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装甲少女エア・グレイブ  作者: 大月秋野
第三部 「新」
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第105話 新たなる旅立ち(後編)

 友が無事な姿を見て、さやかは嬉しくてたまらない気持ちになる。


「ナオぉぉおおっ! 良かった! ナオが無事で、本当に良かったよぉぉおおおおっ!」


 心の底から感激した言葉を口にすると、その勢いのまま友を抱き締めた。腕にはぎゅうっと力が入り、瞳にはうっすらと涙が浮かんで、今にも泣きそうになっている。

 友が無事でいてくれた……今の彼女には、それだけで十分だった。他に何もいらなかった。一生に一度のお願いが叶った……そんな心境にすらなっていた。


「やめてっ!」


 だがさやかとは対照的に暗い顔をしたナオは、咄嗟に拒絶する言葉を吐きながら友を両手で突き飛ばした。そして合わせる顔が無いと言いたげに目を背けた。とても自分が生き延びた事を喜ぶ少女の取る態度ではない。


「ナオ……?」


 友の予想外の反応に、さやかが思わず首を傾げた。相手の真意が全く読めず、ただポカンと口を開ける事しか出来なかった。友に拒絶された理由が全く思い当たらなかったため、しまいには自分の体が汗臭かったのかとか、昨日食べたポテトチップスのニオイが残っていたのかとか、そんな事まで考えだした。


 しばらく押し黙っていたナオだが、やがて覚悟を決めたように口を開く。


「私、さやかをアイツらに売ろうとしたんだよっ!? 今さらおめおめと顔向けなんて、出来ないよっ! こんな悪人、生きてる価値なんて無いっ! 私なんて、あそこで死んじゃえば良かったんだっ! そうすれば、ミオに会いに行けたのにっ!」


 目をつぶって顔をうつむかせると、溜め込んだ思いを全て吐き出すように早口で自分をののしった。その表情には、かけがえのない友を騙して陥れようとした事への強い苦悩をにじませていた。

 彼女は自分で自分を許せなかった。友を死なせようとした罪を背負ったまま生きていく事に、とても耐えられなかったのだ。いっそこの世から消えてしまいたい気持ちにすらなった。


「ナオの……馬鹿ぁぁああああっ!!」


 その時何の前触れも無く、さやかが大きな声で叫んだ。その怒声は病院の外まで響き渡るほど大きく、建物がかすかに振動で揺れた。空を飛ぶカラスの群れは化け物の雄叫びと勘違いして、慌てて方向転換する。

 突然目の前で大声で叫ばれたので、ナオは思わずビクッとなって、金縛りに掛かったように硬直した。


「私、助けたくても助けられなかった命、たくさん見てきた……ミオの事も助けられなかった……もうこれ以上、誰も死なせたくない……誰も失いたくないっ! ナオが無事だって知った時、心の底から嬉しかった……なのに、死んじゃえばいいなんて、軽々しく言わないでよぉっ! ナオが死んだら私……私……う……うわぁぁぁあああああああんっっ!!」


 次から次へと熱の篭った言葉がさやかの口から飛び出し、溢れる感情を抑え切れず、最後は子供のように泣きだした。


(さやか……)


 ナオが思いつめた表情を浮かべたまま、拳を強く握る。友の言葉が胸に深く突き刺さり、きゅうっと締め付けられる心地がした。

 彼女さやかは自分が生き延びた事を、こんなにも真剣に喜んでくれている……にも関わらず、自分はそれに気付こうともしなかった。騙された事よりも、自分が死ぬ事の方が、友は深く傷付くのだ……そう気付かされた。

 ナオは友の思いを少しも分かろうとしなかった自分のあさはかさを、心底反省した。


「さやか、ごめんっ! ごめんよぉっ! 私、生きる……生きるよっ! さやかがそれを望んでくれるなら……私、さやかのために生きるからっ!」


 謝罪の言葉を口にすると、友を両手で包み込むように抱き締めて、相手につられるように泣きだした。


「ナオぉおおおっ!」


 さやかもまた、友を強く抱き締め返す。そうして二人は互いに抱き合ったまま、わんわんと声に出して泣き続けた。共に心の傷をなぐさめ合おうとするように……。



 ゼル博士、ゆりか、ミサキ、アミカの四人は病室の外にいて、彼女たちの会話を盗み聞きしていた。あえて二人の邪魔はすまいと、部屋の中に入る事はしない。


「さやか……良かったね」


 ゆりかは友の心が癒された事を、穏やかな笑みを浮かべて喜んだ。

 博士は他の三人から少し離れた場所で、携帯電話で誰かと話している。やがて話し終えると電話をポケットにしまい、三人の方へと向かう。


「たった今、平八から連絡が入った……駅の公衆トイレの個室で、黒服の男が死んでいるのが見つかった。自分の頭を銃で撃ち抜いたようだ。任務を失敗した事に対する、ヤツなりのケジメという事なのか……」


 重苦しい表情を浮かべたまま語る。それがサンダースから命令を受けて、さやかを暗殺しようとした男の顛末てんまつであろう事は、容易に想像が付いた。

 博士は男を生きて捕まえられなかった事を心底悔しがった。彼から少しでも情報を聞き出したかったのだ。


「だが、黒服の男はヤツ一人ではない……協力者エージェントはこれから先、バリアの外でも私たちの邪魔をしようとするだろう」


 博士の言葉にミサキが答える。その顔は決して晴れやかではなく、これから先も彼らの脅威にさらされるであろう事を思い、憂鬱そうだった。


「ヤツらが何を企もうと、私たちならへっちゃらですよっ! そうでしょっ!」


 二人とは対照的に、アミカが明るい笑顔で言う。不安を吹き飛ばそうと、元気で前向きだった。暗い気持ちでいたら、幸運が逃げてしまう……そう言いたげだ。


「ああ、そうだな……私たちはどんな事があっても、絶対に負けないッ!」


 少女の言葉に勇気付けられたようにミサキがフッと笑うと、ゆりかと博士も同意するように頷いた。


  ◇    ◇    ◇


 西日本を覆う電磁バリア……その出口に近い幹線道路に、一台のキャンピングカーが停まっている。車の外にはゼル博士、さやか、ゆりか、ミサキ、アミカがいて、彼女たちを見送るように平八、エルミナ、ナオ、博士の助手が並んで立っていた。


