その7 責任感のある妹
「学園祭の準備は、計画性さえあれば余裕で終わる」
それが1年生の時に俺が感じた感想だった。
計画性もなくぐだぐだとやっていて、終わる気配などまるで無かったのだが、最後2日間に、一気にスパートをかけて、徹夜もして、完成させた。ほぼこの2日間で完成したといえるだろう。
つまり、逆に考えれば、本気を出せば2日間で終わるということ。準備期間は約2週間だから、約7倍の時間があり、これをうまく配分すれば、余裕であること間違いなし。
そう思っていた時期が俺にもありました。
「兄さん……、今日は晩御飯はいらなそうだな」
俺の教室の前に、なぜか水鳥が来ていて、馬鹿にしたような目で見られる。
「なぜだ。どうしてこうなった」
「慢心、環境の違いだな。実に無様だ」
水鳥にそういわれるのも、無理はない。かなりギリギリのできばえで、居残りが必要かどうかの瀬戸際である。
「私のクラスはさっき無事終わった。1年生に計画性で負けるとは……、兄さんは駄目だな。爪の垢でも煎じて飲むか?」
ちなみに、水鳥はさっきまで作業していたのか、爪はかなり汚れている。
「なかなか厳しいジョークだな。その爪でそれはなかなか」
「汚れてても私の爪だぞ」
「俺はそこまで落ちぶれてない!」
『何しゃべってんだ! 木村、さっさと手伝え!』
「ほらほら、さっさと戻れ~」
俺の不幸を嬉しそうにして、水鳥がそう言う。
「私のクラスは私以外全員帰って、後は私がカギを閉めるだけだ。兄さん、母さんに連絡だけしといてあげよう。なんて優しい妹だ」
「分かった分かった。じゃあ連絡だけしといてくれ」
「は~い」
くっそ。めちゃいい笑顔で帰ってる。俺の不幸が嬉しいか。確かに、計画性のことを、えらそうに、家で母さんにもしゃべってたし、ああ、恥ずかしい。
「よっしゃ! けっこう早く帰れた!」
クラスメイトの心が、ここにきて1つになり(居残りが面倒くさい。申請とかあるし)、奇跡的なスピードで作業が終わって、ギリギリ泊まりを頼まなくてもいい時間に終わった。
皆とご飯に行くのもありだが、クラスメイトは全員へとへとで、バスや電車で通っている子も、頑張って残ってくれていたし、学園祭の本番はあくまでも明日。今日はみんな英気を養うために、休んだほうがいいということになり、各自帰宅となった。
そして、今家の前である、時刻は19時半。いつもご飯を食べるのは18時~18時半だから、もう食べ終わっているだろう。
面倒だが、なんか作るか。簡単なのならできるし買い食いするにはお小遣い不足なり。
「あら、おかえりなさい。学園祭の準備大変ね」
家に入ると、母さんが出迎えてくれた。
「ほんとに疲れた。あ、母さん、ご飯は自分で作るから、材料だけ……」
「なに言ってるの? ご飯ならあるわよ」
「へ?」
「学園祭の準備があることは聞いてたから、簡単なものだけ作っておいたわ。もし、食べなかったら、私が明日お昼にお弁当に入れていこうと思って」
「か、母さん、ありがとう……」
疲れ果てた俺には、本当にありがたかった。
「ふふ、喜んでくれて嬉しいわ。食器だけ洗いたいから、早めに食べちゃってね」
「は~い」
これは嬉しい誤算。食卓の上のご飯を10分くらいですぐに食べる。
「ふぅ、ご馳走様」
簡単な料理でも、十分俺は満足した。
「あら、全部食べちゃったのね。結構量無かった?」
「あ、そうだな。簡単な料理だけど量があったな」
「今日はおなかがすいてたのね」
「ごめん母さん、もしかして、母さんの明日のお弁当の分もあったのか?」
取り分けてなかったが、もしそうなら悪いことをした。
「いいえ、食べてくれるのはいいのよ。ただ、2人分あったから、おなか壊さないかしら?」
「へ?」
「それは、水鳥ちゃんの分もあったのよ。でも水鳥ちゃんが居残りで作業しなきゃいけないって連絡が来たから、とりわけをしておこうと思ったときにちょうど、健吾くんが帰ってきて、やりそこねちゃったわ」
「は?」
「は? って何? 葉っぱ? それとも歯?」
「い、いや、水鳥まだ家に帰ってきてないのか?」
姿は見えなかったが、てっきり部屋にでも戻ってるのかと思った。
「おかしいことを言うわね。居残りになるって連絡がきたんだから、帰ってきてるわけがないじゃない。何? 怖い話?」
「いえ、そういうことじゃないんだけど? へ???」
俺はその場では状況がよく理解できなかった。
だって、水鳥のクラスの準備は……、もうとっくに終わってたんじゃ?
