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装甲少女エア・グレイブ  作者: 大月秋野
第一部 「序」
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第1話 そして少女は、英雄となる。

 ……それはある一人の少女の記憶。

 焼け野原と化した廃墟で、幼い少女が必死に叫ぶ。


「パパっ! ママっ! しっかりして!」


 少女は瓦礫に挟まれて動けない父と母を助けようとしていた。

 母親はもう息をしていない。父親も体の半分を瓦礫に挟まれて、到底助かる見込みは無さそうだった。

 しかも瓦礫の向こうから巨大な人型ロボットが迫ってきている。


 そのロボットの群れは2079年、突如東京に襲来してきた。彼らは全高6mで、戦車を二足歩行にしたような外見をしている。

 のちにある一人の科学者が彼らを『メタルノイド』と呼んだ。


 彼らの襲撃により、少女の家は無惨に破壊されていた。


「さやか……父さんはもうだめだっ! お前だけでも逃げろ!」

「いやぁっ! 絶対パパとママを助けるのっ! 今度の休みの日に……パパとママと三人で、遊園地に行くって……約束したのにっ!」


 少女は涙目になりながら必死に両親を助け出そうとするが、その細腕ではどうする事も出来なかった。

 それでも少女が諦めずにいると、背後から一人の男がやってきて彼女を強引に連れ出そうとする。


「こんな所にいたら、ヤツらに殺されるぞっ! さぁ来るんだっ!」

「いやぁーーーっ!」


 ジタバタと暴れる少女を、男が力ずくで連れていく。

 その光景を見て、娘の無事を確信した父親が安堵の表情を浮かべた。


「すまない、さやか……約束を守れなくて……」


 そう言い終わるか否かの瞬間、メタルノイドの巨大な脚が少女の両親を容赦なく踏み潰した。グシャァッと鈍い音が鳴り響き、鉄塊の下敷きになった肉が血と共に飛び散る。

 ……まるで潰れたトマトのように。


「い……いやぁぁぁああああーーーーーーっ!!」


 目の前で両親を無惨に殺されて、少女がショックのあまり大声で泣き叫んだ。

 幸せな日常も、住み慣れた家も、大切な家族も……それら全てを一度に失って、どれだけ深い絶望を味わった事か。

 その泣き叫ぶ声は、廃墟と化した東京全土に届かんばかりの大きさで響き渡る。

 そして彼女は気が動転するあまり、目の前が真っ暗になっていた……。




「うわぁぁあああっっ!!」


 その時、少女は慌ててベッドから飛び起きた。


「ハァ……ハァ……夢かぁ……」


 悪夢を見て目を覚ました少女、赤城さやかは頭を抱えながら気だるそうにつぶやいた。

 あの惨劇から十年……それは彼女が15歳になった日の朝の出来事だった。


  ◇    ◇    ◇


 東京が陥落した日、惨劇を生き延びた者達は西日本へと一斉に避難し、京都には暫定政府が置かれる事となった。

 政府に協力する、ある一人の科学者が電磁バリアを開発……そのバリアを西日本の外周に設置した事により、メタルノイドの侵略は阻止され、それから十年は何事もない平和な日々が続いた。


