その9 おねだり妹
「ふぁぁ~、いつも朝は眠い」
今日創立記念日による振り替え休み。いわゆる休日である。
普通の土曜日日曜日休みにはない、周りが働いている中の休みというのは実に心地がいい。
母さんも仕事が休みで、近所のママ友と出かけている。
夕方に帰ってきて、ご飯も既に下ごしらえを済ませてあるから、作ってくれるとのことであり、お昼は冷凍食品が少しあるから、そちらを食べてもいいし、外食してもいいとのこと。
こういう休みは、のんびりと家で過ごすに限る。パジャマも着替えずに、引きこもるのだ。
たまにはこういう日があってもいいだろう。
「兄さん、今日は暇か?」
俺がリビングのソファーでに座ってゆったりしていると、水鳥が様子を伺うかのように、話しかけてきた。
「ああ、今日は何もしない。どうしたんだ急に」
「暇なら、付き合ってくれないか。外に用事がある」
「何だ突然?」
水鳥から話しかけられること自体、そこまで多くないのに、出かけるのに誘われるなど更にレアケースだ。
「お前、この前祭りのとき、一緒に歩いていたら、カップルみたいに思われるから嫌だって言ってなかったか?」
「あ、あれは、周りにカップルが多く居て、しかも私が浴衣だっただろう。それに、手をつなごうとするし、挙句におんぶされて……、あの時とは状況が違う。普通の格好で普通に歩いて、私が兄さんって呼んでれば兄妹にしか見られないだろう」
「まぁ……、そうか」
彼女のいたことのない俺には真偽を確かめる術はない。とはいっても、確かに周りの環境というのはある。祭りとか、そういうイベントだとそう見られやすいこともあるっちゃあるか。
「どうしようかな……、今日は外に出ないつもりだったんだが」
せっかくの水鳥の誘いを断るのは悪いが、今日は何もしないつもりだったから、ちょっと即答できなかった。
「お願い~、お兄ちゃん~」
「やめろ気持ち悪い」
俺が悩んでいると、水鳥がいつもより数段高い甘い声で甘えてきた。
「気持ち悪いとは何だ。せっかく私が恥をしのんで、シスコンの兄さんのために、理想の妹を演じたのに」
「演じてる時点で駄目だろ。それにキャラにあってない」
「じゃあ、言い直す。つべこべ言わずに、妹の頼みを聞け、兄さん」
「分かった分かった。準備するから少し待ってろ」
「こんな命令形の言葉で、了承するなんて……、とんだMだ」
「聞こえてるからな! 俺はМじゃない!」
まぁいい、別にやることがあったわけじゃない。暇つぶしにはなるだろう。
「で、何をしにいくんだ?」
「ついてこれば分かる」
1時間後……。
「だらしない……、男ならもっと早く歩けないのか……」
「あのな、俺の抱えてる荷物の量を考えろ」
つき合わされたのは買い物。俺の両手は水鳥の買った服などで、完全にふさがっている。
「母さんが車を使えないから、父さんがいるときくらいしか、たくさん買い物できなかったんだが、こういうときに働いてくれる召使いがいると、買い物もスムーズになる、さすが兄さん」
「俺がいつ召使いになった!」
「父さんは、文句も言わず、母さんの買い物を手伝ってるぞ」
「水鳥の父さん……、たまに帰ってくるのだけなのに、そんなに家族サービスをしてるのか……」
単身赴任でたまにしか会わないが、あの人のよさそうなお父さんを、改めて尊敬した。
「まだまだいくところはあるから、きりきり働いてくれ」
「くそー、これはタダじゃ割りに会わないぞ」
「何を言ってる。妹の笑顔が、兄にとっての最大の褒美だろう」
「何を言ってんだ」
うーむ、最近水鳥に甘すぎたか?
仲良くなろうと思って、うざがられても気にかけてたが、もしかしてそれを逆手にとって、逆に構わせる作戦に切り替えてきたのか?
