第103話 斯(カ)クシテ部隊ハ全滅セリ
バロウズ十四番目の刺客、サンダース……彼に戦いを挑もうとしたエルミナであったが、強制停止の術を掛けられてしまう。
動かなくなったエルミナを連れて逃げようとするアミカに迫るサンダースの前に、ゆりかが立ちはだかる。相手の剣を受け切れずに深手を負わされたゆりかだったが、彼女が食い止めている間に、アミカは追跡できない距離まで逃げ去っていた。
『フンッ……まぁ良い。せめて今ここにいるお前たちだけでも亡き者とし、戦力ダウンに務めるとしよう。それでこそ、あのお方に対する忠義を果たせるというもの……』
サンダースはエルミナを取り逃がした事を声に出して悔しがったが、ならばいっそゆりかとミサキだけでも片付けてしまおうと思い直し、二人に向かって歩きだした。
「ゆりか……お前はここで休んでいてくれ。ヤツの相手は私一人で十分だ」
一方、ミサキもまた仲間の無事を確認すると、頼もしい言葉を口にしながら立ち上がる。そして強気な笑みを浮かべたまま、敵のいる方角へと振り返った。
敵の力を侮った訳ではない。これまでに見せ付けられた実力の高さから、相手が強敵である事は十二分に理解していた。
だがそれでもミサキは、自分が負けるなどとは少しも考えなかった。それは彼女の中に勝算があったからだ。
「アドミラル・D・サンダース……貴様が強い事は、素直に認めようッ! さすが十三の将を束ねる幹部なだけの事はあるッ! だがエルミナがいなくとも、我々は貴様には負けんッ! 絶対にッ!!」
挑戦的な台詞を吐くと、両手で握った一本の刀を天に向かって掲げて、その姿勢のまま力を溜め込むように数秒間静止する。
「いくら装甲が硬くても……この技は防げんッ! 冥王秘剣、断空牙ッ!!」
技名を口にすると、溜め込んだ力を全て解放するように、一気に刀を振り下ろした。ブォンッと風を斬るような音が鳴り、刀を振った空間に裂け目が発生して、サンダースに向かって一直線に飛んでいく。
彼は何を思い立ったのか、剣を一旦鞘に収めると、裂け目が来るのを待ち構えるように棒立ちになる。避けようとする素振りを全く見せない。
(やった!)
その瞬間、ミサキは勝利を確信した。断空牙は空間の裂け目それ自体を飛び道具として発射する技だ。装甲が硬ければ防げるという代物ではない。今まで避けられた事や発動を阻止された事はあっても、物理的に防がれた事は一度も無かった。
サンダースがそれに当たろうとする光景を目にして、彼が真っ二つとなる事に何の疑問も抱かなかった。
『ヌゥウウウンッッ!!』
だが手が届く距離まで裂け目が迫ってきた瞬間、サンダースが力強く吠えた。そして左右から両手でサンドイッチするようにバァンッと裂け目を挟み込んで、そのまま押し潰した。
空間の端と端をビッタリ合わせて、穴を塞いでしまったのだ。
『力により開いた裂け目なら、力ずくで閉じられる……単純な理屈だろう?』
技を防ぎ切ると、誇らしげに自慢するようにフフンッと鼻息を吹かせる。そして仕切り直すように鞘から剣を抜いて構えた。
「いっ……いくらなんでも、ムチャクチャだっ! あんまりだぁっ!」
想定外の結果に、ミサキが思わずツッコミを入れた。もはやショックを通り越して、呆れる事しか出来なかった。
彼女にとっては全く以て信じがたい光景であり、悪夢を見ているんじゃないかという心境になり、目まいがして卒倒しかけた。
「ゆりちゃんっ! ミサキっ!」
ミサキが深く動揺した時、装甲少女に変身した姿のさやかが駆け付ける。
それとほぼ時を同じくして、エルミナを安全な場所に隠したらしきアミカも五倍速で戻ってきた。
『フンッ……作戦は失敗か。何処までも使えない連中だ。まぁ良い……しょせん戯れに思い付いた作戦だ。たかが女一人増えた程度で、私を殺す事など出来はせんのだからな』