 そう、あの日までは……。


  ◇    ◇    ◇


 ……チュンチュンとすずめの鳴き声が聞こえる春の日和。

 すっかり暖かな陽気となり、遊歩道に植えられた桜が満開になっている。

 草むらでは数匹の野良猫が、幸せそうに日向ぼっこしている。


 バリアの外はメタルノイドに占領されて今も足を踏み入れる事が出来ない危険な土地だが、バリアの中はその事を忘れてしまえるくらいには穏やかな日常の空気が広がっていた。

 四月ももうすぐ終わり、ゴールデンウィークが間近に控えている。


 その日、さやかはクラスメートの青木ゆりかと学校の帰りを一緒に歩きながら、たわいもない会話をしていた。


「ねえ、今日そこのスーパーでヒーローショーがあるんだけど、ちょっと見にいかない?」


 ゆりかがそう誘いの言葉を掛ける。

 悪い夢を見たせいで、その日さやかはずっと元気がない。すっかり意気消沈してしまっている。

 ゆりかはその事を気にかけていた。ショーに誘ったのも、少しでも彼女に元気になってもらおうとの気遣いだった。


 だがヒーローという言葉を聞いて、さやかは内心穏やかではなかった。


「ヒーロー……」


 そう復唱して、にわかに表情を曇らせる。

 さやかは5歳の時、特撮ヒーローの存在を信じていた。ピンチになったら彼らは絶対に助けに来てくれると思っていた。


 だが現実はそうはならなかった。

 彼女の両親がメタルノイドに踏み潰されても、彼らは助けになど来てはくれなかったのだ。今の彼女にとって、ヒーローの存在を信じていた過去は苦い記憶でしかない。


「ヒーローなんて……いない」


 無意識のうちにさやかはそう口にしていた。

 そんな彼女を見て、ゆりかはますます心配な気持ちになる。


「さやか、ごめん……私なんかいけない事言っちゃったかな」


 そう言って申し訳なさそうな顔をして謝る。

 彼女をかえって暗くさせた事で、何か余計な事をしてしまったと後悔していた。

 友達が目の前で謝っている事に気が付いて、さやかはハッと我に返る。


「ああ、私の方こそごめん! ゆりちゃんは何も悪い事してないよ! 悪いのは私の方だから、気にしないで! アハハハ……今日の私、ちょっと変だよね。ゆりちゃんゴメン、私今日は先に帰って休んでるね。大丈夫、明日はたぶんいつもの元気な私に戻ってるから。それと今回は行けないけど、ショーに誘ってくれて本当に嬉しかった。それじゃ、またね! バイバイ!」


 バツが悪そうに苦笑いしながら早口でまくしたてると、手を振りながら急いでその場から立ち去る。


「さやか……」


 遠ざかっていく彼女の後ろ姿を、ゆりかはさびしそうな表情で見送る事しか出来なかった。


  ◇    ◇    ◇


「はぁー……」


 日も沈みかかった頃、さやかは公園のベンチに座って溜息ためいきをついていた。公園の時計の針は4時を指している。


「私ってダメな女……友達に余計な心配ばっかり掛けて……」


 何もない空をボーッと眺めながら、そんな事を呟く。

 今日は彼女にとって嫌な出来事を思い出させる日だったが、それ以上にゆりかに気苦労をかけた事に深く落ち込んでいた。

 例えどんなに辛い事があっても、友達に気遣いさせる事は本意ではなかった。


「明日はいつもの元気な私に戻らないと……」


 顔をうつむかせたままそう呟いていると、足元にゴムボールが転がってくる。


「おねえちゃーーん! それこっちになげてーーー!」


 声がした方に目をやると、仲の良さそうな父と娘が広場でボール遊びをしていた。

 その親子を一目見て、さやかが驚きの言葉を口にする。


「あっ……」


 その父と娘は……十年前の自分と父親によく似ていた。娘の手にはヒーローのソフビ人形が握られている。

 昔の自分達によく似た親子が楽しそうに遊ぶ光景を見て、さやかは少しだけ心を救われた気がした。


「うん……行くよっ!」


 笑顔を取り戻した彼女が、ゴムボールを手に取り投げ返そうとしたその刹那――――。




 一瞬、空が光った。

 何もない空間がグニャリと歪み、小型のブラックホールが発生したかと思うと、そこから巨大な鉄の塊が姿を現した。


「メタル……ノイド……」


 さやかの表情が一瞬にして凍りつく。

 ……そう、それは十年前の惨劇を引き起こした悪魔の兵器『メタルノイド』……その内の一体だった。

 その個体は濃い緑色をしていて、重武装タイプらしくどっしりした体型をしている。


「いや……ぁ……」


 さやかの脳裏に忌まわしい記憶がフラッシュバックされ、足腰の震えが止まらなくなる。心臓はドクドクと激しく脈打ち、頭痛と目まいに襲われて今にも吐きそうになる。目には涙が浮かんでいる。


 彼女だけではない。その時公園にいた全ての人間が現れるはずのない悪魔の出現に戦慄し、恐怖し、絶望した。ある者は悲鳴を上げ、またある者は腰を抜かして立てなくなり、既に逃げ始めている者もいる。


 ……メタルノイドはそんな人々の反応を観察しながら、手の指先で顔をボリボリとくような仕草をしていたが、やがてマイクのスイッチをONにしたような音と共に喋りだす。


『やぁ君達……十年ぶりだねぇ。こうして君達と再会できて、私も非常に嬉しいよ。君達も嬉しいだろ? フフフ……あの老いぼれが作ったバリアが我々の再会を邪魔していたが、それも今日でおしまいだ。おめでとう。今から、この感動の再会を祝うパーティを開こうじゃないか……貴様らの真っ赤な血で染まった、惨劇のパーティをなぁっ!』


 そう言い終わるや否や、胸と肩の装甲が開いて、そこから無数の小型ミサイルが一度に発射されるっ!

