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装甲少女エア・グレイブ  作者: 大月秋野
第一部 「序」
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第9話 狙われた少女(前編)

 ……そこは何処か建物の内部と思われる場所。

 無限に広がる暗闇の中を、一人の幼い少女が裸足で歩いていた。

 一歩進むたびに、床のひんやりとした冷たい感触が少女の足に伝わる。


「ここ……どこぉ……?」


 少女にはそこが何処かも、自分が何者かさえも全く記憶がない。

 ただ気が付いた時、少女はそこにいた。

 何のあてもないまま、少女はただ暗闇の中を真っ直ぐ歩き続けた。

 そうすれば、いつかこの暗闇から抜け出せると信じて……。


 そうして、どれほどの時間歩き続けたのか。やがて暗闇の彼方に、うっすらと光が見えた。


「ひかり……そとにでられる……!」


 少女はそう言うと、正面に見える小さな光に向かって走り出した。




 ――――その翌日。


 ゼル博士の研究所にあるモニター室。博士はそこで助手と共に、ある映像を何度も繰り返し再生して見ていた。

 それは、街中に設置されたライブカメラが記録したオーガーとエア・グレイブ達の戦いの映像だった。


「……ここだっ! これを見ろっ!」


 博士はそう言って映像を一時停止すると、ある一点を指差した。

 ワープしてきた直後のオーガー。その足元をよく見ると、幼い裸足の少女が映っている。

 さやか達も、そしてオーガー自身も、足元に少女がいた事には全く気が付いていない。

 戦いが始まると、少女はすぐにオーガーの足から離れて、何処かへと走り去っている。


「この少女がただその場に居合わせただけなのか、それともオーガーと一緒にワープしてきたのか……何とも気になる所だ。そもそもこんな屋外に裸足でいる事が、不自然ではないか」


 博士はあごに右手をえて、眉間にしわを寄せながらしばし考え込む。少女の存在に明らかに不審を抱いていた。


「……連中の手先でしょうか?」


 ふいに助手がそうつぶやいた。不審を抱いているのは彼も同様だった。


「もしそうだとしたら、何とも厄介な話だ。私はこれから彼女を探しに街の方へ行ってみる事にする。その前にさやか君たちにもこの事を伝えておかねば」


 博士はそう言うと、服のポケットから携帯電話を取り出してさやかに掛けようとする。だがいくら掛けても繋がらない。相手が出ないのではなく、電波が届かない状態になっている。


「どういう事だ……?」


 博士は電話が繋がらない事にいぶかりつつも、さやか達への連絡をしぶしぶ諦めて、研究所の外へ出ていった。


  ◇    ◇    ◇


 その頃さやかとゆりかは、街中の歩道で四つん這いになりながら何かを探していた。


「もうっ! 財布を落とすなんて、何やってんのよっ!」


 ゆりかが地面をくまなく調べながら、呆れたように愚痴をこぼす。落とした財布を一緒に探してあげているようだった。

 さやかの物失くし癖は今に始まった事ではない。その度に彼女はこうして付き合ってあげていた。


「エヘヘ……すまんのう、婆さんや」


 さやかは申し訳なさそうに苦笑いしながら、冗談っぽく老人の口調で答える。

 道行く人々はみな奇異な目で二人をジロジロと見ており、羞恥心も何もあったものではない。中には四つん這いになった二人の尻をいやらしそうに見る男や、写真に撮って画像掲示板にアップしている者までいる。

 ゆりかが好奇の目にさらされて恥ずかしそうに顔を赤らめながら歩道の植え込みを探していると、やがて黒い何かが落ちているのを見つける。


「あっ……財布っ!」


 植え込みに落ちていた財布にゆりかが手を伸ばそうとした瞬間、彼女よりも先に何者かがその財布を横からサッと奪い取った。


「あっ! ワンワンっ!」


 さやかが大声で叫びながら指差す。財布を横取りした犯人は犬だった。首輪を付けていない所を見ると、野良犬のようだ。

 犬はさやか達の方を一瞬だけチラ見すると、財布をくわえたまま何処かへと走り出した。


「コラーーッ! 待てーーっ!」


 さやか達はドラ猫を裸足で追いかける主婦のように、必死に犬を追い回す。

 そうして走っているうちに、二人は人気ひとけのない路地裏に迷い込んでしまった。

 路地裏は一日中ずっと日の光が届かない暗闇に覆われ、何かが潜んでいそうな不気味さを漂わせている。時折、黒い虫がカサカサと地面を這いずっているのが目に付く。


「ね、ねえ……さやか……こんな所入ってって、大丈夫なの……?」


 ゆりかが、得体の知れない路地裏に入る事におびえて躊躇する。彼女は基本怖がりな性格で、お化け屋敷や肝試しが苦手なタイプだった。虫やトカゲも苦手で、それらが湧いて出そうな場所には極力近付かないようにしていた。