「と、いうわけで、学校に来てしまうという」
1人ごとをつぶやきながら、学校の廊下を歩く。
クラスでの居残り作業の申請は出していないが、1人くらいうろうろしていてもばれないだろう。
学校での作業だから別に心配するようなことは起こらないとは思うのだが、どうしても気になって仕方なかった。
何事もなければ、ねぇ作業が終わってないのってどんな気持ち? NDK? NDK? ってからかってもいいし、一応だ一応。
どのクラスもちらほら作業していて、俺が1人歩いていても全然目立たない。
そして、水鳥のクラスまで来ると、電気がついていた。やはりだれかいるようだ。
「あとは、これをこうして……」
その教室からは声が聞こえてきた。聞き間違えようのないあの声だ。
「水鳥……、何してんだよ……」
「兄さん? 兄さんのクラスは準備終わったのか?」
「俺のクラスは、めちゃくちゃ急いで、ギリギリ時間内に終わらせたんだよ」
「じゃあ何をしにここに来たんだ?」
「水鳥が家にいなかったからだよ」
「……、おせっかいだな」
「水鳥のクラスはもうやることは終わってたんだろ。1人で何してんだ?」
普段30人以上がいるはずの教室には、水鳥が1人しかいない。
「…見て分からないか?」
水鳥はあきらめたように嘆息して、俯く。
「ん? あ、あぁ……」
「倒して壊しちゃったんだ……。言わせるな馬鹿」
水鳥の横には、看板が立っているのだが、それを彩る紙製の花が、まばらになっている。
取れ方が、作業途中ではなく、まばらであることから、それが事故によって取れたものであることが分かった。
「取れただけなら良かったが、何個かは潰れてしまったから、材料だけ買ってきて作り直してる」
「皆に手伝ってもらえよ。水鳥だけが悪いわけじゃないだろう」
水鳥の不注意はあるだろうが、そもそも水鳥が軽く触って倒れるような置き方をしたクラスメイトにも責任がないとは言えない。
それに、水鳥はクラスに友人も多そうだし、嫌がられはしないと思うが。
「私の失敗だから。まだ友達が残っているなら、頼んだが、帰っているのに呼ぶのは悪い」
「はぁ、そういうとこは昔と一緒なんだな」
昔、まだ天真爛漫だった小さい頃も、妙に頑固で責任感はあったな。
「というか、兄さんは私が心配で、わざわざ家から学校に来たのか?」
「まぁそうなるな」
「どれだけ妹のことが好きなんだ……、気持ちが悪い……」
「はいはい、俺が心配性なんだよ」
水鳥の悪態も、どこかいつものような毒がない。自分が悪いことを分かっていて、心配をかけたことをきにしてくれているのだろうか。
「さて、じゃあ俺は何を手伝えばいい?」
「え?」
「え? じゃないだろう。ここまで来たら、じゃあ帰るか! というわけにもいかないだろう。気になって眠れん」
「恩を売っても何もならないぞ」
「恩とかじゃないだろう。一緒に暮らしてる家族なんだから、余計な気遣いすんな。友達に迷惑かけたくなくても、兄ならいいだろ。母さんも水鳥も自分で言ってただろ」
「……、じゃあこれ一緒に作って……」
そっぽを向かれたが、どうやら追い出されはしなかったようだ。まぁ、追い出されても帰んないけど。
「……、はぁ、疲れた……」
「えらく遅くなってしまった……」
作業が終わり、カギを返却して、帰路にようやくつく。
「ふぁ~、明日は眠そうだな……」
