その4 甘える妹
「母さん、俺も家事手伝うよ」
俺は母さんに提案した。
「あら、別に気にしなくていいのに」
「俺はここに来るまでは、普通にご飯作ったりしてたし、自分のことくらいは自分でやってた。慣れるまでは、かえって迷惑かと思ったから様子を見てたけど、教えてもらえば俺も手伝う」
俺の母も、母さんと同じく働いていたので、自分のことを自分でやるのは普通だった。
だがここに来てからは、母さんがほとんど家事をして、母さんが忙しければ水鳥に任せていて、かなり時間にゆとりがあった。
このままだと、家事をしない習慣が身につきそうで、かえって危ないと思ったのである。
「なるほど、お母さんが大変だから、兄さんが手伝おうということか」
あごに手をあてて、水鳥が納得顔で顔を振る。
「水鳥も賛成してくれるのか?」
「意見は悪くない。私も、頼まれない限りはほとんど自分からやろうとはしなかったから。さすがだ兄さん。8年ぶりに兄さんがいいことを言ったな」
「俺そんなにくだらないことしか言ってなかったかな? まぁいいや、協力し合おう」
そう言って、手を出して握手を求めた。俺を嫌っている水鳥が、俺の意見に対して賛成してくれるのは珍しい。少しでも距離が縮まったのかと安心する。
プイッ。
だが、握手には目をくれず、顔を背けられてしまった。
「アイディアだけはもらう。だが、お母さんを手伝うのは私だけでいい。兄さんは何もするな」
「あら~? どうして水鳥ちゃん。手伝ってくれたほうがいいでしょ?」
「嫌だ。兄さんに料理を作らせたら大変なことになるに決まっている」
「料理の内容が心配なのか? 俺はちゃんとお母さんに教わってるから、男料理じゃないぞ」
「私たちの食べる料理に、睡眠薬や媚薬を入れて、何かする気だ。ああ、気持ち悪い」
「その発想が気持ち悪いだろう。どこから、睡眠薬と媚薬をもってくるんだよ」
「そして、残り物を食べるつもりだろう」
「俺はどれだけ飢えてんだよ」
「それに、洗濯だって心配だ」
「ああ、それは確かに俺がやるのはまずいか」
年頃の女の子が、同世代の男子に下着を触られるのは嫌だろう。
「私たちの下着を……」
「何だ? 別に持っていったり、売りさばいたりはしないぞ」
「食べるつもりだろう?」
「だからどれだけ飢えてんだよ。レベルが高すぎるだろう」
「女性には飢えてるはずだろう」
「うまいことを言ったつもりか?」
「それに、掃除だって心配だ」
「掃除こそ何もないだろう。掃除するだけなんだから」
「合法的に私たちの部屋に入り、匂いを堪能しつつ、自分の香りを残していくつもりだ」
「俺はいったい水鳥の何なんだよ。もう少し普通の考えをしてくれ。世の中は複雑だけど、水鳥が思っているよりは単純にできてるよ」
世間を色眼鏡で見すぎである。
「水鳥ちゃん。あまり健吾くんを悪く言っちゃ駄目よ。そんなことをしない人は分かってるでしょ」
母さんが、水鳥をなだめる。もう少し早く止めて欲しかったが、そこまで文句も言えまい。
「せっかく兄さんがいるんだから、もう少し甘えればいいじゃない」
「兄さんに甘えろと? その代価に何を求めてくるか分かったものじゃない」
「そんなことないわ。兄さんが妹を甘やかすのは当然だもの。そこに対価は発生しないわ」
「なるほど、つまり、ただで兄さんを好きに使えるということだな」
「そういうこと♪」
「いやいや、俺の知ってる甘えると違う」
「え? でも私のお兄さんは、私の言うことなんでも聞いてくれたわよ」
「顔も知らない母さんの兄さんの馬鹿!」
「母さんがお手本を見せてあげるわ」
すると母さんが俺の横に来て、下から上目遣いで見てくる。
「ねぇ、兄さん……人参が食べれないの……、食べて……」
うわ可愛い。この人甘えなれてる。というかいい大人が人参食べれないのか。
「デレデレしてる……、やっぱりお母さんを……」
「ほら、水鳥ちゃんもやってみて。健吾くんをどきどきさせちゃって」
「仕方ない。やってみる。兄さん……」
母さんと同じく上目遣いになり、声も普段の水鳥とは思えないほど、甘い声でおねだりされそうになり、くらっとくる。
「台所に出たキクイムシが食べれないの……、食べて」
「うん、確かにこの前出たな。だが、何度もいうが、俺はそこまで飢えてない。多分人類において、キクイムシを食べる人はいない」
「兄さん……、最近この辺に不審者が出るらしいの……、食べて」
「俺が不審者になるわ! そう言うレベルでもない。俺はゾンビじゃないんだぞ」
「え、でもちょっと腐敗臭はするんだけど……」
「真顔で言うのはやめろ。毎日ここで生活して、お風呂に入って、同じように洗濯してるんだから、そんなことはありえないだろう!」
「うん、水鳥ちゃんもきちんと兄さんに甘えられたわね」
「母さんは何を見てたんだ!?」
結局は、俺と水鳥で家事を手伝うことになった。何でこれを決めるだけで、ここまで話が横道に逸れていくのか。