「へーきへーき、変なおじさんだろうがヤクザだろうがホラー映画の殺人鬼だろうが、出てきたら私がブチのめしてやるわっ! メタルノイド以外なら、何でもウェルカムっ!」


 さやかは物怖じせずにそう言って腕まくりすると、ズカズカとガニ股で路地裏に入っていく。その男勝りで姉御肌な姿は何とも頼もしい。彼女にはしいたけ以外に怖い物など何も無かった。

 ゆりかはそんな彼女の後ろを、カルガモの子供のようにピッタリとくっついて歩く。


 二人が路地裏をどんどん奥へと進んでいくと、やがて財布を盗んで逃げた犬が地面に座り込んでいるのを見つける。その犬のそばに、一人の幼い少女が倒れていた。


「ちょっとっ! しっかりしてっ!」


 ゆりかが慌てて少女に駆け寄る。その手に触れると脈はちゃんとあり、呼吸もしている。体温も正常で、それ程危険な状態という訳では無さそうだった。


「ワンちゃん、もしかして私達をこの子に会わせたかったの? よしよし、偉いねー」


 さやかがそう言って褒めながら犬の頭を何度もで回すと、犬は口に咥えていた財布をあっさりと離し、用事が済んだかのように何処かへと去っていった。

 ゆりかに抱き起こされて何度も声を掛けられたり体を揺さぶられたりして、やがて少女が目を開ける。


「お……」

「お?」


 何か言いたそうな少女の言葉に、さやかとゆりかが耳を傾ける。


「……おなかすいた」


  ◇    ◇    ◇


 空腹のあまり動けずにいた少女を、二人は寮の食堂へと連れていく。

 少女はよほどお腹が空いていたのか、カレーライス三人前をあっという間に平らげてしまった。


「おいしかった。もうおなかいっぱい」


 空腹が満たされて、とても満足したような笑顔を浮かべる。

 隣に座っていたさやかは、少女の口の周りに付いたカレーをハンカチでそっと拭き取った。


「ねえ貴方、お名前は? おうちはどこ?」


 少女に警戒心を抱かれないよう、さやかが優しい口調で問いかける。


「なまえ……わからない。おうち……わからない」


 少女はとても困ったような顔をして、そう答えた。

 さやか達には彼女が嘘を付いているようには思えない。


「困ったわねぇ。せめて名前くらい分からないと……」


 少女の向かい側に座っていたゆりかは、テーブルに肘を付いたまま浮かない顔をして溜息を漏らす。彼女の素性が全く分からない現状に、途方に暮れていた。

 そんなゆりかとは対照的に少女を好奇心に満ちた目で眺めていたさやかは、やがて思い立ったように口を開いた。


「……ルミナっ!」

「えっ? 何よ、急に」


 突然そう言われてゆりかが不思議そうな顔をしていると、さやかは少女の衣服の左胸を指差した。


「見て、ここにR.M.N.って書いてある」


 その指差した箇所には、彼女の言う通り確かにR.M.N.と表記されていた。それが何を意味するのかは分からない。


「R.M.N.だから、ルミナ……今日から貴方の名前はルミナちゃんよっ!」


 さやかが満面の笑みで言うと、ルミナと名付けられた少女も笑顔になった。


「ルミナ……わたし、ルミナっ! うれしいっ!」


 名前を付けられた事が嬉しいのか、とても喜んではしゃいでいる。まるでサンタさんからプレゼントをもらったかのような喜びっぷりだった。


「じゃあルミナちゃん。お体汚れてるから、シャワー室でれいにしましょうね」


 さやかはそう言ってルミナを寮のシャワー室へと連れていく。

 すっかり彼女に懐いたのか、ルミナはその足にピッタリとくっついて歩く。


「まるで親子ね……」


 ゆりかはシャワー室に向かう二人をあきれた表情で見送りながら、そう呟いた。


  ◇    ◇    ◇


