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五月のお題小説「雨音」  作者: 六恩治小夜子
2/5

午前一時の祈り

一一観測史上稀に見る大雨が、漠然と降っていた。



クラスの連絡網を握りしめた私は、どうしたらいいのかわからなくなって、なんとなく庭に来ていた。

あの人と過ごした部屋にいたら、発狂しそうだったからだ。

肩を並べて勉強した机や、座り込んでおしゃべりしたベッド。勝手にのぞくなと怒った箪笥。

染み付いた思い出の中では何も考えられないから、とりあえず庭に出たのだ。


午後から午前に切り替わって1時間経った今、道路に面した庭先には誰もいない。

当然、この大雨の日に道路にも人が通る気配はゼロだった。

庭に咲いている羽衣ジャスミンの匂いが雨でかき消されていた。

あまったるい香りを消したので、少しだけ雨を恨む。

雨に罪はないのに、と自嘲していたら、雨音にひとときだけ癒されていたことに気づいた。


うるさいだけの雨音は、私の感情をかき消してくれるのかもしれない。


「…雨かぁ…」


彼は、雨男だった。


デートは毎回と言っていいほど雨で、告白してきたのも雨の日だった。

聞けば小学校6年間遠足は雨だったというではないか。

修学旅行に台風を連れてきたのは、きっと他でもない彼だろう。


だからきっと、今日が雨なのは彼のせいなのだ。


この雨はきっと彼の雨。


彼の最期を悲しむ、雨たちの弔いなのだ。



弔い。



そう思考がたどり着いて、一気に感情が溢れ出した。

今まで呆然としていた現状に真実味が湧いてきたのだ。


「…そっか…彼、死んじゃったんだ」


そうつぶやけば、気を使った雨音が必死にかき消そうとして、うるさくなった。



私の好きな人が事故で死んだと、クラスの女の子から連絡が来たのは一時間前だった。



世にいう恋人関係だった私たちは、短いけれど濃い月日を共にした。


これからも、そのはずだった。


来週末にはちょっと遠い猫カフェに足を運ぼうと約束していた。

夏にはどの海に泳ぎに行こうか計画を立てていた。

クリスマスは来年も一緒に過ごそうとキスを交わした。


なのに、なのにだ。


「どうして置いてっちゃうかなぁ…っ……」


じわりと、視界が滲む。


雨にしてはやけに生暖かい水が頬を伝い、塩辛く口の中に入り込んだ。

喉が痙攣を起こしたようにしゃくりあげ、私の嗚咽があたりに響いた。


必死に、それを雨音が消そうとする。


彼は泣いていた私の気を紛らわそうとして、いつも笑わせようと必死になっていたことを思い出す。


まるで、彼が私に気を使ってるみたいな雨だった。


もう雨なのか涙なのかわからない水で、顔がぐちゃぐちゃになってしまった。

女の子らしからぬ無様さなのに、私はそんなことよりも彼のことを考えていたかった。


消そうとしても浮かんでくる、些細なことまで無駄に鮮明な彼のこと。


いつになったら忘れられるのだろうかと不安になるほど濃かった。



雨音が、さらに強くなる。



忘れさせようとしてるのか、それとも焼き付けているのだろうか。

やけに耳に残る音だった。


「……」


雨に愛された彼は、雨とともに去った。

雨に連れ去られた彼は、二度と帰ってこない。


なんでいっしょに連れていってくれなかったのだろう。


置いてかれたくなんてなかった。


私はいつだって、あなたとの時を望んでいたというのに。




もう、雨音しか感じない世界の中。


私は静かに祈り、泣く。




雨よ、どうか。

どうか私も連れていって一一。



少名毘古那と申します。


はじめましての方ははじめまして。

そうでない方は方はいつもありがとうございます。


征服girlsを書いて以来のYRRKでの参加となります。

今回のお話は詩らしくしようとしたのですが、どうしてもうまくいかないものですね…。

楽しんでいただけたのなら幸いでございます。


読んでいただき、誠にありがとうございました。

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