大丈夫だから
「お嬢様。お嬢様。お気を確かに」お父さんが伯父さんがサワタリが。
「お嬢様。しっかりしてください。あなたのお名前は。お父様はどなたですか」
私の名前はフィリアス・ミスリル。
城塞都市国家ローラに住まう淑女です。
お父さんの名前はファルコ・ミスリル。
同国一番の勇者様です。見た目は幼児ですけど強くて優しくてカッコいいのです。
性悪の伯父さんはピート・フォン・アイスファルシオン・ミスリルシールドとかいう長い名前を名乗る痛い子で。
気が付くと私は大きな狼の長い毛並に頬をうずめて泣き腫らしていました。
真っ暗な森の中、木々の隙間から覗く目のような光がいくつも見えます。
部屋着のまま飛び出した腕に夜風は冷たく、獣とは思えぬいつもの執事の香りに頬を深く埋めて。
「お父さん。伯父さん」あの二人は私を逃がすために家に。
「お二人は大丈夫です」「な、な、なによぅ。ラヴィ。ううう」鼻水まみれの声は涙の味がしました。
もっふもふの柔らかい毛並に両の腕を沈め、私は執事が化けた狼の背に自らの重みをゆだねていました。
どこからか夜の鳥の声。
『大丈夫』『大丈夫』『大丈夫だよ』
そういえば子供のころ、鳥さんのお言葉がわかると言って学友に莫迦にされた記憶があります。すっかり忘れていましたが。
夜闇と風の隙間から精霊さんたちの声が聞こえます。
普通の人には聞こえないらしいので、あえてお父さんたち以外には言わないことですけど。
「お嬢様。今はお休みに。ラフィエルが守りますゆえ」「なによ。ラフィエルより今は私のほうが強いのよ」「お嬢様はお子様でもあらせます」
暖かで柔らかい毛並は彼の心音とその心地よい揺らぎを伝えてきます。
ぱちぱちと鳴る焚き木の音は執事が気を利かせて火をおこしてくれたのでしょうか。
私はいつしか小さな広場にて狼に抱かれて眠っていました。
時々薪が爆ぜて香ばしい香りがします。薪は神族の恵み。
夜闇を切り裂いて悪気を退ける。暖かな焔が揺れていました。
ほうほうと野鳥の声。小さく切り取られた空には無数の星が見えます。
「ラフィエル。起きてる?」「ラフィエルは寝ずにお嬢様をお守りしております」
もう。寝なきゃだめだよ。ちょっとだけなら起きていてあげるよ。
大丈夫。だよね。
大丈夫だよ。
私の名前はフィリアス・ミスリルです。
お父さんの名前はファルコ・ミスリル。
この国一番の勇者で、誰にも負けない素敵な勇者様です。
見た目は幼児で、いつも悪たれの街のいたずらっ子に泣かされたり変な遊びをしていたりするけど……。
きっと。きっと無事なのです。
ね。お父さん。そうだよね。