 寮のシャワー室に入り、お互い裸になりながら石鹸を付けたスポンジで体をこすり合う二人。


「ねえルミナ……貴方のママは?」


 ルミナの体を丁寧にスポンジで擦りながら、さやかが穏やかな顔で問いかける。相手に少しも警戒心を抱かせない、とても優しい表情だった。


「ママ……なに? わからない」


 母親という概念が分からないのか、彼女の問いかけにルミナは顔をキョトンとさせる。これでは何も聞き出せた物ではない。

 そこから説明するのか、とさやかは一瞬戸惑ったが、しばらくした後思い立ったように口を開く。


「ママっていうのはねえ……とっても優しくて、とっても暖かいものっ!」


 言い終えて、誇らしげなドヤ顔で鼻息をフンフンさせる。とても分かりやすい説明をした、とでも言いたげだ。


「……ママっ!」


 説明を聞き終えると、ルミナは即座に甘えるようにさやかに抱きついた。

 彼女にとっては、今目の前にいる相手こそがまさにそうだったのであろう。その行動には一片の迷いも無かった。


「ちょっ……わ、私は……ルミナのママじゃありませんっ!」


 幼い少女にいきなり抱きつかれて、さやかは困惑したような苦笑いを浮かべる。

 彼女はまだ15歳になったばかりだ。子供と呼ぶには少し大きいが、大人と呼ぶにはまだ早い。いわば大人になる前段階と呼べる年頃だった。

 しかもまだ出産どころか受胎すら経験していない。一児の母となるにはあまりに早過ぎた。むろん母乳など、赤子に百回吸われても一滴も出はしないだろう。


「でもママ、とってもやさしくて、とってもあたたかい。ママは、ルミナのママじゃないの……?」


 全力で否定されて、ルミナは少し悲しそうな顔をした。生まれてすぐに母親と引き離された子犬のような、とても寂しげな目をしている。

 そんな目で見つめられて、さやかは何だか悪い事をしてしまった気になった。


「……分かったわ。本当のママが見つかるまで、私がルミナのママになるから。だからそんな悲しい目をしないで、ね」


 さやかは寂しそうな目をしたルミナを力強く抱きしめると、なだめるように優しく言い聞かせた。

 ルミナもそんなさやかに甘えるように、力いっぱい両手でしがみついた。

 記憶も何も無く、この世界にただ一人放り出された孤独な少女にとって、目の前にいる大きな女性だけが唯一頼れる存在という思いがあった。


  ◇    ◇    ◇


 体の汚れを洗い落としてシャワー室から出ると、さやかはルミナを寮の自分の部屋へと連れていった。

 彼女が着ていた服は汚れていたため洗濯し、代わりに押入れにしまってあったさやかの子供時代のお下がりを着せる。


「よしよし、結構似合ってるよー」


 さやかはそう言ってルミナにあれこれ服を着せるのを楽しんでいる。

 彼女もママのお下がりを着せられた事を喜んでいるようだった。


「このふく……ママのにおいがするっ!」


 キャッキャッと楽しそうにはしゃいでいる二人……完全にまやかしの母子関係に浸りきっている。

 そんな彼女たちを、ゆりかは一歩引いたように冷めた目で見ていた。ずっとこのままで居られる訳が無いという冷静な思考が頭の中にあった。


「ねえ……まさかこのまま、その子を育てるつもりじゃないでしょうね? 警察に電話した方が良いんじゃないの?」


 厳しい現実を突きつけるように提案する。

 ゆりかの言葉ははたから見れば極めて常識的だったが、さやかは露骨に嫌そうな顔をした。気持ちよく夢を見ていた所に、冷水を浴びせられて夢から覚まさせられた心地だった。


「ええっ、何よぉ……急に……」


 げんそうに口にすると、ブスッとしかめっ面をした。よほど気に障ったのだろう。見るからに不機嫌そうな顔をしている。まるで休日に遊びに行く約束を、親に反故にされた子供のようだった。