 ビル、道路、車、公園の木、逃げ惑う人々……ミサイルは彼の前にある物を片っ端から破壊していく。文字通りの無差別爆撃だ。目標を定めているようには到底見えない。


『フハハハハッ! さぁ逃げろ逃げろぉっ! 泣き叫んで逃げ惑えっ! 殺戮の宴の始まりだぁっ! 一分一秒でも生き延びたければ、せいぜいあがいて見せろ虫ケラどもぉっ! ヒャーーーッハッハッハッハァッ!!』


 ……まさに悪魔の所業。

 この血も涙も通っていない冷酷な殺人機械は人々を蹂躙し、破壊し、虐殺する事を……ただそれだけを純粋に娯楽として楽しんでいた。

 そんなメタルノイドの凶行を前にして、さやかは恐怖のあまりへたり込んでいた。


「に……逃げなくちゃ……ここから……」


 そう口にしながらも足腰が震えて立てずにいたが、やがてどうにか力を振り絞って立ち上がると、メタルノイドが向いているのとは反対の方角に向かってゆっくりと走り出す。彼女はとにかく生き延びる事に必死だった。


  ◇    ◇    ◇


「ハァ……ハァ……」


 足の震えも止まり、さやかはただがむしゃらに走る。何処どこまで逃げれば安全、という根拠など全くない。それでも今は逃げる事だけ考えようとした。



 ――――あの親子は無事だろうか。



 ……ふとそんな考えが頭をよぎる。

 無事であって欲しい……そう願いながら走る彼女の前に、巨大な瓦礫の山が立ち塞がる。その瓦礫の下に、押し潰されて死んでいる二つの人影があった。


「ああっ……」


 彼らの姿を目にして、さやかの口から悲しみの言葉が漏れる。

 それは彼女が公園で出会った、あの父と娘だった。

 ミサイルがビルに直撃し、落下してきた破片から娘をかばおうとして親子ともども下敷きになったのだ。

 娘の手に握られていたはずのヒーローのソフビ人形は、返り血に染まりながら地面に転がってバラバラに砕けている。


 ……その光景を目にして、さやかはガックリと膝をつく。目からは大粒の涙が溢れ出し、胸の内に深い悲しみが湧き上がる。


「やっぱり……ヒーローなんて……ヒーローなんて、いないじゃないっ! うわぁああああああああーーーーっ!」


 それまで溜め込んでいた物が爆発したように叫ぶと、その場にうずくまって泣き出した。そうして絶望の涙を流しながら、彼女は自分の無力さに打ちひしがれる。


「グスッ……私に力があったら……私がヒーローになれたら……アイツら全員やっつけるのに……」


 さやかは自分の弱さを呪った。

 理不尽な暴力に対してただ奪われ、逃げ惑い、泣き叫ぶ事しかできない自分が許せなかったのだ。



 私に力が無いから、他人にどうにかしてもらおうと期待する。

 でも昔も今も、助けてくれるヒーローなんていなかった。

 だからこんな悲しい思いをするんだ。

 私に力があれば、こんな思いをしなくて済んだのに……。



 ……そんな考えが頭をよぎる。

 彼女の中で、力への渇望は次第に高まってゆく。


「力が……力が欲しい……どんな強い敵にも絶対負けない力を……アイツらを全員倒せる、無敵の力を……」



 ――――全てを破壊する、力をっ!



 彼女が心の中でそう願った、その時だった。

 物凄い速さで何処からか飛んできた謎の物体が、突然さやかの腕に巻き付いたのだ。

 彼女の腕に巻き付いた物体……それは、赤い色をしたブレスレットだった。


 ブレスレットが装着されると、少女の体はドクンッと一瞬強く鼓動する。

 そして視界が真っ白になる。


「……汝、復讐のために力を欲するか」


 頭に直接声が響く。声の正体は分からない。


「ならば、叫ぶがいい。…………と」


 ……その言葉と共に、現実世界に意識が引き戻される。

 彼女が自分の右腕に目をやると、そこにはブレスレットがあった。


「これが……力」


 さやかはブレスレットを眺めながらそう呟くと、頭に流れたイメージ通りに変身の構えをして、声に言われた言葉を復唱する。

 そして、脳内で再生される謎の声と彼女の声とが重なり合う。



 ――――ならば、叫ぶがいい。



「「覚醒トランスッ! アームド・ギア、ウェイクアップ!!」」


 その言葉を叫んだ途端、彼女の全身が赤い光に包まれるっ!


