むせいらん
そういえばこんなことがあったっけ。
お父さんが大きな大きな卵をどこからか手に入れてきたとき、『温めておっきなひよこさんにする』と言ってまだ小さかった頃の私と一緒にその卵を抱っこしていた時がありました。
ラフィエル曰く『旦那様。それは食用の無精卵です』だそうですが。
なんでも遠方には空を飛べず、代わりに早く走る馬みたいな鳥さんがいるようなのです。
以前伯父が教えてくれたペンギンさんと一緒ですよね。この場合は大地を駆ける鳥さんですけど。
「やだ」「らふぃえるも温めようよ」
かたくなな父と彼と一緒に毛布にくるまる私に苦笑するラフィエル。
「私には家事がありますので。ただ、あまり根を詰め無いようにお願いします」
私たちが毛布の暖かさに屈したとき、腐る前にと言うことでその卵を大きなオムレツにしたラフィエルに二人とも食ってかかりました。
「では、オムレツはいらないと」「食べる」「食べます」すっごく美味しそうだもの。
その日のお客さんのエルフさんはなぜか黒いマントと背中の大きな斧が印象的なとてもきれいな人でした。
「お前の従者のオムレツはとても美味しい」「もみゅう」
「ディーヌスレイト様。おかわりがありますよ」
その言葉を聞いてエルフさんの耳がパタパタと嬉しそうに動きました。
半泣きでオムレツをついばむお父さん。
なんのために温めていたのかオムレツの味の前にすっかり忘れている私。
「いい加減泣き止んでください。無精卵ではヒヨコは生まれないのです」と父を叱責する執事にお父さんが小声でつぶやいたのを覚えています。
「くやしいな みとめたくない むせいらん」
父はやっぱり、ハイクの才能はないようです。




