爆撃
「まったく。いつもいつも遊んでばかりで。いったいいつ旅立つのですか?!」
おはようございます。フィリアス・ミスリルと申します。
父の同族が役に立たないのは存じていましたが。
「むにゅう」寝惚けナマコで返事するアルダスさん。「眼」う。
もうとっくにロー・アースさんたちは旅立ってしまったのです。
私たちも追わなければいけません。だいたい!
私の隣でころりと寝ていた白い髪の子をにらみます。父の兄貴分だそうですが知ったことではありません。
「よくもすり替えをッ?!」「体格も体重も同じでぼくらは変装上手」悪びれず『軍師』を名乗る子は言ってのけます。ホーリィさんです。
父は当然ながらロー・アースさんと旅立った後でした。
変装を見抜いた私が取り払った彼の鬘の裏には父の一筆。
『未熟』
むき~~~~~~?!
あのちび~! お父さんのばか~!
「ふぃりあす。めしだ。ささと食え」
ふわり。美味しそうなシチューの香りがしました。
「伯父さん。今から父さんを追うの」「そっか。僕は今からシチューを食べるけど。なんせこぼれるから慎重にしないとな。熱いし舌を火傷しちゃ大変だ」
しゃがみこんで彼の表情を伺う私。
ぐつぐつと煮えるシチューの鍋を短い手で支えて彼は難しい顔。
はふ。はふ。熱いしゆっくり食べないと。
慎重に匙を動かし、野菜の青と肉の色合い、スパイス香る白いシチューをすくって口元に。
「うまい」「うむ。美味い。さすがピート。僕の直伝だ」「フェイロン。あのね。食べすぎなんだよ。太るよ」そういえば太っている子は父の同族にいませんね。せいぜいミリオンお爺ちゃんくらい? それだって気持ち太って見える程度ですね。
「だから、あなたたちは」幼児姿の彼らは一斉に指摘します。曰く。
「ショック時中は黙って食え」「食事中?!」「そーともいう」
何処からともなく取り出した麺類とシチューを合わせて食べるアルダスさん。
「あ、ぼくも」「ちーずいる?」「頂戴頂戴」もうっ?! あのねっ?! 今日という今日は許さないのッ?! 早くロー・アースさんたちに追いつかないとサワタリを倒せな……。
「ふぃりあす」
なに? ミリオンお爺ちゃん。
「フィリアス! 伏せなさい!」
いきなり玩具みたいな弓を取り出すが早いか、その先から光線のような光を放ったのはアップルおばあちゃんでした。
「アップル。左15度。5秒。右12度11秒」「わかった」
複数の光が曲線を描いて空に向けて飛んでいきます。
その幻想的な光景とうわはらに、宿の天井に一撃で大穴が。
「来る!」『盾』を構えるアルダスさん。
気が付けばおじいちゃんたちがいません。
先ほどまではしゃいでいた幼児たちは壁の大穴から駆け出した後でした。
ぶお
え。なに?
調度品が歪んで沸騰してぶるりと曲がって燃えて。
「フィリアス。だったっけ? 無事?」え?
「まだ来るよ!」「防げ! アップルは死守しろ! 敵の推定高度3000メートル!」
「水、来ます!」「ローラ市国警備隊の消火設備誤爆に注意」
「お、おばあちゃん?!」「話しかけるな! フィリアス!」
栗色の髪をもつ可愛らしい幼女の姿の彼女は矢のない弓をつがえて幾重もの光を放ちます。
その光は右に左に曲がり、空に収束して。
可愛らしいその顔が見る見るうちに生気を失って。
「フィリアス。走れる?」「え?」「いざとなったらアップル抱えて走れ!」
さっと短剣を抜くアルダスさん。
「地上に奴が降りて来たら、ぼくが倒す」
理解が追いつかない私のそばで焔が燃え上がり。
ばぁん。音と共に広がった水と粉がその炎を打ち消していきます。
大穴の開いた。大きな雲の上から炎が、氷の槍が。雷が舞い降り。
「そこかぁ!!!!!!!」フェイロンさんの声が。
地上から飛び出す大型の光の矢。雲に小さな穴が空き。
私は見ました。
雲にあいた小さな穴の先。
血を流しながら笑う魔物の姿を。
私は知りました。
遥か高空から一方的に攻撃する魔物の利を。
「全員、要所に『盾』をもって走れ!
奴を縛り付けて範囲を絞らせろ!
ミリオンは王宮! フェイロンは外壁に! 外壁は死守!
結界外から魔物の群れが湧くぞ!
奴の狙いは外の魔物。外壁と炎で囲んでの高空爆撃と推測」
きびきびと指示を飛ばすホーリィさんの声。
がんがんがんと鳴る鐘楼の鐘。敵襲を知らせる合図です。
父の同族の持つ小さな丸い『盾』は魔法や音など通常の盾では防げないものを防ぐよくわからない防御能力と、同族同士の声や呪曲を集約させて広範囲やはるか遠くの特定の方角に伝える能力を持っています。
恐らく鐘楼に到達した誰かが飛ばした鐘楼の音は街中に。
「王都警備隊との連携を重視! アップルは移動!」
そういえば彼女は幼女と同じ重さです。ええ。
当然、私はやすやすと彼女を抱えることができます。
「がんばれ」愛嬌たっぷりにほほ笑むアルダスさん。
精気を一時的にうしなう代償として無敵の光の『矢』を討ち続ける祖母を抱えた私は服装も相まって幼女を抱く町娘に見えなくもなく。
その肩口から光を放つ祖母。びしゃりと私の肩が濡れます。
祖母の喀血だと指先を這わせた私は悟りました。
「おば」「話しかけるなって……言ったでしょ。
もう。せっかく編んであげたのに汚しちゃって。
……あとでまたおばあちゃんがマフラー縫ってあげるから」
精魂を使い尽くした彼女を抱えて私は地図の位置に走ります。
彼女の精気を回復するために神官たちが配備しているという地図を手に。
如何に町が破壊されても、私は悪意を見抜き磁気を見て確実に地図の位置に向かうことができますゆえに。
王都警備隊が放った魔導や矢。
攻城兵器の弾丸が届き切らずに建物を壊します。
「もっとひきつけろ! 地上に引きずりおろせ! 魔導士は結界を展開!」
昼間の空に黒が広がり、星が見えます。どういうことですか?
ひゅ ひゅ ひゅ。
星が落ちてきます。幾重にも。その星々は地上で爆ぜ、破壊の力に。
すんでのところでそれをかわしましたが、市場の一角だったそこは大きな穴になっていました。
『隕石雨』
リンスさんでも扱い切れない術だったはず。
『こしゃくなニンゲンどもぉぉおおおおおおっっ?! 皆殺しにしてやるぅ!!!』サワタリの絶叫を街の皆が聞きました。
『よくも私をこんな世界に拉致したなッ?! 貶めたなッ?! 愛し縛り付けたなッ?! 私を悪魔と罵った貴様らは……皆殺しだッ?!』




