チア
「マズイ」
マズイマズイマズイ。
ご飯食べたい。味噌汁はだし入りが良い。
お母さんの漬け物が食べたい。
日本に帰りたい。
「うっさい」「だって。チーア」
私はチーアに悪態をつく。
朝もやがむくみ気味の瞼を冷やす。
まだ空は冷える。私は毛布をかぶりなおす。蒲団の暖かさが恋しい。
気持ち疲れた脚を軽く揉んで耳垢をほじる姿に彼女は肩をすくめて。
指先を鼻元にもっていく美少女の姿に苦笑いする私。
「鼻くそほじるんだ? ロー・アースさんに言ってやるから」「関係ないだろ?!」
ふんだ。もう良いけど。
チアともいう彼女は私の友達だ。
私の初恋と唇を奪った憎たらしい親友である。
奪ったんじゃない。奪われたうえに脱がされたと文句を返す彼女。
我ながら見事で、実に無様な失恋であった。
好きになった人の胸には私より大きなものがついていました。
「人のつくったものをマズイとか言うな。まったく」
そういってフライパンを見事な手つきで返す彼女。
私はこの世界に来てから手に入れた不思議な力である『魔法』で彼女の料理の補助をする。
「でも、このかまぼこは美味しい」「そっちじゃかまぼこって言うのか?」
自分で頑張って考案した料理なんだけど、同じ発想するやつがいるのかよ。
ショックそうな彼女。私はにんまり。
料理については一言煩い彼女となんでも『マズイ』が口癖の私はどうも気が合うらしい。
もぐもぐとそれを口に運ぶ。
白身魚の身をすりつぶして蒸して固めたそれはポチの好物だ。
あとで燻製にして処理して保存食にするんだけど今のこの状態が一番おいしいと私は思う。軽く焼くのもなかなか。
「ほら。ポチ。あーん」「とっとと渡せ」あーげない。ほれほれ。
「ポチを怒らせるなよ。マジで」「だってからかい甲斐あるもの」あと、かわいいし。
しゅ。しゅ。うりうり。ああ。癒される。
「この人間の小娘め」「へへへ」二つのしっぽが揺れて可愛い。
猫の王様らしいけどそんなの知ったことじゃないし。
「しっぽ触らせてポチ」「ふざけるな」
シャーと威嚇するポチに負けじと四つん這いになって威嚇。
「お前はファルコか」あきれるチーアを無視してじゃれ合う私たち。
「むきー!」「シュー!」
喋る猫って面白い。不気味で怖かったけど慣れたら大丈夫。
「下着見えるぞ」「む」この世界、ゴムないのが不便。
「なんでそんなにそのスカートは短いんだ?」「靴下が暖かいのよ」
あとスパッツ。
「本末転倒って言わないか」「この世界のオシャレが遅れているのよ」
この学生服もずいぶん汚れちゃったな。
「チア。縫って」「お前は女のくせに裁縫もできないのか」肩をすくめる彼女。
アナタだってお兄さんに習ったんでしょ。私は家庭科苦手だったもの。
「あと、うちの世界では服は買ったほうが安いのよ」「いいなぁ」
この世界は着物を何着も着替えたりはしないらしい。布が貴重だからだそうです。
「ああ。今年のオシャレな服を買うためにバイト代貯めていたのに」
「何着も服があるってすごいよな」
私の世界でいえば車を買うくらいの決意がいるらしいのです。
今の私の手のひらにあるのは小汚い金貨。
これでチアと一緒にあと数日持たせないと。
「ああ、いい男いないかな」「お前は帰る気あるのか」あるもん!
「でも、恋は別格」「お前の考えることがわからん」
肩をすくめる親友の腕に抱き着く私。
「でも、チアが責任取ってくれたら、考えていい」「殴られたいようだな」
悪態をつき合う私たちの隣でリンスさんがじっと睨んでいました。
「あっかんべ」「アカンベ?」
このエルフというファンタジーな生き物の美女は人間の慣習に疎いらしく、私の仕草をそのまま真似てきた。
「べー」「Б?」
彼女は人間の言葉や慣習を学ぶためにやってきたらしい。
扉が開き、猟師小屋に一人の男前さんの影。
あ。私身だしなみ整えていない。
「リンス。頼んでいた魔公式できたか。
それからだ。いい加減『失われた魔導帝国遺跡。第三巻』の立体幻影書返せ」「ろー・あーす。りんすここにいない」
あはは。最近ファルコちゃんの真似を覚えたリンスさんに笑う私たち。
「サワタリ。私オカシイノカ。ドコガオモシロイ」
どうもニンゲンの喜怒哀楽に疎いらしい彼女ですが、本当に怒ると流暢に日本語を話せます。
今の時点では怒っていないのは明白で、むしろ人の心がわからないと述べる彼女は可愛いのです。あと、同い年らしいし。
よし。笑ったところで今日のお仕事やっちゃいましょうか。
「チア。まき割りやってあげる」「頼んだ。昼までには魚買ってくるわ」
じゅじゅ。
香ばしい香り。小石を布越しして省いた小麦粉。
「お母さん直伝のムニエルのコツを教えてあげるんだから」
バターを引きながらフライパンを操る私に注目する三人の異世界の人たち。
お母さん。私はここにいるよ。お母さん。私は元気だよ。
オ母サン。トッテモ トッテモ オイシイヨ。