「本当に行くのね……」


 ナオが不安そうな顔で言う。友がこれから先の過酷な戦いを生き延びられるか、心配でたまらなかった。出来る事ならいっそ、バリアの中にずっと留まっていて欲しい思いがあった。


「大丈夫っ! 私たち、これからどんな強い敵が現れても、絶対に負けないよっ! なんたって、一度は本気出したバエルだってボコボコにしたんだもの。待っててね、ナオ……必ずヤツから日本を取り戻して、またここに戻ってくるからっ! そしたら、みんなで祝勝パーティでも開きましょっ!」


 親友の不安を吹き飛ばそうとするように、さやかが満面の笑みを浮かべながら、右腕に力こぶを作る。彼女の何とも頼もしい言葉は、去勢ではない心からの自信に満ちていた。


「ママ……私もいきたい」


 エルミナが寂しそうな顔をする。愛する母親の力になりたい気持ちでいっぱいだった。


「ごめんね、ルミナ……本当は私も、貴方に付いてきて欲しい。でも私たちがいなくなった隙に、バロウズが攻めてくるかもしれない。そうなった時に、誰かがここに残ってなきゃいけないの。それにバリアの外はいつ補給が受けられるか分からないから、整備が必要なルミナが行くには向いてないの」


 さやかが理由を説明して、娘に留守番を命じる。そして別れを惜しむようにほほにキスをした。


「博士がエルミナの頭脳コンピュータにサブチップを搭載しました。今後は強制停止しても瞬時に再起動し、さらに直前に受けたコマンドは外部から受け付けないようにプロテクトが掛かります。たとえ強制停止するコマンドが何百通りあっても、彼女を無力化する事は出来ないでしょう」


 博士の助手は、エルミナが改修された事を語る。強制停止はサンダースに突かれた唯一の弱点だっただけに、彼女を戦力として残す事には不安があった。

 その不安が払拭された事により、心置きなく旅立てるようになったのだ。


「平八さん……一つ確かめたい事があるんですけど、良いですか?」


 ゆりかが少し遠慮がちに口を開く。


「何だね? どんな事でも聞きたまえ」


 平八がどっしりと構えながら答える。


「分かりました……ではお聞きします。日本がバロウズに攻撃を受けた事は知ってるんですが、他の国は……世界の状況はどうなってるんですか?」


 彼女がこれまで抱いていた疑問をぶつけた。バロウズが東京に侵攻して以来、バリアの外の状況は一切伝えられて来なかった。それで現在どうなっているか、気になって仕方が無かった。


「ふむ……実は東京襲来から間を置かずして、世界各国の主要な都市にもバロウズは侵攻してきたのだ。ヤツらは一つの国ごとに数体のメタルノイドと、数十体の量産型ロボットを送り込んだ。そのため各国とも自分たちの事で精一杯で、他国に援軍を送れなかったのだ」


 平八があごに手を添えて、神妙な面持ちになりながら世界の状況を語る。


「だが幹部級メタルノイドだけで三十一体もいるのは、日本くらいのものだ……この事からも、いかに連中が日本をゼタニウムを採掘できる土地として重要視し、地球侵略の拠点としている事がうかがい知れる……」


 そして日本に最大戦力が集中する事実を、腹立たしげに口にした。


「だがバロウズは所詮しょせんバエルという支柱によって支えられた組織……その支柱を失えば、統率を失った組織はあっという間に空中分解するだろう」


 内情を知るミサキが、組織のもろさを指摘する。


「だからこそ、私たちがバエルを完全にブチ殺す事が、世界平和の一番の近道っ! そうでしょっ!」


 話をまとめるように、さやかがドヤ顔で言う。これから何をなすべきかハッキリと見えているだけに、表情は晴れやかだった。


「そうだな……ではそろそろ行くとしようか。みんな、車に乗ってくれ」


 ゼル博士は運転席に乗り込むと、少女たちに車に乗るようにうながす。

 さやか達四人は博士の言葉に従って車に乗り込むと、窓を開けて手を振った。


「さやか、私ずっと待ってる……信じてるからっ!」

「みんな! 必ず生きて帰って来てくれよっ!」

「ママーー! がんばってーー!」

「博士、何かあったらすぐに連絡します!」


 ナオ、平八、エルミナ、助手がそれぞれ思い思いの言葉を送る。

 彼らに見送られながら、キャンピングカーはバリアの出口に向かって走り出す。


「ところで博士……この車、大丈夫なんだろうな? 変な所でパンクして止まったりしたら、承知しないぞ」

「何を言うのかね、ミサキ君っ! この車は防弾ガラスに防弾タイヤ、悪路どころか水の上だって走れる、全地形・悪天候対応の最新鋭モデルだっ! たとえブリッツのミサイルが直撃しても、傷一つ付かない無敵の車だぞっ!」


 ミサキと博士が、車の性能について言葉を交わす。さやか、ゆりか、アミカは彼らの会話に楽しそうに耳を傾ける。

 そうして五人を乗せた車は、北海道の旭川あさひかわを目指して旅立っていった。日本に真の平和を取り戻すために……。

装甲少女エア・グレイブ


第三部 「新」 完ッ!

第四部 次回スタートッ!

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