叫びと共に放たれる。ビュウッと風を切る音を鳴らしながら突き進んだそれは、命中すれば確実にサイ男を弾き飛ばす威力の剛拳だった。だが……。
「……ッ!?」
敵の体に届きかけた瞬間、目に見えない力で拳がビタッと押し留められる。いくら少女がグイグイと腕に力を込めても、それ以上前に進む事が出来ない。頑丈な壁に激突して弾かれたのではなく、強い風圧に阻まれた感覚だった。
『……この瞬間を待っていた』
ライノスがそう言って少女の方へと振り返りながら、邪悪に口元を歪ませる。まるでこの状況に持っていくために、最初から全て仕組んでいたような口ぶりだ。
「くっ! チェンジッ!! スピ……」
アミカは内心してやられたと思いながら、慌てて倍速モードに切り替えようとする。だが彼女がボタンを押すよりも、敵が攻撃に移るタイミングの方が圧倒的に速かった。
『もう遅いッ! 貴様はここで死ぬ運命にあったのだッ! 猛り狂う蛇と共に、死のダンスを踊るがいいッ! 唸れッ! サンダースネーク・キルダンスッ!!』
ライノスは大声で技名を叫ぶと、鞭による高速の連撃を放つ。彼の手にした鞭は鋭い牙を持つ毒蛇のように襲いかかり、いたいけな少女の柔肌を何度も切り裂いた。
「うぁぁああああああっ!!」
アミカが悲痛な叫び声を上げる。体中を蛇のようにしなる鞭に切り刻まれて、傷口から真っ赤な血が噴き出す。彼女が立っていた地面は、あっという間に血だまりと化す。やがて鞭で叩かれる衝撃に耐え切れず、後ろへと弾き飛ばされると、そのままゆりか達がいる近くへと落下して大地に叩き付けられた。
「う……ぁ……」
全身傷だらけになりながら、ぐるんと白目を剥く。息も絶えだえになり、血の抜けた手足は急激に冷たくなっていき、すぐに手当しなければ五分と持たずに死んでしまいそうに見えた。
「アミカっ!」
ゆりかはすぐに仲間の治療に取り掛かり、ミサキはその間に近付かれないよう、先頭に立って敵を睨み付ける。さやかは傷は塞がったものの、体調が万全ではなく、犬のように四つん這いになったまま状況を静観する。
「ううっ! ふう……ふう……拳が……あと数センチという所で、拳が止められたんですっ! 何故かは分かりません……でも、とにかくヤツに肉弾戦は通じませんっ!」
仲間に治癒されて息を吹き返すと、アミカは自分の身に起こった出来事を他の三人に伝える。原理は不明だが、それでも何としても敵の能力を仲間に教えなければと必死だった。
『フフフッ……』
少女の言葉を聞いて、ライノスが嬉しそうにニヤつく。相手に一杯食わせられた事を心から喜ぶような、何ともいやらしい笑いだった。
『ハハハハハッ! 俺の周囲には、電気により生じた磁力結界が渦巻いているッ! 俺に触れようとした者は、為す術なく結界に阻まれて、立ち往生する運命にあるのだッ! 十倍になろうが百倍になろうが、力だけで結界を押し切る事は不可能ッ! 最初のパンチをわざと避けたのは、初っ端から能力を教えたらツマラナイと思ったからよぉっ! ヒャァーーーーーーッハッハッハァッ!!』
自身の能力について得意げに明かす。破れるものなら破ってみろと言わんばかりに挑発するように高笑いした。あえて包み隠さずに語る所からは、決して破られる事は無いのだという絶対の自信を覗かせた。
「近付けないのなら……近付かなければ良いだけだ」
ミサキは何かを閃いたように口にすると、大股開きになって、二本の足でしっかりと大地に立つ。両手で握った一本の刀を天に向かって掲げると、その姿勢のまま力を溜め込むように制止した。
『断空牙とやらを放つつもりかッ!? そうはさせんッ!』
相手が技を出そうとしている事を察したライノスが、それまで使っていた鞭を地面に投げ捨てる。そして今度は右手に直に電流を集めだした。
