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乙女譚  作者: 毛野智人
13/15

(十三)

「ペルセフォネ様、こちらにこんなに美しい花が咲いていますわ」

「まあ、もっと近くで見せて頂戴」

 山の奥深くの花園で、ペルセフォネはニュンペ達に囲まれて遊んでいた。

 色とりどりの花にも負けぬ可憐な娘達の戯れの声は、ペルセフォネがハデスに攫われる前と何ら変わりはしない。心配して優しく迎えてくれた妖精達の気遣いが解ったから、ペルセフォネ自身も努めて明るくいつも通りに振る舞おうとした。

 そんなペルセフォネの心中を、彼女達も母であるデメテルも知りはしないだろう。

 何となく、知られてはいけない気がした。

 ハデスに会うまでは、無邪気に母の愛を一身に受けるだけで幸せだった。

 しかしもう自分は以前と同じように幸せを感じることができない。陽の光を浴びても、瑞々しい実りを口にしても、土や草や花の匂いを嗅いでも、何かが満たされない。その感覚が何なのか、地上に戻ってからペルセフォネはずっと考えていた。

 花園を散策していたペルセフォネの視界にふと、白い花が映る。

 ハデスとまみえたあのとき咲いていたのと同じ水仙だ。

 今頃あの人はどうしているだろう。

 暗い闇の世界で一人きり、寒さを感じているのだろうか。

 誰にも本心を見せないで抱え込んだままなのだろうか。

 思いを馳せれば、溜息が出る。

 どうして、あんなにあっさりとペルセフォネを帰したのだろう。

 ペルセフォネの意思を無視して連れてきたくせに、帰すときも何の確認もなしで、まるで追い返されたように感じた。

 何も言ってくれない。聞いてもくれない。解りたいのに。

 もし寒さを感じているなら、それを分けて欲しいと思った。

 冥界の中で、冥王を除いて生者が感じる寒さの解る者はいない。あのとき、ペルセフォネが冥界にいた間には、それに能う者はペルセフォネだけだった。ハデスはそれに気付いた。そして寒くないように優しくしてくれた。寒さが解るのは、自身も寒さを知っているからだ。

 生命から遠ざかってしまったときの寂しさ、不安には身も心もかじかむ。それをペルセフォネは知っている。ハデスも知っている。死者の世界にあって二人だけが同じ感覚を共有していた。

 しかし今は、一人だ。

 一人になっても何も感じないのだろうか。

 ペルセフォネを美しいと言ったのに。恋していると聞いたのに。

 あの深い闇の奥底に秘めた想いを知りたかった。だから容易く離れられぬように深紅の粒を口に含んだのだ。けれどペルセフォネの期待に反して、あっさりと冥界を出ることができてしまった。

 このまま、もう会えないのかしら。

 そう思うと胸が苦しくなった。

 ペルセフォネは自身の肩を抱く。身震いがした。

 ここは陽の光も十分届いて明るく、暖かい。

 それなのに何故、こんなにも寒い。

 深く息を吐く。その吐息さえ、凍えるようだ。

 身体の芯から冷たさが広がっていく。

 熱が失われていく。

 力が入らない。

「――ペルセフォネ様?」

 いぶかしむニュンペの声が聞こえる。

 意識が遠のく。

 脳裡に人影。

 黒衣の男。


 ニュンペらの間から悲鳴が上がり、戯れは終わりを告げる。

 ペルセフォネはデメテルの守る花園で倒れてしまった。

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