前よりは仲良く見えるが、その実はどうなのか。俺にも分からん。
ただ、割りに合うかどうかは別として、今の水鳥はちょっと楽しそうではある。それだけで、なんとなく手伝ってもいいかなと思ってしまうのは、俺も安い男だと思ってしまった。
可愛い女の子の笑顔って、汚いよな~。仮にそれが妹でも。
「さてと、買い物はこれで終わりだ」
「よ、ようやくか」
なんとかギリギリ持てる量でなんとか、水鳥の買い物は終わった。
「いい時間だから、お昼にしよう。俺も休憩したいし……」
「外食か……、この時間だとどこも混んでるだろう。私あまり、混んでる店は好きじゃない」
「じゃあテイクアウトでいいだろう」
「今日はファストフードの気分じゃない……」
「まったく、姫様はわがままだな。何ならいいんだ?」
「オムライスがいい」
「ちゃんとリクエストが具体的にあるんかい!」
「だから、卵だけ買って帰ろう。ご飯は昨日の残りがあるはずだ」
「しかも手作り!?」
「もちろん、作るのは兄さんだ」
「丸投げ!? これだけ手伝ったんだから、昼くらいは水鳥が作ってくれよ」
「女が料理をすればいいと思ってるなんて……、古い時代の考えだな」
「そういう意味で言ったんじゃないんだが……」
「どこもかしこも、理想の女の子は料理が上手とばかり、猫も杓子も皆そう言う。自分も作るから一緒にやろうとか、それくらいの度量は持って欲しいものだ」
「そういう意見があるなら、せめて手伝えよ。今日の俺はけっこう水鳥に協力したんだから」
「何を言っているんだ? 前自分で言ったじゃないか。兄が妹を助けるのは、当然で、そこに対価や遠慮は必要ないと。つまり、兄さんが私の買い物を私の願いを聞いて手伝うのは、当然のことと思ってるんだろう」
論破されてしまった。自分で言った言葉に!
「私は帰ったら、買ったものの整理をしたいんだ。だから、任せる」
「まったく、しゃあない。家に帰って水鳥がご飯を食べるまでが、買い物ってことにしてやる。だが、今日は昼食までにしてくれ。後は俺の時間にしたいから」
「もちろんだ。午後は私も1人でのんびりするから、兄さんに用事は無い」
さっぱりしてんな。まぁ買い物に付き合ったのが、今日の運の尽きか。
「まぁまぁ食べられなくも無い。レシピどおりで相変わらずつまらない味だ」
「料理に面白さはいらんだろう」
オムライスを作って出してやると、なぜか料理がつまらないと言われる。
俺はまずいものを食うのが嫌いなので、料理は完全にマニュアルどおりに作るのだが、それが水鳥にはおもしろくないようだ。
「文句があるなら、食うな」
「文句ではない、ただ、マニュアルどおり作るなら、料理のレパートリーを増やさないと、味気なくなるぞ」
「確かに母さんは、同じ料理でも、微妙に味や使う素材を変えたりするもんな」
母さんの料理がうまいのは、料理の種類の豊富さにより、味を楽しめることにあると思う。
まったく同じようなものが出てきても、前と味が同じとは限らない。たまにはずれさえなければ、実にすばらしいと思う。
「ふぅ、ご馳走様だ。食器だけは洗っておこう」
「おう、自分のだけ頼むわ」
これで、今日の水鳥姫の召使いは終わりだ。
そう思って、ソファーにもたれかかる。
「あ、兄さん。これ」
すると、水鳥が声をかけてくる。
「なんだ? 今から自分の部屋の整理だろ」
「それは今からやる。だけど、これは兄さんのものだから」
「へ? お前が俺に?」
「うん、お礼だ。今日はありがとう」
「へ? お礼? しかもありがとう? しかも物をくれる? ……? 誰だ?」
「失礼な兄さんだな」
「熱があるのか?」
「……ない」
「卵が古かったか?」
「さっき買った卵だろうが」
「最近悩みでもあるのか?」
「情緒不安定でもない」
「実は生き別れの……」
「……双子でもない」
「じゃあ、本当に、お礼を言ってくれてるのか……」
「そこまで疑うことないだろう」
「わ、悪かった。あ、開けてもいいのか?」
「もう兄さんのだ。好きにしてくれ」
「! こ、これって、俺が最近見てた広告に乗ってた靴だろう。4800円の」
箱に入っていたのは、俺が最近買い換えようと思っていた靴である。
「私はあの店のサービス券を持っているからな。2割引きの3840円での購入だ。買い物上手だとは思わないか?」
「で、でもいいのか? 安くはないだろう?」
「いいんだ。私は無駄なものは買わないから、お小遣いにはちゃんと余裕がある」
「水鳥、ありがとうな。俺のことなんて、なんとも思ってないと思ってた」
「ま、まぁ最近は、さすがに迷惑をかけすぎたからな。いくら、私が兄さんのことをよく思っていなくても、何も返さないのはどうかと思っただけだ。対価がいらないとはいったが、対価をもらうのが迷惑というわけじゃないだろう?」
「ああ、とってもうれしい。ありがとな」
今日水鳥を手伝ったこと、いや、これまで水鳥を助けたことが、今日のことで、全て報われた気分になった。
「4000円弱で……、まったく安い兄さんだ」
水鳥は軽く笑いながら、リビングを後にして、部屋に戻っていった。
安かろうが、なんだろうが、嬉しいものは嬉しい。ああ、いい休日だ!