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装甲少女エア・グレイブ  作者: 大月秋野
第三部 「新」
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第100話 選ぶのは、キミだ。

 亡き友ミオの墓参りをしていたさやかだが、霊園から走り去る少女らしき人影を目撃する。

 さやかは人影の正体が、ミオの双子の姉妹ナオではないかと直感した。


「ナオっ! 待って!」


 名を呼びながら、慌てて後を追う。もし人違いだったらどうしようとか、今は考えない事にした。

 人影は街中へと逃げ込み、たくみに方向転換して追跡を振り切ろうとしたが、さやかは動物的カンにより、かれる事なく執拗に追い続ける。まるで獲物を追い回すゴリラ……もといチーターのように。


 追いかけっこはしばらく続いたが、それにも終わりが訪れる。

 人影の足は非常に早かったが、身体能力に特化したさやかを振り切れるはずもなく、どんどん距離が縮まる。

 やがて人影は路地裏の行き止まりへと追いやられる。


「ハァ……ハァ……」


 人影も、それを追ったさやかも、辛そうに体をかがめながら息を切らす。これまで全力疾走した疲労がドッと襲いかかり、体中汗まみれになり、ひざがガクガク震えて力が入らなくなる。

 人影は慌てて周囲を見回したが、通れる隙間も、よじ登れそうな箇所も、全く見当たらない。もはや天敵に追い詰められたネズミと化した。


「ナオ……生島いくしまナオでしょ?」


 逃げ場をくした少女に向かって、さやかが話しかける。別人かもしれない可能性は完全に捨てていた。


「……さやか」


 少女がゆっくりと振り返る。そしておびえるように震えながら、恐る恐る顔を上げた。


 人影の正体は、さやかが予想した通りナオだった。七年経ったため体は大きく成長したが、それでも面識のある者なら一目でそうと分かる面影おもかげがあった。

 彼女はバツが悪そうに肩を縮こませて、さやかと目線を合わせようとしない。この場に辛そうにそわそわしている。昔の友達に会いたくなかったと言いたげだ。


「あの……」


 重い口を開きかけた瞬間……。


「ナオぉぉおおおおーーーーーーーーっっ!!」


 さやかが大声で叫びながら彼女に抱き着いた。


「ナオ……会いたかった! 私、ずっとナオの事が心配だったんだよっ! 今何処で何してるかなとか、元気にやってるかなとか、そういう事ばかり考えてた……だから今日は会えて、とっても嬉しいっ!」


 これまで溜まった鬱憤うっぷんを全てぶちまけるように早口でまくし立てると、もう離さないと言わんばかりに両腕で強く抱き締めて、互いの体を密着させる。長年の夢が叶った感動のあまり、すっかりはしゃいでいた。


「ううっ! 苦しいっ! 苦しいよ、さやかっ! 離してっ! さもないと私、ここで死んじゃうっ!」


 ナオが顔を真っ青にしながら、手足をバタつかせて暴れる。物凄い腕力で締め付けられて、危うく背骨が折れかけた。


「ああっ……私ったら。ゴメンね、ナオ……あまりに嬉しかったから、つい」


 さやかは慌てて腕を離すと、非礼を詫びるようにテヘペロしながら自分の頭をコツンした。

 そんな友人の行動がおかしくて、ナオが思わずフフッと笑う。友達から逃げようとした事はなかば諦めた様子だった。


「ナオ、立ち話もなんだから公園で話そう」


 さやかはそう口にすると、彼女の手を強く引っ張る。ナオも観念したように大人しく付いていく。少女は浮かない顔をしていたが、さやかは別段気にもめなかった。


  ◇    ◇    ◇


 さやかは昔姉妹とよく一緒に遊んだ公園へとナオを連れていく。

 休校とはいえ平日の昼間だからか人影はまばらで、子供たちが楽しそうに遊ぶ声も遠くからかすかに聞こえる。ただ暖かい陽気に包まれた草むらは美しいタンポポが咲き乱れて、春の到来を感じさせる景色だった。


のど渇いたでしょ? 私、ちょっと飲み物買ってくるね」


 さやかは友人を公園のベンチに座らせると、自分はジュースの自動販売機を探して駆け出す。


「……」


 ナオは無言でベンチに座りながら、昨日の出来事を回想する。


  ◇    ◇    ◇


 ビルの地下室のような場所……デスクライトがわずかに照らすだけの暗い部屋の中で、ナオがソファーに座りながら、一人の男とテーブル越しに向き合っていた。

 男はサングラスを掛けて黒のトレンチコートを羽織ったマフィアのような服装をしている。


「ナノマシンで強化された皮膚を貫通し、さやかを確実に殺す弾丸……十日かけて、やっとこれ一つだけ出来上がった」


 バロウズの協力者エージェントであろうと思われる男はそう口にすると、服のポケットから小さな金属の塊を取り出す。先端が営利にとんがったそれは、片手拳銃に込めて発射するタイプの弾丸らしかった。


「貴様は計画を悟られぬよう、何食わぬ顔で楽しそうに会話していれば良い。すきを見て、俺がさやかの頭を銃で撃ち抜く。命中すれば、あの女は確実に死ぬ。それで作戦は終了だ」


 計画の全容について説明する。そして銃に弾丸を込めると、コートの裏側のポケットに大事そうにしまった。


「……」


 男の言葉を聞かされて、ナオは無言のまま顔をうつむかせた。

 友情を利用した暗殺計画に加担しようとしている、その事実から目を背けようとするようにまぶたを閉じて、おびえた猫のように両肩を震わせていた。


 そんな少女の態度など、男は歯牙しがにも掛けない。


「見事作戦が成功すれば、貴様の妹は必ず生き返らせる。バロウズは、交わした約束は決して裏切らない……それはこれまでにも数多くの人間が取引に応じて、協力者に加わった事実が証明している」


 作戦の報酬について語る。このバロウズという悪の組織は、肉親の死に悲しむいたいけな少女に、卑劣な誘いを持ちかけていた。それは人の心をもてあそんだ、まさに悪魔の計画と呼ぶに他ならなかった。


「私は……」


 ナオの表情は暗い。決して計画の加担に前向きではない事がうかがい知れる。

 少女にとって、持ちかけられた取引は確かに魅力的だった。こうして計画について話されたのも、一度は誘いに乗る事を承諾したからだ。


 最愛の妹を失った時、少女は身を引き裂かれた思いがした。その悲しみは七年経っても決して癒える事が無かった。妹を死に追いやった原因が自分にあると考えていたから、尚更なおさらだ。

 妹を生き返らせると言われた時、時間を巻き戻せる気がした。あの頃に戻って、一からやり直せるんじゃないかと思った。失った物を、全て取り戻せる気がしたのだ。


 だがそのために、昔の友を犠牲にして良いのか? 本当にそれで、自分は何の悔いも残さずにいられるのか? 何より、誰かを犠牲にして生き返る事を、妹が望んでいるのか?

 私はもしかして、取り返しの付かない事をしようとしているんじゃないか……そんな葛藤が、少女の胸の内に湧き上がった。


「良いか? チャンスは一度きりだ……もし失敗すれば、妹を生き返らせる機会は二度と訪れない……永久にな」


 首を縦に振らないナオを警戒するように男が立ち上がる。すぐ隣に座ると、ニヤリと邪悪な笑みを浮かべながら、彼女の耳元に口を近付けた。


「妹か、友達か……選ぶのはキミだ」

「……ッ!!」


 男の言葉は、少女の胸に剣となって深く突き刺さった。

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