おいっす~
迫る毒の牙は大人の腕ほどの長さで二人の幼児の姿をした戦士を包み、
その喉元に引き入れようとしていた。
その悪臭は巨獣をも殺す猛毒を放ち、その牙は鋭く。
二人の心臓を狙う先端が分かれた舌は刃物のよう。
「お前たちの能力とニクの味を教えてくれ」
「どんな力かってよ?」「そだね」
異母兄弟二人はこの状況にあっても絶望の瞳を見せない。
「もちもちしていてオイシイの」「うむ。ずるずる長い」
「伸びるの」「腰があるほうが美味い」何の話だ。
サワタリはこの二人のペースに乗らない。
すでに人の心などなくしているのだから。捨てているのだから。
だが。
「あ」一瞬、毒を含む牙が止まる。
ぽたぽたと落ちる異臭を放つ牙はその毒で床を溶かしてじゅっという音と悪臭を放つ。
「ピート。その手は食わんぞ」あらぬ方向を指さし、気を逸らそうとする兄に『サワタリ』は告げる。
「おいっす~」ファルコは続けて笑う。この状況ではあり得ない。
恐る恐る。『サワタリ』の牙がその首の動きと共に動く。
二人を覆う牙が二人の身体をかすかにかすめ、その毒をもって火傷とする。
「あ。ぽこたんインしたお!」ピートの奇声が発せられた。
ぱかっ。
音を立てて床が四角に開き、その中から変な帽子を付けた幼児が飛び出す。
「こんばんは~!」満面の笑顔を放って。
同様に壁から、あるいは壊れた鎧から、転がった鉄の壺からも。
「な、な。なッ?!」
この建物は、この王国で一番頑丈である。
ニンゲンであった頃の記憶を思い出したサワタリは悟った。
今の彼女が全力で戦ってなお壊れない場所。
そして彼らが本気を出しても、被害が出ない場所は。
……ここだ。
輝く短剣を持つ黒髪のぼさぼさ頭の少年。
天井から逆向けに顔を覗かせて弓を構える長髪の少女は明らかにファルコに酷似していた。
表情を動かさない端正な顔立ちのエルフの娘。
豊かな表情と種族の割には大きな胸を持つ赤い髪の女性はどこかピートに似ていた。
その中央で光り輝く剣を抜かんとする愛らしい少年をサワタリは見たことがない。だがその存在は聞き及んでいた。
『神剣』と呼ばれる少年を。この世界の守護者とされる男を。
およそ五百年、実在が疑われながらもその伝説が各地に残る幼児の姿をした神の物語を。
「よし、今日もどっか逝くか」「おー」
ファルコは輝く金剛石の剣、『百八の煩悩』を抜き放つ。
ピートは天空にその腕を伸ばし、その小さな掌に現れた上背と同じ長さの長剣を握る。
対巨人用の魔剣。『巨神の剣』を。
ファルコの両親。フィリアスの祖父母でもあるミリオンとアップル。
破砕音とともに現れた竪琴を持った美少女は「男ですよ」「らしゅーばっ!」「ラシェーバです。兄さん」そのぼろぼろのマントに覆われた肩をすくめる。
伊達眼鏡を直しながら、幼児の姿をした軍師が瓦礫に這いつつ呟く。
「たまには活躍しないとね」「ホーリィ。いつもなんもしない」ファルコのツッコミに攻撃を受けていないのにうつぶせになるホーリィと呼ばれた少年。
義兄弟の弟にこの扱いでは立つ瀬がない。
「戦うポジションじゃないのに。苦労するな。ホーリィ」「なんか驕ってよ。ピート」「酒はやめておけ。アレを嫁にもらうことになる」
指摘された赤髪の遺跡荒らしはとりあえずの憂さ晴らしを目の前の魔物に向けることにしたらしい。
無差別に放たれる光の刃が幾重にも重なって構造物を切断していく。
「うん。一生独身で良い」「そうしておけ」火の粉が『まだ』向かないからってひどい呼びようである。
「ファルコッ?! 図ったなッ?!」
悪態と呪いの言葉とともに、岩をも溶かす唾液を飛ばす『サワタリ』。
鋭い光を放つ魔剣。『百八の煩悩』を握るファルコ。
「この、この虫けらめッ! この悪党めッ?! 私をだましたなッ?! 私を裏切ったなッ?! 許さないッ?! 許さないんだからッ?! 虫けらッ?! この虫けらめぇえええッ?! 殺してやる! 娘ともども二目とみられないほどぐちゃぐちゃに犯して殺して犯して殺してやるぅ」
それを聞いたファルコの目がすっと細くなり一度見開く。
彼は呟いた。小さく。「虫けらはキミだ」
その声はとても小さく、そして冷たく悲しい。
「娘にたかる『悪い虫』」その刃が『サワタリ』の胸を貫いた。