「うああああぁぁぁーーーーーっっ!!」


 直後、まるで高圧電流に触れたような激痛に襲われ、たまらずに悲鳴を上げる。

 電気椅子に座らされて処刑されると、こんな感じになるのか……体中を駆け巡る痛みのあまり、彼女は一瞬そんな事を考えてしまっていた。


 ……やがて彼女を包んでいた光が消えてなくなった時、その服装は全く違うものへと変わっていた。


 胴体にはレオタードのような、腕と足にはタイツのようなピッチリと密着した肌着を着ていたが、腕と足、そして肩から背中にかけて機械でできた金属の赤い装甲を身にまとっており、頭には金色に光るアンテナのような髪飾りが付いている。

 背中にはバーニア付きのバックパックを装備している。

 その姿はアニメや漫画に出てくる変身ヒロインのようであった。


「……」


 本来、この状況にもっとも驚くべきはずのさやか本人は平然としている。

 それもそのはず、彼女が何に変身したのか、これから何をすべきなのか、どうやって戦えば良いのか、など必要な情報はブレスレットを通じて脳にインプットされていた。

 いま彼女の中にあるのは求めていた力を得られた事への喜び、その一点のみ。迷いなど無い。


 さやかは先程自分が逃げてきた方角に向き直ると、メタルノイドのいる場所へと一直線に走り出すっ!


  ◇    ◇    ◇


 ……その頃、メタルノイドは現場に駆けつけた自衛隊と交戦していた。

 数人の隊員が彼に向かって一斉射撃を行うものの、その装甲には全く傷が付かない。それはさながら巨大な鉄の壁に向かって撃ち続けるようなものであった。


「チクショウッ! さっきから弾は当たってるのに全然ひるみやがらねえっ! こいつバケモノかよっ!」


 隊員の一人が腹立たしげに弱音を吐く。

 メタルノイドの装甲は彼らの武器など物ともせず、避ける素振りすら見せずに前進していく。その態度にはある種の余裕すら感じられた。


『クククッ……無駄なあがきをっ! 核の直撃にも耐える無敵の装甲を、貴様ら如きの貧弱な装備で傷付けられると本気で思ったのか? 馬鹿めっ! 貴様らの攻撃など、象の足にアリがたかるような物だっ! 滑稽こっけいすぎて笑えてくるわっ!』


 メタルノイドは勝ち誇ったように言うと、その場から逃げずに撃ち続ける一人の隊員の前に立った。

 自分よりはるかに大きな鉄の塊にギロリと睨まれ、隊員は恐怖ですくみ上がる。まるで蛇に睨まれた蛙のように……。


「あ……悪魔……」


 体をガタガタと震わせながら、思わずそう口にする。

 そんな隊員に向かってゆっくりと手を伸ばしながら、メタルノイドが冷たく言い放つ。


『……死ね』

「う……うわぁああっ!」


 隊員が恐怖のあまり悲鳴を上げる。眼前に巨大な手が迫り、もはや死を覚悟して目をつぶる事しか出来なかった。

 メタルノイドが、怯える隊員の頭を握り潰そうとしたその時――――。




「……っ!?」


 隊員が目を開けると、彼の前に一人の少女が立っていた。

 アニメや漫画に出てくる変身ヒロインのような姿をしたその少女は、ショベルカーのように巨大な腕を片手だけで止めている。

 メタルノイドがギリギリと力を入れても、彼女は微動だにしない。

 その光景は、隊員にとっても、メタルノイドにとっても信じられないものだった。


『貴様……何者だ』


 巨大な鉄の塊がいぶかしげに少女に問いかける。

 彼女はその姿勢のままメタルノイドをにらみ付けると、ついに口を開いた。


「……装甲少女アームド・ガールっ! その赤き力の戦士、エア・グレイブっ!!」



 ――――そして少女は、英雄ヒーローとなる。

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