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装甲少女エア・グレイブ  作者: 大月秋野
第三部 「新」
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第99話 悲しみの記憶(後編)

 悲しい夢を見た翌朝……さやかは研究所の食堂で、ゆりか、ミサキと三人で朝食をっていた。

 朝食のメニューはふりかけを乗せたご飯と豆腐の味噌汁、焼いたソーセージと目玉焼き、ポテトサラダという、ごく普通のものだ。

 三人は楽しそうに会話するでもなく、味わうようにゆっくり食べる。


「アミカとエルミナの姿が見えないが、どうかしたのか?」


 二人がこの場にいない事に疑問を抱いて、ミサキがゆりかに問いかけた。


「アミカなら、エルミナにご飯あげに行ったわ。エルミナったら、すっかり猫の習性が身に付いて、ご飯の食べ方を忘れちゃったみたい。それでアミカが教えてあげてるの。しかもちょっと目を離したすきに、砂の上で用を足そうとするの。おかげで昨日は大変だったんだから」


 ゆりかが軽くため息をつきながら、困り顔になる。

 子育てに苦労する母親のような愚痴を聞かされて、ミサキは思わず苦笑いした。


「……」


 そんな二人の会話に混ざる事なく、さやかは一人ただ黙々と食べ続ける。

 表情は暗く、死んだ魚のような目をして、ボーッとしている。仲間の会話どころか、料理の味すら頭に入っていないように見える。


「さやか、どうかしたの?」


 彼女の事が心配になり、ゆりかが顔を覗き込んで問いかけた。いつもと様子が違う親友に、何か悩み事を抱え込んだのではないかと疑念を抱いた。マインド・フレイアに心の隙を突かれて洗脳された一件があるだけに、尚更なおさらだ。


 ゆりかに話しかけられても、さやかは反応しない。決して無視した訳ではなく、やはり仲間の言葉が耳に入っていないのだ。


「さやかっ! そっちがその気なら、こっちにだって考えがあるぞっ! くらえっ!」


 ミサキはさやかの背後に回り込むと、どんな手を使ってでも喋らせてやると言わんばかりに、彼女の両ほほを左右から手でつかんで、力任せに引っ張りだした。


「ほはっ! はひふんほほっ!」


 ほっぺたがもちのようにビローンと伸びる。さしものさやかも、これには怒りだして、慌ててミサキの手を振りほどく。


「コラーーッ! 何すんのよーーっ!」


 すぐに椅子から立ち上がると、顔を真っ赤にして仲間のしでかした事を叱り付ける。といっても本気で怒っている風ではなく、相手のイタズラに軽く怒る感じだった。


「それはこっちのセリフだ! さやかっ! 悩み事があるなら、一人で抱え込まないで、何でも相談してくれって言っただろうっ!」


 ミサキも負けじと声を張り上げる。仲間の頬を引っ張った事を悪びれる様子は全く無い。むしろ反応を引き出せた事を誇るようにふんぞり返って、開き直っていた。


「……ッ!!」


 図星を突かれて、さやかは一瞬言葉に詰まった。

 一人で思い悩んで仲間に心配を掛けた事は、自分でも分かっていた。もし逆の立場なら、ミサキと同じ行動を自分が取っていただろう……そう思えただけに、全く反論出来なかった。


 さやかは事情を話すべきかどうか迷った。正直な所、言わずに済むなら、その方が良かった。他人に知られて気持ちの良い話では無かったからだ。

 出来る事なら、ずっと自分の胸の内に締まっておきたかった。彼女もこの時ばかりは、ゼル博士が過去を話したがらない心境を理解できた気がした。


「実は……」


 しばらく押し黙っていたさやかだが、このままやり過ごせるはずもないと観念したのか、伏し目がちになりながら重い口を開く。そして夢の中で回想した出来事を、包み隠さずに話した。


「私……ずっとナオのそばにいて、支えてあげたかった。そうする事で、少しでも悲しみを癒してあげたかったの。でもあれから一週間と経たないうちにナオの家族は引越しちゃって、それから音沙汰無し……今何処で何をしているかも分からない」


 語り終えると、うつむかせたまま表情を暗くする。友達に何もしてあげられなかった無力感にさいなまれて、深く落ち込んでいた。


「……」


 悲壮な過去を明かされて、ゆりかとミサキは掛ける言葉が見つからなかった。励ましてあげたいのはやまやまだが、上辺うわべだけの気休めにしかならない言葉を掛けても、何の解決にもならない事は分かっていた。


「さやか……その……何て言ったら良いか、分からないが……」


 それでもミサキは、困り顔になりながらも必死に言葉を探そうとする。たとえ何も出来なくとも、少しでも心の支えになりたいという思いが先走り、ても立ってもいられなくなる。


「ミサキちゃん、ありがとう……気持ちは十分伝わったよ」


 さやかがフッとはかなげに笑う。友達に余計な苦労をさせまいとする笑みは何処かうれいを帯びており、今にも消え入りそうで、かえってミサキ達の胸を締め付けた。


「あれ以来、毎年命日になると、あの日の事を夢に見ちゃうの……今日がその命日。私にとって一生忘れられない、悲しい思い出。私、これからちょっと出かけてくるね。お花屋さんに行って花を買って、ミオの墓参りに行くの。毎年やってる事だから……」


 そう口にすると、すぐに椅子から立ち上がって、部屋から出ていこうとする。朝食は三分の一ほど残していた。


「さやかっ! 私も……」


 私も一緒に行く……そう言いかけて、ミサキは慌てて言葉を呑み込んだ。

 問題に深く踏みった所で、果たして自分たちに何が出来るだろうか……そんな疑念が湧き上がり、少女の足を踏みとどまらせた。去りゆく仲間の背中を、ただ見送る事しか出来なかった。


 無力感にさいなまれたのはゆりかも同様であり、椅子に座ったまま悔しげに下唇を噛んだ。


  ◇    ◇    ◇


 さやかは花を購入すると、まっすぐに霊園へと向かう。

 昼間の霊園はひっそり静まり返っており、彼女の他に人の気配は無い。ただカサカサと木の葉を揺らす風の音が鳴るだけだ。

 何処か寂しさの漂う墓地を、さやかは一人ただ歩く。やがてミオの遺骨が眠る墓の前に立つと、花を備えて、線香を燃やして死者の霊をとむらった。


(ミオ……今年も会いに来たよ。私は今もこうして元気にしてる。きっとミオが、私を守ってくれたんだね……ありがとう。ミオの事は絶対忘れない……私が死ぬまで毎年、必ずお参りに来る……だから、どうか安らかに眠っていて)


 目をつぶって両手を合わせると、亡き友に心の中で感謝を述べる。そして魂が安らかな眠りにくように強く願った。


(ナオにはまだ会えてないの……今、何処で何してるかも分からない。私、ナオに会いたい……会って話がしたい。ミオ……どうか私たちを引き合わせて……)


 七年前に生き別れた友人と再会できるように願った。


 そうしてさやかが墓に向かって願いを込めていると、何処からか枯れた木の枝を踏む音がパキッと鳴った。反射的に音の鳴った方へと振り返ると、人影が慌てて走り去る姿が目に映る。一瞬だけチラッと見えた服装や髪型は少女のようだった。


「待って!」


 さやかはすぐにその者の後を追った。確証は無いが、逃げた少女が誰なのかという予感が、胸の内にあったのだ。


「……ナオっ!」

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