ロー・アース
「いい加減に話してくれないか」
『夕菜。約束だ。誰にも話してはいけない。お母さんにもね』
普段の彼は年下にはとても優しい。
その表情がちょっとお父さんと重なる。
そして私は思い出す。お父さんと交わした約束を。
あの日、お父さんは泣いていた。涙は流していなかったけど泣いていた。
私はもっと幼かった頃、大人は泣かないのだと勝手に思っていた。
心のない大人になんてなりたいと思わなかった。
違うのだ。傷ついて、傷ついて、こころがあるから傷ついて。
傷ついてほしくない人のために涙を隠すだけなのだと気づいたのは。
一度死んでこの世界にやってきてからだった。
『夕菜。話がある。お母さんのことだ』
優しくて可愛らしい母は私の自慢だ。
それはお父さんにとってもそうだったに違いない。
ちょっとした体調不良で検査入院した母は元気にプランタの世話をしたりお料理を作ったりと楽しそうにしている。
しているはずだ。
『お母さんはもってあと半年の命だ』
もう医者が投げだすほどに症状が悪化しているらしい。
今すぐに入院させたかったが手遅れに近く、ならば家族で暮らすと決断したと。
でも、秘密を一人で抱えることはできなかった。お父さんでも。
本人であるお母さんにすら悟られないように明るくふるまうのは、とても辛い。
愛している人ならなおさらだろう。お父さんは今でもお母さんにベタ惚れ。ふーんだ。
「無理か」「別に何も秘密にしていないもの」
ロー・アースさんは知っている。今私が嘘をついたと。
彼は魔導士だ。私がつき続けている嘘を知っている。だがそれが具体的に何かはわかっていないはずだ。
何故、竜化現象をあえて促進させて戦っているか。その答えを。
『竜の血は猛毒ではあるが万病に効く薬になり得る。たとえそれが癌などであっても万遍なく効果を発揮する。"竜"がおのれの意思で与えればより効果は大きい』
ひょっとしたら、いや。不老不死すら夢ではない。
お母さんは助かるのだ。この力を。この血をあちらに持って帰れば。
より強く。より高みに達した竜の力ならば。どのような病気だって。
「でも、もう辛くなっちゃった。言うね」「……」
彼は私が語りだすのを待ってくれた。私は話す。竜の力をもって帰りたいと。
あっちの身体は自動車事故で亡くなっているから生き返れるか疑問だけど、もし生きて帰れたらお母さんを助けたいと。
「無理? これってわがまま?」「いや」よかった。
「あはは。恋人にだって話していないのにね」「それは光栄だな」イケメンなのに性欲が無いって紳士だよね。性機能が無いわけではないそうだけど。
うちの彼氏って野獣みたい。戦いが終わったらって言ってるけどなかなか。
「ロー・アースさんが彼氏だったらまだ妥協できたかな?」「なんだそれは」
でも、チーアに悪いしね。ふふ。
「ただ、彼氏にはちょっと我慢してほしいかな」あら。嫉妬?「ばか」
ロー・アースさんが言うには異性との交わりも『縁』を深めてしまう原因になりかねないらしい。
「竜化とは別の問題で帰れなくなる」「やっぱり気づいていたんだ」「皆気づいているさ。そして皆心配している」
なによ。黙っていて、気を使っていた私が損していたみたいじゃない。
「そもそも。だ。俺とお前はある意味同郷でね」「え?」
『遥大地』その名前を聞いて私は絶句した。
日本人みたいな名前。
彼の祖先はそういう人たちだったと知った。
「帰らなかったの? 帰りたくなかったの?」「さぁ? 遠い先祖の話だしな」
「その名前の話、チーアにはした?」「したぞ。なんせ俺たちの一族にとっては『名前を教える』という行為には特別な意味が」「え?」「なんでもない」
きかなかったことにしてあげよう。浮気の証拠になるかもだけどね。
でもイケメンが顔を赤くするのはちょっと眼福かなぁ。へへへ。
ヘヘヘヘヘ。ハハハハハ。ハハハッハハ。