 すっかり母親の情が湧いたのか、さやかは手放したくないと言いたげにルミナをぎゅっと抱きしめる。ルミナもママから離れたくないと、必死に彼女にしがみつく。

 そんな二人に敵を見るような目で睨まれて、ゆりかは急に自分が悪者にされたような罪悪感にさいなまれた。


「ま、まぁいきなり警察ってのも何だし……とりあえずゼル博士に話を付けてみるわ」


 そう言ってバツが悪そうに携帯電話を取り出すと、博士に電話を掛ける。だがいくら掛けても、一向に相手に繋がらない。


「電波が届かないって……どういう事なの!?」


 ……それは先ほどゼル博士が体験したのと全く同じ現象だった。

 ゆりかはあれこれ手を尽くしてみたものの、どれも有効な解決策にはならなかった。今日に限って起こった謎の怪現象に、異変を感じずにはいられなかった。

 さやかとルミナを引き離す行為を、神が全力で阻止しようとしているのではないか……そんな本来ありえないオカルトじみた発想すら頭の中をよぎった。


「ほ……ほら、電話も繋がらないみたいだしっ! 私ちょっとルミナを連れて、本当の母親を探しに街に出てみるねっ!」


 電話が繋がらず途方に暮れるゆりかの姿を見て、さやかは内心ホッと胸を撫で下ろすと、ルミナを連れてそそくさと逃げるように寮から出ていった。


  ◇    ◇    ◇


 仲良く手を繋いで、昼間の街中をゆっくりと散歩する二人……ルミナは終始ニコニコと幸せそうに笑顔を浮かべている。よほど大好きなママと一緒にいられるのが嬉しいらしい。

 そんな彼女の思いとは裏腹に、さやかは街中で自分たちとすれ違った本物の親子を見て、少し浮かない顔をしていた。


「……分かってる。いつまでもこうしてる訳には行かないよね。この子の本当の母親、ちゃんと探さないと……」


 深刻そうな表情を浮かべて、そう呟く。

 言われた時咄嗟に嫌そうな顔をしたものの、ゆりかの指摘が正しい事は、さやか自身も頭では分かっているつもりだった。いくらルミナに懐かれた所で、彼女とさやかは決して本当の親子にはなれないのだ。

 それにもし何処かに本当の親がいるなら、親元に返してあげる事がこの子にとっても幸せだろうという考えもあった。


(それでも、せめて……せめて今だけは……少しでも長く、この子と一緒にいたい……)


 ……さやかがそんな思いを抱きながらルミナと街中を歩いていた、その時だった。


「さやか君っ! すぐにその子から離れるんだっ!」


 背後から何者かが唐突にそう声を掛けてきた。

 その声にさやかが驚いて後ろを振り返ると、彼女たちの背後に一人の男が立っている。一目で科学者と分かる白衣を身にまとい、長身で白髭を蓄えた知的そうな老人……さやかにとっては見慣れた姿だった。


「ゼル博士……一体どうしたんですか」


 さやかは驚いたような苦笑いしたような、何とも言えない奇妙な表情を浮かべた。博士に言われた言葉に戸惑いを感じている事が、その表情からも見て取れた。

 当の博士はハァハァと激しく息を切らして、ひたいにはびっしりと汗が浮かんでいる。彼女たちの姿を遠くで見かけて、慌てて全力で駆け付けたらしい。その様子は明らかに只事ただごとでは無かった。



「良いか、さやか君……驚かずによく聞くんだ。君が今、実の娘のように可愛がって連れている、その少女は……人間ではないっ!」



 ……博士の口から、衝撃的な事実が突きつけられる。


「……そん……な……」


 その言葉にショックを受けるあまり、さやかは青ざめた表情のままマネキンのように硬直してしまう。彼女にとって博士の言葉はにわかに受け入れがたい物だった。

 むろん博士が嘘など言うはずがない。それでも彼女にとっては博士が言っている事は冗談であって欲しい、何かの間違いであって欲しい……そう願わずにはいられなかった。博士の言葉を信じられないあまり、さやかの脳は現実から目を背けるかのように固まってしまう。


 そんなさやかに更なる現実を突きつけるかのように、博士は上着のポケットから何か探知機のような物を取り出した。


「その子からは特殊な妨害電波が発せられている……その子の半径100メートル圏内では、電話が使えないようになっているんだっ! その子は、オーガーと共にバリアの中にワープしてきた……バロウズの手先かもしれんっ! さぁさやか君、分かったらその子を、こっちによこすんだっ! それが君の安全の為でもあるっ!」


