その6 交友関係と妹
「まったく、ようやく噂が治まったか」
人の噂も75日。実際は75日もかからなかったが、幸い水鳥のクラス以外には広まらなかったことと、水鳥が、ずっと不機嫌だったこともあって、噂が落ち着いて、水鳥の周りには、人だかりができなくなった。
しかし、水鳥に友人がたくさんいて、人気があったのは結構驚いた。
あの無愛想でよく友人がたくさんできるものだと、失礼ながら感心してしまった。
確かに小さい頃は、結構素直ですぐに泣く女の子らしい女の子だったから、友達も多くいた。だから、今友達に囲まれていること自体は不自然ではないし、イメージとも合うのだが、今の水鳥のキャラとは合わない。
一緒に住んでいてもまだまだ分からないことも多いんだなと改めて思った。
「今回のドラマはこれがお勧めだ。監督があまり有名じゃないんだが、できる作品のレベルは高い。戦闘シーンはかなり見せる」
とある日、帰宅するときに、水鳥の姿が見えなかったので、1人でのんびりと帰っていると、いつもの帰り道ではない道路から、話し声が聞こえてくる。
「あのクォリティはすばらしい。アニメよりも、こっちを今から見ておくべきだ」
『へー』
『水鳥の姉ちゃんすげぇな』
「って水鳥! 何してんだ?」
聞き覚えのある声は水鳥であった。小学生の高学年くらいの男女何人かのグループの前で、なにやら力説している。
「む、兄さん。こっちに兄さんは用事がないはずだ。また私をつけてきたのか?」
「俺も同じことを水鳥に言いたい。子供の前で何してんだよ」
「最近の日本のテレビ番組の良さを、子供に教える活動だ。私の好きな作品の監督は、どうもブレイクしない傾向にあるからな」
「だったら、ママさんを相手にしろよ」
「分かっていないな。もう既に年配の人は、ある程度固定観念が固まっていて、私の意見など聞かない。それに比べて子供は素直にいいものを見てくれる。いい作品を知ってもらうには、まず子供からだ」
「子供に監督のこと言っても分からないんじゃないか?」
小さい頃に、見てるアニメはドラマの監督や脚本が誰かなんて気にしたことがない。気にしない人は、大人でも気にしないのではないか。
「きっかけはなんでもいい。監督が好きでもいい、アクションシーンが好きでもいい、ギャグパートがいい、お色気シーンがいいでもいい。何か1つ心に引っかかるものがあれば、興味は持ってもらえる」
「そういうもんかな?」
「兄さんみたいに、ただ面白いつまらないでテレビを見ているのは、ただの時間の浪費でしかない」
「そんなことはないと思うがな。ニュース番組でもあるまいし」
『こんにちは、水鳥さんのお兄さんですか? いつもお世話になってまーす』
「君たちは迷惑してないのか?」
『迷惑? すごく面白いよ。水鳥姉さんの薦めてくれる作品にはずれは無いもん』
『じゃあ私たちは、そろそろ帰らなくちゃ』
「そうか。また、次の話がたまったら、この辺に来るから」
『はーい、じゃあね、水鳥さん、お兄さん』
「気をつけて帰れよ~」
水鳥の女性としては、ややハスキーな声や、少し変わった話し方、それに、水鳥の趣味の押し付けのような話に、子供が迷惑をしているかと思ったが、意外や意外、水鳥はずいぶんと子供に慕われているようだ。
クラスメイトだけではなく、子供までひきつける謎のカリスマ性。水鳥おそるべし。
「水鳥はいつもここにいるのか?」
「いや、今日はここで待ち合わせの用事があって、そのついでで話してただけだ。今日は新しい作品のネタはなかったんだが、子供に会ってしまったから、監督の話をしてみたら、結構皆聞いてくれたんだ」
「水鳥は結構話好きなんだな」
「……、別にそうでもない。普通にドラマやテレビや雑誌を読んでれば、話すネタは十分にできる。それで、友達と話すことも困らないだけだ」
水鳥の友人の多さは、趣味が比較的王道で、知識も人並みにあることが理由か。これなら確かに話しやすい。
「むしろ今が1番困る。テレビは見ない、雑誌は読まない、ニュースも見ない。ファッション性皆無。そんな兄さんと何を話せばいいか私が1番困る」
またこっちに飛び火した。
「だから、さっさと帰れ。今から友達が来るんだ。兄さんが近くにいたら、最近治まった噂が再燃する」
「あ、ああ、分かっ」
プルルルル……。
水鳥にそう言われたので、帰ろうとすると、水鳥の電話がなった。
「もしもし……、うん、うん、そう……、それじゃあ仕方ない……。分かった。私がなんとかしておく」
水鳥の顔が浮かない感じになっている。これは用事を断られた感じか。多分機嫌が悪くなりそうだから、さっさと退散しとくか。
「おい兄さん」
だが、その前に声をかけられた。
「な、なんだ?」
「友達にデートを断られた。だから、代わりに一緒に来て欲しい」
「え? 水鳥彼氏いたのか?」
「……、私に彼氏がいるのはおかしいのか?」
「いや、そんなことはないが……」
水鳥は見た目は間違いなく一級品である。ちょっと中身に癖があるが、クラスでの男子の反応を見る限り、それは絶対に許されないことではないのだろう。
「ひどすぎる……。デートを断られた私に、さらに暴言を吐くなんて……、変態な上に鬼畜だったのか」
「あまり大きい声で、変態とか鬼畜とか言わないでくれ。いや、水鳥に彼氏がいるって聞いて驚いたよ。そっか、寂しいな」
「なんで、兄さんが寂しがる?」
「ちょっとな。水鳥に彼氏がいるんじゃあ、あまりこれまでみたいに、仲良くはできなさそうだからな」
「これまでのどこに仲が良くなる要素があったんだ? やっぱり変態……」
「違うって。俺は水鳥に嫌われてるだろうけど、それでも話したりできてるし、一緒に家事を手伝ったり、時間を共有できてたじゃないか。昔みたいで、けっこう楽しかったんだ」
「……、ふん。私は全然楽しくない……」
「いいじゃないか。水鳥に彼氏がいるんだったら、俺も遠慮はするから」
「……、彼氏なんかいない。ただの友人との買い物だ」
「へ?」
「別にデートは男女が出かけるだけのこと。彼氏彼女の関係というわけじゃないだろう。早とちりで、スケベ兄さんめ」
「でも、男と出かけるんだろう」
「そうは言っても、4人で出かけるやつだ。部活に入ってないメンバーで、文化祭に使う道具を見に行くだけだ。だが、3人とも予定がつかなくなったから、私が下見をしてくる」
「そ、そうだったのか。だったら最初からそう言えよ」
「勝手に兄さんが勘違いしたんだ。何、ほっとした顔してんだ……、ついにシスコンまで併発したのか」
「いや、ただ、まだ水鳥と一緒に過ごせそうで安心しただけだ」
「……、くだらないこと言ってないで、一緒に来てくれ。私1人だから、下見でいいと言われたんだが、もしいい物があれば、買っておきたい。そのためには、男手が欲しいが、あいにく暇そうなのが、兄さんしかいない」
「了解了解、兄さんに任せといてくれ」