こんにゃろう。修理代よこせ
「おい。サワタリ。後で修理代請求すっぞ」「ぴーと。それどころじゃない」
指向性超音波攻撃による平衡感覚と聴覚、三半規管への攻撃。
衝撃波による破砕を目的とした『Gアロー』なる技をどこから取り出した笛の魔曲で打ち消した少年。
同じく小さな竪琴と盾の共鳴装置によって強烈な超音波を発生させた少年は異形の魔物と相対していた。
Gアローなる超音波攻撃と次元断裂の見えざる刃であるGカッター。
さらに全身から発生する破壊光線であるGビーム。
それらを物理法則をも無視した抗魔の力をこめてその小さな盾で防いだ少年と、背にあった長巻を手にして油断なく構える少年。
その二人の上背はあまりにも小さく、その身はあまりにも軽い。
対する魔物の大きさは我々の世界の基準でおよそ二メートル。
重みを感じる足取りに反して背中に伸びる大きな翼は蝙蝠状の被膜に覆われ、強靭な筋肉の鎧とくまなく生えた乾いた小さな鱗がぬらぬらと光るその身の特徴と言える。
大きく開いた口から伸びる牙は自由に伸縮し、腕と同等の長さとなって展開して二人の身を削ごうとする。
その爪はやすやすと鉄を引き裂き、翼から発生する強風は石をも砕く。
これほど大きく重たい身であれば翼など何の役にも立たない。
そんな物理法則を完全に無視してこの魔物は動く。
後方に展開することで自らを、敵の攻撃を弾く斥力結界。
前方に展開することで高速移動を可能にし、敵の攻撃を吸い寄せる重力結界。
時々消えて見えるのは時間そのものに干渉する力すら持っているからか。
「おい。笑えるほど強いぞ。こいつ」悪態をつくピートの小さな右手はすでに自らの血で染まっている。
自然、回避と防御はファルコ。攻撃はそれしかできないピートと役割が決まった二人。
主に一名だけ悪態をつきながらも意外な連携を見せて魔物、『サワタリ』と相対する。
ファルコが無言なのは彼もまた深く傷ついているからだ。
心身ともに傷つき、それでもただ魔物と化したかつての友人を見つめる。
そのつぶらな瞳で。
「死ね。死ね。死ね!!!」
幾重にも煌めく刃をかわすのは二人でなければ無理だったはずだ。
その刃に混じって全方位性の破壊光線が煌めき、平衡感覚を狂わせる超音波の爆裂音が響く。
その回避不可能と言える攻撃にすら、彼らの持つ抗魔力は有効に働いた。
しかし万能ではない。また『サワタリ』の牙が彼らの小さな腕や腿をかすめる。
小さな体では同じ攻撃でも致命傷になりうる。現に二人とも擦り傷を除けばサワタリから受けた傷はわずかだ。
だが、あふれる血潮はこの戦いが長く持たないことを示す砂時計としてはあまりにも短く、当事者たちには絶望的な時間の流れを成していた。
「オイシイ。美味しい。美味しいわ……なんて甘美なの」
魔物。『サワタリ』はただ喰らうだけではない。
喰らった生き物の持つ能力を奪える。
それは二人にとって長引けば長引くほど能力を奪われ、生き残る時間が減ることを意味している。
二人の背がぼろぼろの調度品に当たった。
この家の執事と当主の娘が丁寧に掃除しているその調度品はやすやすと崩れる。
更に砕けた壁は当主の娘が昨日拭いたばかりであった。父の帰りを待ちながら。
「終わりか? 二人とも」「……」「……」歯を食いしばるファルコ。
おのれの血でますます汚れていく黄ばんだ布を頭と首に巻いたピート。
怪物の脚の長い爪がやや引っこみ、ゆっくりと歩を進めていく。
「サワタリ」「なんだ。ファルちゃん」
ファルコは鋭い目で怪物となったかつての友を見る。
ファルコの短剣が宙を舞い。からりと音を立てた。
「降伏して。今ならまだやり直せる」
自らわが身を守る短剣を投げ、盾を放り出すファルコ。
しかし怪物の表情は動かない。もっとも怪物の顔などわかるはずもないが。
「まだそのようなことを」
大きく開いた牙が二人の幼児の姿をした妖精を覆っていく。
大きく避けた顎から喉が見える。喉からは槍のように動き先端が二つに分かれた舌が油断なく二人の心臓を狙う。
「お前たちのニクと能力、美味しそうだ。どんな力か楽しみだ」




