絶望しなさい
フィリアス・ミスリルと申します。
ローラ市国に住まう一五歳淑女見習い。でした。
ローラは今、炎に包まれています。
お父さんたちと遊んだ市場も、花を摘んだりかくれんぼをして遊んだ墳墓の森も、石造りの庁舎も。大きな道具屋さんや両替商の大店も。
「この野郎! 降りて来い!」
ぴゅ。
私は何が起きたのかわかっていませんでした。
炎が何かを焼く焦げ臭いにおい。
真っ黒。いえ。真っ赤に広がる油のような粘り。
小さな手のひら。だけ。
掌。だけ。
うそ。
「ふぃりあす。逃げなさい」「こいつはちょっとキツイな」
城壁に向かったフェイロンさんが一人では無理だ。
らしゅーば来いとか叫んでいます。
消火作業のための水爆弾を作って警備隊に技術指導をしていたラシェーバさんは動ける状態ではなく。
「確かに、タイマンなら負けないんだけどこいつはキツイ」倒れた祖母をかばう私を守ってアルダスさんは『サワタリ』に立ち向かいます。
王宮でもミリオンお爺ちゃんと騎士団が苦戦しているようです。
「ハハハハハ」哄笑をあげる『サワタリ』の喉。
それを容赦なく小さな葉っぱ型の短剣で突くミリオンさん。
「ハハハハハ」「ハハハハハ」「ハハハハハ」
足元に黒い穴が『湧いて』また『サワタリ』が出現。今度は三体。
「下位魔神を量産する能力を得たみたいだ。一匹づつはオリジナルより弱いかもだが、数が違うね」
悪態をつくミリオンさん。しかし次の瞬間には三体の『サワタリ』は吹き飛ばされ。
……足元からさらに新手が現れていますが。
「ミリオンさんッ?!」「ちょっと、泣きたい」遊んでいる場合ですか。
「ヤツは空にいるね」「見えません」
これでも目は凄くいいほうなのですけど。
しかし、父の一族はさらにその上をいきました。
「えっと、『えーせーきどー』っていって、ある程度の速さを持っていたら地面に落ちない高さにいる」な、なんですかそれっ?!
「そっちの本体を倒さないと。無理」
飛ぶ鳥よりはるかに高い場所にいるそれは強力な魔法で一方的に攻撃しているそうです。
「やっつけたいけど、奴ら数が多すぎる」すでに肩に傷を受けた彼はだるそうに逆の手で短剣を握って威嚇するのが精いっぱいに。
私は。私はこの下位魔神というサワタリ一体にすら勝てない。
ミリオンさんとの立ち回りでその現実を思い知らされた私は、無い知恵を絞るしかなく。
「やばいね」次々と湧く『サワタリ』たちにすっかり囲まれた私たち。
私のなまえはフィリアス・ミスリルと申します。
お父さんの名前はファルコ・ミスリル。
ひょっとしたら、ひょっとしなくても今は危ないのかもしれません。