さやかが健在なのを知って、サンダースが深く落胆するように溜息をついた。そして半ば負け惜しみ気味に強がるような台詞を吐いた。
「アンタが、ナオを利用して私を殺させようとした計画の首謀者……ッ!!」
目の前にいる男が、一連の事件を仕組んだ黒幕である事を知って、さやかが怒りをあらわにする。友を巻き込んだ卑劣さに対して憤ったあまり、全身の血が沸騰して、脳の血管が切れそうになっていた。
『馬鹿め……あの女の境遇を哀れんだなら、貴様が大人しく殺されてやれば良かっただろう? 我々は約束を違えたりはしない。お前が殺されてやれば、妹は生き返り、あの女は幸せになれたかもしれんのだ。お前は結局、ただ友が願いを叶えるのを邪魔しただけだ。違うかッ!!』
少女の言葉に、サンダースは敢えて雄弁に反論してみせた。ナオを不幸にしたのは、自分たちではなくお前の方だと責任転嫁する口ぶりだ。
「違うッ!! 私を殺してミオを生き返らせても、ナオは幸せになんてなれないッ! きっと一生私を死なせた罪悪感を抱いて、自分を責め続けて、悩み続けたまま生きていく……それが分かってたから、撃たれそうになった私を庇ってくれたッ! あの子は、そういう優しい子なのッ!」
男の主張を、さやかが真っ向から否定する。友の苦悩を理解したからこそ吐ける、決して綺麗事ではない本音だった。
「アンタ達は、人の弱みに付け込んで計画の道具として利用しようとした……絶対に許せないッ! ここで私がブチのめすッ!!」
邪悪な企みをした相手の卑劣さを強く罵ると、闘争心を剥き出しにするように拳を強く握って構えた。
『フッ……フハハハハハハァッ!! 許せないだとぉっ!? 青二才の小娘が、一人前なツラしてたわけた事を抜かしよるッ! 私を許せないから、一体何だというのだッ! 貴様如きが私を裁くつもりかッ!? 裁けるものなら裁いてみせろッ! 死ぬのは私ではなく、お前たちの方だッ! どのみち今の貴様らに、このサンダースを殺す手段などありはしないのだからなッ!!』
悪魔のような男が心の底から楽しそうに笑いだす。完全に目の前の敵を虫ケラのように扱った、傲慢なる強者の振る舞いだ。
彼はさやかの力を全く恐れていない。それどころか少女の怒りを煽る事を、楽しんですらいた。それで彼女がブチ切れたとしてもお構いなしだ。
「私を怒らせた事、あの世で後悔させてあげるわ……サンダースッ!!」
少女が覚悟を決めると、バックパックの側面にある蓋が開いて、そこから一本の注射器を取り出す。それを一片の躊躇なく自分の首に突き刺した。
「……薬物注入ッ!!」
掛け声と共に、少女の体内に液体が入っていく。やがて注射器の中身が空っぽになると、少女の体がビクンッと一瞬激しく震えて、全身の血管がドクンドクンと強く脈打った。体中の筋肉がムキムキに盛り上がっていき、ボディビルダーのようにたくましくなった。
「最終ギア……解放ッ!!」
全能力強化モードになると、間髪入れずに右肩のギアを解放して力を溜め始める。右腕にパワーをチャージさせたまま、さやかは離れた場所にいるミサキとアミカにパチパチと目配せをした。
仲間の合図に、二人は承諾したようにコクンと頷く。何らかの打ち合わせをしたようだが、サンダースは彼女たちのやり取りに全く気が付いていない。完全にさやかに意識が向いていた。
『三倍モードとやらになった所で、私は殺せんッ!』
自信ありげに叫ぶと、剣を振りかざして、目の前にいる少女に向かって走り出した。
『死ねッ! 後悔しながら地獄に落ちて、奈落の底で永遠に絶望し続けるがいいッ!!』
死を宣告する言葉と共に剣が振り下ろされる。さやかは素早くジャンプして相手の一撃をかわすと、敵の背後に着地して、振り返らずにそのままダッシュした。
(何をするつもりだッ!?)
