その8 お祭り騒ぎ妹
「じゃあな、みんな」
今日は近所でお祭り。友達と馬鹿騒ぎをしながら、適当に買い食いをして祭りを楽しんだ。
実はこのあと花火があるのだが、俺はその前に帰ることにした。
理由は簡単。花火が終わると帰宅ラッシュになるからである。俺は人ごみが嫌いである。
テーマパークでも、最後のパレードとかは無視して帰るタイプである。電車が込むからだ。母がそう言うタイプだった。
「ん? 水鳥?」
だが、その出口に向かう途中で、俺は水鳥が少し屋台から離れた椅子に座っているのを見つけた。
「どうした?」
「あ……、なんだ兄さんか……」
「露骨に嫌そうな顔すんなよ。1人でどうしたんだ? 今日は確か友達と来てたはずだろう?」
「それは兄さんも同じなはずだ。まさか、エア友達か?」
「ちゃんと現存してるわ! というか、俺のクラスメイトみたことあるだろ。俺は帰るんだよ。混雑する前にな」
「はぶられたのか」
「話聞いてたか? というか俺のことはいいんだよ。水鳥も帰るところか?」
「……ぐれた」
「へ?」
「はぐれたんだよ! 何度も言わせるな……」
「どうして?」
「この靴が悪い……」
「自分で履いたんだろうが……」
水鳥が浴衣を着ているのは祭りだから、当然だが、どこから持ってきたのか下駄まで履いている。
何かしらんが、形から入ってみたらしい。
俺が水鳥を簡単に見つけられたのは、年不相応な下駄を水鳥が履いていたことを俺も知っていて、妙に人の足元に目がいったことも理由である。皆下駄までははいてないな……、と思ってて、あ、下駄だ! と思ったら水鳥だった。
「友達に連絡はしたのか?」
「携帯電話を忘れた……」
「何してんだ……、きっと友達も心配してんだろ」
「1人も番号が分からないから、公衆電話でも連絡ができないんだ。文明の利器の罠だな」
いまどき番号をしっかり暗記してるほうが珍しい。ビジネスマンでもあるまいし。
「でも、とりあえず連絡しといたほうがいいな……。水鳥、今日一緒に森さんは来てるか?」
「? ああ、一緒に来た……、ちょっと待て。どうして兄さんが彼女に連絡できるんだ? いつの間に手を出したんだ?」
水鳥が軽蔑の眼差しで俺を見る。
「違う違う、森さんなら、俺の友達が多分連絡先を知ってるから、そこから聞くんだよ」
誤解が発生したので弁解する。
森さんは、先日の水鳥の彼氏騒動のときに、俺に絡んできた女の子で、俺の友人の後輩の子である。
俺の友人を介せば、連絡ができることをふと思い出しただけのことである。
「じゃあ電話するから少し待ってろ」
プルルルル……。
『もしもし、どうした健吾?』
「ああ、ちょっと頼みごとだ。急で悪いが、お前の後輩の森さんの番号教えてくれないか?」
『は? いきなりどうした。口説くのか? やめてくれよそういうのは』
「違う違う。実はな……」
俺は理由を説明する。
『なるほどな、分かった。すぐに送る。悪用すんなよ』
「ありがとな、後しねーよ」
電話が終わり、そのあとすぐにメールで、森さんの番号が送られてくる。
「よし、じゃあこの番号にっと」
「兄さん? 兄さんがかけるのか? 私がしたほうがいいんじゃないか?」
「ああ、そうか。まぁいいや、俺の電話だし、俺がしとくよ」
まったく知らない子なら、水鳥に任せるが、森さんは一応お互いに顔と名前が分かるくらいの関係である。
変に気を使うほうが失礼な気がした。
『はい、もしもし?』
そして電話がつながる。
「もしもし、森さんの携帯電話であってるかな?」
『そうですけど……、誰ですか?』
「ああ、俺、水鳥の兄さんの木村健吾」
『ああ、木村先輩ですか。今大変なんです。水鳥ちゃんがはぐれちゃって、電話もつながらなくて……』
かなり心配そうな声で森さんが俺に言ってくる。いい子だな。
「連絡はその件だ。水鳥を俺が偶然見つけて、水鳥が携帯電話を忘れたから、友達から森さんの番号を聞いて、連絡をしてるんだ」
『ああ先輩から聞いたんですか、私の番号。納得しました。それで、水鳥ちゃんは大丈夫ですか? 今西側の出口の近くにいるんですけど』
「こっちは東側だから、ちょうど反対側だな。あ、ちょっと待ってくれ。水鳥、合流するか?」
「今日はもうこれ以上は歩くのは大変だ。私は帰るから、そこで花火を見てくれと伝えてくれ」
水鳥は俺にそう言ってきた。
「森さん? 水鳥はちょっと反対側まで歩くのは、大変だから、今日はこのまま帰るってさ」