学園祭当日である明日の集合時間はかなりはやい。絶対に途中で眠くなる。
「……、私は手伝ってくれとは言ってないからな。そんなこれ見よがしにあくびをして……、私に今回のことを理由に変なことをするつもりだな」
「そんなこと思ってないって……。手を出したのは俺の勝手で、お礼なんか欲しいとは思ってない。だから、水鳥が胸を痛めないでいいからさ」
「胸を痛めない……、成長期の女の子の胸に対する高度なセクハラか?」
「言いがかりだ!」
「やはり私の胸で何か対価を求めるつもりで……」
「胸を隠すんじゃない。何も求めないって……」
ちなみに、水鳥は同世代の平均よりややある。ゆったりした制服でもそこそこ分かる程度には。
「いいからさっさと帰って、寝るぞ」
「ああ、そうだな。私も眠い」
その後は特に話すこともなく、俺はすぐに風呂に入って寝た。
「ふわぁぁぁ~」
学園祭当日。俺の仕事が終わり、自由時間になる。
だが、今の俺に欲しいのは睡眠時間だ。遊びよりも仮眠が欲しい。2、3時間寝て、その後仕事がちょうど終わる友人と一緒に出歩こう。
そう思ったが、まず教室は全部を使っているから駄目。空き教室は、荷物置き場になっているから、人の出入りがあって寝にくそう。
保健室は緊急対応のため、寝るだけに使うのは、今年から禁止、図書館は閉まってる。
屋上は立ち入り禁止。
これだけあればどうしようもない? と思われるが、1ついいところがある。
屋上に向かう階段の途中に、荷物がたくさん入っているダンボールがたくさんあるところがある。
屋上は基本的に使われないので、その階段もめったに使われることは無い。
その段ボールの隙間なら、寝れそうな気がする。ちょっと埃っぽいが、あまり寒くは無い。
なぜ知っているかというと、俺がたまにそこにいるからである。教室で寝ていると起こされるので、どうしても寝たいときだけ、昼の休み時間に仮眠しているのだ。
寝心地はいまいちなのだが、それが逆に熟睡はさせないので、ちょっとした仮眠ならかなり都合がいい。
そして、約1年半、ここで誰かとかちあったことはない。まさに俺の秘密の場所である。
「なのに、なんで、水鳥が寝てるんだよ……」
そのスペースには、水鳥が腰を落ち着けて、眠っていた。
「水鳥もこの場所知ってたのか……。今まで偶然会わなかっただけで」
だが気持ちよく寝ている水鳥を起こすわけにもいかない。しかもスカートなのに、ずいぶん無防備な体育座りで、寝るのは、よろしくない。
「まったく、こういうところでは、女の子は寝ないもんだろ……」
仕方ないので、制服の上を脱いで、腰から下にかける。これでいいだろう。
「俺ももう限界だ……、ここは2人くらい余裕で寝れるから、横を借りるぞ……」
今から別の場所を探す余力は無い。水鳥を起こさないように、横に静かに座る。その途端に、睡魔が襲ってきて、俺の意識は飛んだ。
(兄さん……、ありがとう)
その直前に何か小さな声が聞こえたような気がしたが、夢心地の俺には、それが誰の声か分からなかった。
声と一緒に、俺の右腕に柔らかい感触もあり、とても気持ちよく眠りについた気がした。
と、いうわけで、その後起きたら、もう学園祭は後夜祭になっていました。
いつもより妙に寝心地がよくて、熟睡しちゃったんだよ。
俺が起きたときには、水鳥も起きていたのだが、俺が起きるのを見ると、制服を手渡して、無言で階段を下りていってしまった。