 そう言い終えると、博士はジリジリとにじり寄るように警戒しながら一歩ずつルミナに近付いていく。

 その目は、バロウズの手先かもしれない少女に対する疑念と敵意に溢れ、両手の指先はタコのように怪しくうごめいている。明らかに彼女を捕まえて研究所に連れて行くつもりのようだった。


「いやぁっ! わたし、ママからぜったいはなれたくないっ!」


 ママと引き離されたくない思いから、ルミナは全力でさやかにしがみつく。

 彼女にしてみれば、今目の前にいるゼル博士という人物は、素性の知れない変なおじさんという認識しか無かった。


「この子は……ルミナは、アイツらの手先なんかじゃないっ! 私の大切な家族なんだからっ! 何処にも行かせたりなんてしないっ!」


 さやかも、怯えるルミナをかばうようにしっかりと抱きしめた。

 たとえ博士の言葉が真実だとしても、このまま言う通りに引き渡せば、研究所に連れて行かれてバラバラに解体されてしまうかもしれないという懸念があった。

 彼女をバロウズの手先だと疑う博士ならば、バロウズ憎しのあまりそこまでやったとしても何ら不思議はない。

 それだけはさやかにとっては到底受け入れがたい、何としても避けなければならない事象だった。


「ルミナ、心配しないでっ! 貴方は私が絶対に守るからっ!」

「ママぁーーーっ!!」


 大声で叫んで、悲壮感溢れる表情を浮かべながら互いに強く抱き合っているルミナとさやか……まるで奴隷商人に身売りされそうになる少女と、それを全力で阻止しようとする母親のようであった。


「むう……」


 そんな二人を前にして、ゼル博士はついたじろいでしまう。

 バロウズの手先と目すれば冷徹な判断を下せる彼であっても、実の親子のように抱き合う二人を無理に引き剥がす勇気はとても持てなかった。

 それをすれば彼は、さやか達に鬼畜とののしられて嫌われていただろう。それだけは何としても避けたかった。


 二人を前にして博士が何も出来ずに困った顔をしていると、突然空が光りだした。


「っ!?」

「これは……」


 異変を察知し、さやかと博士の表情がサッと変わる。

 メタルノイドの出現を予感し、一瞬にして戦闘モードに切り替わったかのように二人の体に緊張が走る。博士の額からは汗がこぼれ落ち、さやかは思わずゴクリとつばを飲む。ルミナも本能的に危険を感じたのか、さやかの後ろに逃げるように隠れた。


 光ってから数秒後、何も無い空がバチバチッと激しく放電して小型のブラックホールが発生すると、そこから一体のメタルノイドが姿を現した。


「……ブリッツ……!?」


 その姿を目にして、さやかが思わず口にした。

 彼女たちの前に現れたそれは、かつて倒されて死んだはずのブリッツと全く同じ外装をしていたのだ。

 ただ一つ異なっていたのは、ブリッツがミリタリズムを思わせる濃い緑色であったのに対して、目の前にいるそれは晴れた日の夜空のような美しいダークブルーだった事だ。純黒だったブラック・フォックスとも異なった色をしている。


 その者がブリッツと色違いの同型機なのか、それとも死の淵から蘇ったブリッツが装甲を塗り替えたのか、さやか達には判断できなかった。ただどちらにせよ、その姿はさやかにとっては嫌な思い出しかない。


(クッ……)


 腹立たしさのあまり、下唇を噛まずにはいられなかった。

 そんなさやかの思いを知ってか知らずか、現れたメタルノイドは彼女たちの前にどっしりとふんぞり返るように立ちはだかると、すぐに大きな声で喋りだした。


『フフンッ……俺は No.004 コードネーム:ドン・シュバルツッ! かつて貴様らに倒されたブリッツは、俺の弟よっ!』


 そこまで聞いて、弟の仇討ちに来たのかとさやかが咄嗟に身構える。

 だがシュバルツと名乗ったそのメタルノイドは、彼女の反応に釘を刺すように言葉を続ける。


『おっと、今日は仇討ちに来た訳ではないぞ? 我が弟が死んだのは、力が足りなかったがゆえの自業自得ッ! 軍人ならば、戦場で死ぬ覚悟はしなければな……さて、俺が今日ここに来た用事を単刀直入に言おう。そこにいるガキを……大人しく、こちらに引き渡してもらおうかッッ!!』

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