『わざわざ武器など使わずとも、直接手から電気を放てるのだよッ! こんな風になぁっ! 喰らえッ! ギガヴォルテック・サンダーストームサイクロンッッ!!』
大声で技名を叫ぶと、手のひらから青白く光る雷を、目の前にいる少女に向けて放つ。
「危ないっ!」
敵が大技を出す事を予測し、ゆりかは雷が放たれたのとほぼ同時に半透明のバリアを展開して、自分たち四人をスッポリと内側に包み込む。
バリアを張り終わった瞬間雷が障壁にぶつかって弾かれるものの、ライノスは構わず撃ち続ける。このままどっちが先に力尽きるかの我慢比べをするつもりのようだ。
「ゆりかッ! そのままバリアを維持してくれッ! 高出力の雷を撃ち続けるヤツの方が、間違いなく先にパワー切れを起こすッ! そうなったら、すぐにバリアを解除するんだッ! 頼んだぞッ!」
ミサキが刀を振り上げた姿勢のまま指示を出す。ゆりかはバリアを展開させたまま、仲間の頼みを承諾するように無言で頷いた。
『ハァ……ハァ……』
バリアと雷の衝突が始まって数分が経過した後、ライノスの呼吸が荒くなる。表情には疲労の色が浮かび、手から放たれる雷は次第に弱々しくなっていき、やがてガス欠を起こしたようにプッツリと途切れた。
「今よっ!」
敵がパワー切れを起こしたと判断し、受けた指示の通りにゆりかがバリアを解除する。
「ライノス、これで終わりだッ! 我が渾身の一撃、その身に刻んで死ぬがいいッ! 喰らえッ! 冥王秘剣……断空牙ッ!!」
直後ミサキが死を宣告する言葉と共に、高く掲げていた刀を全力で振り下ろす。ブォンッと豪快な音を鳴らしながら縦一文字に刀が振り下ろされると、三日月状の斬撃が敵に向かって高速で放たれた。
『馬鹿めッ! いくら体力を消耗しようと、そんなヘナチョコな攻撃などに当たりはせんわぁっ! この大間抜けの、アホンダラがぁっ!!』
ライノスは声に出して相手を罵ると、その場で素早く大ジャンプして、自分に迫ってきた斬撃をあっさりとかわす。
『飛び道具で攻めるという発想は悪くなかった……だがそれも、当たらなければ意味がな……!?』
相手の作戦を挫いたと確信したライノスであったが、直後に信じられない出来事が起こる。
サイ男が着地した瞬間、目の前に斬撃が迫ってきて、彼の左半身を切り裂いたのだ。左肩から右脇腹にかけてバックリと大きく割れて、傷口からは血のような油が噴き出す。
『ナ……ニ……!?』
ライノスは一瞬、何が起こったのか全く分からなかった。
断空牙に軌道を変えたり、相手を追尾したりする性能など無い。避けた斬撃が再び自分に向かって飛んでくるなど、ある筈が無かったのだ。
状況を受け入れられず、彼は俄かに困惑した。
ふとミサキの方に目をやると、彼女は振り下ろしたはずの刀を、天に向かって突き上げていた。
「振り下ろした刀を、今度は全力で振り上げる事により、時間差で二撃目を放つ……それが断空牙、弐ノ太刀ッ!! 通常の倍の溜めが必要になるから、迂闊には使えないが……貴様のようなヤツにはうってつけの技だッ!!」
ミサキが刀を振り上げた姿勢のまま、自慢げに語る。それはこれまで披露した事の無い、『初見殺し』で敵を葬るための取って置きだった。
『ク……ソ……』
ライノスが無念そうに呟きながら膝をつく。手で押さえた傷口からはバチバチと火花が散り、彼の命が尽きようとした事を明確に伝えた。
『フッ……フハハハハハハッ! 少シ来ルノガ遅カッタナ! ココデ生産サレタ ロボットノ大半ハ、既ニ仲間ノ元ニ搬入済ミダッ! 俺ヲ殺シタ所デ、状況ハ何モ変ワランッ! 貴様ラノ シタ事ハ全テ無駄ダッタノダッ! ハハハハハッ! ハハハハハ……ハ……ハヴァロァァァアアアアアアーーーーーーッッ!!』
突然正気を失ったように笑い出すと、負け惜しみのような言葉を口走る。最後は力尽きたようにガクッとうなだれると、その姿勢のまま内側から弾けるように爆発して、木っ端微塵に吹き飛んだ。