少女の想定外の行動に、サンダースが困惑した。てっきり回避から攻撃に転じると読んでいただけに、完全に虚を突かれた思いがした。その動揺が一瞬の隙を生み、相手の後を追おうと判断するのが遅れた。
さやかが向かう先にはミサキが立っていた。彼女は刀を天に向かって掲げたまま、全身から白いオーラを蒸気のように発している。
「これが私の力だぁっ! さやか、受け取れぇえええっ! ストーム・ブリンガァァアアアアーーーーーーーーーーッッ!!」
大声で叫びながら仲間に刀を向けると、刃の先端から白く輝く光線のようなものを発射した。
さやかは右手のひらを前面にかざして、それを受け止めて吸収する。
三倍モードになった状態で最終ギアを解放し、それに更にミサキのビームの力が加わった事で、彼女の右腕は今にもはち切れんばかりにドクンドクンと赤く光って脈動していた。
『貴様ら……それを狙っていたのかッ! おのれぇえええッ!!』
サンダースが声に出して激昂する。さやかが限界まで力を溜めたのを見て、さすがにあれを喰らったらヤバイという焦りが募り出す。何としてもそうなる前にケリを付けようと、またも彼女に斬りかかろうとした。
だがさやかは腰を落とし込んで足に力を入れると、刃が届くよりも先に相手の懐に飛び込んだ。
「これがッ! 私の最大威力の一撃だぁぁあああああっっ!! ブーステッド・トライオメガ・キャノンッッ!!」
大声で吠えながら、腹の装甲に全力の拳を叩き付ける。
直後拳が触れた箇所で、赤いエネルギーが破裂したような爆発が起こり、その衝撃でサンダースは後方へと押し出された。
『グゥゥオオオオオオッッ!!』
男が苦しげに膝をついたまま呻き声を漏らす。殴られた箇所は内側に大きく凹んでいて、更にそこから全身に向かって亀裂が走っていた。
だがまだ致命傷には達していないのか、力を振り絞って立ち上がろうとする。
『まだだッ! まだ、この程度では終わらせ……』
「……シャイン・ナックルッ!!」
技の威力に必死に耐えようとしたサンダースだったが、既にファイナルモードになっていたアミカが、ダメ押しに必殺の一撃を叩き込んだ。
万一敵が耐えた時に備えて、さやかが合図を送ったのだ。
『グゥゥヴォォオオオオオオオッッ!!』
さっきよりも一際大きな悲鳴が発せられて、騎士の巨体が豪快に宙を舞う。強い衝撃で地面へと叩き付けられると、派手に何度も大地を転がった。
『グ……ゥ……』
悔しげな声を漏らしながら、男がゆっくり立ち上がろうとする。腹に空いた穴は背中まで貫通しており、広がった亀裂は足の指先まで達していた。
無敵を誇る装甲も、二撃目に耐えられる力までは残っておらず、完全に致命傷に達していた。
『オ、終ワルノカ……私ノ野望ガ……バエル様ガ創造ナサル、暴力ト闘争ニ満チタ暗黒世界……ソレヲ見届ケルトイウ、私ノ夢ガ……ココデ、終ワルノカァァァアアアアアアッッ!!』
既に体の崩壊が始まっているにも関わらず二本の足でしっかりと大地に立つと、自らの命が尽きる事を、心の底から嘆くように声を震わせた。
『オオ……バエル様……コノサンダース、与エラレタ使命ヲ果タセズ、申シ開キノ言葉モ ゴザイマセヌ……斯クナル上ハ我ラ十四人、死シテ尚英霊トナリテ、貴方様ニ オ仕エスル所存デアリマス……西日本侵攻隊、ココニ玉砕セリッ!!』
だがやがて観念したように落ち着くと、主君への忠義を口にしながら、背筋をピンッと伸ばして立ったまま敬礼する。そしてその姿勢のまま爆発して、バラバラに吹き飛んだ。
その最期は、彼なりに敗れた軍人として意地を貫き通したようにも見えた。
「……」
誇りある男の死に様を、さやかは重苦しい表情を浮かべたまま、ただ無言で眺める事しか出来なかった。