『はーい、分かりました。じゃあ水鳥ちゃんのことはお兄さんにお任せしますね」
「お兄さんって……、俺は森さんのお兄さんじゃないぞ」
『ふふっ、間違えちゃいました。私弟しかいないもので』
「だとしたら、なおさら間違えないだろう……」
『では先輩、水鳥ちゃんをよろしくお願いします。水鳥ちゃんには、また改めて電話して謝りますから』
「気にしなくていいぞ。水鳥が下駄を履いたのが悪いんだから」
『いえいえ、私たちが歩幅をあわせられなかったのも悪いですから、では失礼します』
「おお、またな」
電話が終わり携帯をしまう。
「よし、連絡ついたからこれで大丈夫だな。俺も帰るから、水鳥も一緒に帰るか?」
座っている水鳥に手を差し出す。
「お断りだ。制服姿ならまだしも、浴衣姿で2人で歩いていたら、完全にカップルだと思われる。大迷惑だ」
水鳥は俺の手を取らずに、自分で立ち上がる。
「そっか、じゃあ俺は帰るぞ」
ここから家は近いし、今日はまだ人通りも多いから、変質者もいないだろうと思い、先に帰ろうとした。
「あれ? 水鳥……?」
だが、何気なく振り向くと、水鳥はさっきからほとんど進んでいない場所で、また座っていた。
「やっぱり足痛いんじゃないか……」
それを見て戻ると、水鳥は足を押さえていた。
「これは違う。履きなれていない下駄が重たくて、歩きにくいだけで、決して痛いわけじゃsない」
「何も違わないじゃないか。だから、手くらい貸すから、無理すんなって」
「嫌だ。手なんかつないだら、もっと恥ずかしいじゃないか……、あっ」
下駄を履いているのに、俺から早足で離れようとするものだから、足を取られて水鳥は転んでしまった。
「何してんだ、大丈夫か水鳥」
「余計なお世話……、私は大丈夫……、くぅ……」
先ほどまでと様子が違う。明らかに表情が苦痛にゆがんでいる。
「……、くじいたな……」
「違う」
「だが、足首が色が変わってるぞ」
下駄を履いているので、靴下は履いていない。当然足は生身なので、そのまま見える。
「これは、もともとこういう色だ、くっ」
「やせ我慢すんな。絶対それ痛い奴だろう」
「大丈夫……、兄さんはさっさと帰れば……、あぅぅ」
立ち上がろうとするが、またすぐに座り込んでしまう。
「無理だって、その足じゃ仮に普通の靴でも歩けないだろう」
「私が大丈夫と言っているのだから、大丈夫だ」
「だが、今立てなくて転んだだろう」
「……」
「目を逸らすな、まったくしゃあないな、ほら」
「何だその手は?」
「その足じゃ歩けないだろ。おぶって家まで連れてってやる」
「! そんな公開羞恥プレイを誰がするか」
「そうは言っても、絶対1人じゃ歩けないじゃん。母さんは水鳥をたぶんおぶれないし」
「足の動かせない私を変なところに連れて行って、何かするつもりだろう」
「しねーよ。足動かなくても、こんなに口が動いてる水鳥に何かできるわけないだろう」
「口も封じれば何かするつもりなんだ。怖い……」
「言葉のあやだよ。いいから、さっさとおぶられろ。さっきから道の邪魔になってる」
「あっ……」
結局、半強制的に、水鳥をおぶった。
「あばれんなよ。俺も怪我したら、しゃれにならないから」
「はぁ……、仕方ない。ここは我慢だな……」
「そうそう、落ちないようにだけしといてくれよ。しっかし水鳥は軽いな」
「当たり前だ。重いなんて言ったら、つぶす」
「何を!?」
「冗談だ。私は疲れたから、休む。もう話しかけるな」
そう言うと、俺の両手で俺の首をかるく覆って、俺の背中に体重をかけてきた。
そのまま少し歩くと、耳元から寝息が聞こえてくる。
「まったく、素直じゃねえな。まぁ俺の優しさなんかいらないだろうが」
嫌われているのは相変わらずだが、以前と比べて警戒はされていないようだ。そうでなければ、俺の背中で寝息など立てないだろう。
「兄さん……、いつもごめんなさい」
「ん?」
水鳥が言いそうもないことが、聞こえてきた。
でも水鳥は寝てるし……、寝言かな?
夢の中の水鳥は素直なのか、それとも夢の俺が、俺よりいい奴なのか。俺には確かめようも無いが、言われて結構嬉しかった。
俺は周りからの好奇の目線を受けつつも、そんなに悪くない気分で、家に帰宅した。
ブックマークありがとうございます。1日1個でも増えるととても嬉しいです。
この話は最長でも15話を予定しております。あと少しお付き合いください。