そうだ。良いことを考えました
「チーアさん。お父さんと結婚してください」「がぶっ?!」
こんにちは。フィリアス・ミスリルと申します。
ローラ市国に住まう淑女見習いでございます。
そして私の目の前で『女神の化身』とされる女性がみっともなくゲホゲホ言っていますがきっと気のせいでございます。
「あ、あなた何を言っているのよッ?!」あ、素が出ていますね。チーアさん。
「む、む、むせた」胸を抑えてうずくまる彼女の背を軽くなでる私。
うーん。すべすべですね。綺麗です。
「だって、チーアさんなら誰より美人ですし」あ、でもリンスさんがいるか。
「優しくてカッコよくて料理ができて、しかもお父さんと気心知れていて、しかもお父さんと結婚したらお母さんになってくれるでしょう」どうして今の今までこの発想が無かったのでしょう。
ロー・アースさんにあこがれていたのは幼少のころ。
チーアさんとロー・アースさんがローラにずっといればいいなら、別にうちのお父さんとチーアさんでもいいわけで。
むしろそっちのほうがずっと。あの胸でかをお母さんと呼ぶのはちょっと。
「あなた、私の意思はどう思っているのよッ?!」「え? お父さん嫌いですか」
彼女は頭を抱えて胡坐をかき、激しく悩んでいる模様。
「いや、嫌いじゃないわ。むしろ大好き。……ってちょっと」
絵面的に危険だろう。そういう趣味はないと断言する彼女に畳みかける私。
「でも、何度も世話になったって」「そうよね。その可能性は……ミックやロンはさておき、ファルコ……ええと。メンツの中では見た目以外なら最高かも」ぐぬぬと悩む彼女。
あ、やっぱりそうなんだ。お二人とも素敵ですからね。
「ま、ロンはアレだから」「ですね」
「ミックもアレだろ。苦労するだろ」「そう思います」
そもそもミック先生は本当は王様らしいですからね。
どうしてローラのような都市国家の片隅で私塾をなされているのかは謎ですが。
「あと、ミックは結婚しているからな」「えッ?!」ショックです。
奥さんは元エルフの王族らしいのです。というかミックさん自身が。
「どうして奥さん放り出して私塾なんて」「エルフの時間感覚って一年が俺たちの一日程度らしいぞ。時々かえっていく程度で充分らしい」
うーん。女の子なら一分一秒だって好きな人と一緒にいたいですよね。
「かも……なぁ」視線がおよく彼女に告げます。
「お父さんは結婚したらちゃんとお城勤めもこなせると思います」「だな」
「意外とまめですよ。プレゼントも欠かしませんよ」「知っている」
「あと、かなり気遣い上手です。誕生日もちゃんと覚えていてくれます」「まぁね」
「だから、お勧めします」「……まて」
「お前、俺の自由意志はどうなるんだ。というか、さっきから聞いていたら手段が目的になっているだろう」
半眼で睨まれるのですが、こちらも引きません。
「だって十年以上、ロー・アースさんと進展していないでしょう。この際だからうちの父に乗り換えましょう。うちの父と結婚すればお国のヒトも神殿のヒトも納得します。誰も妨害しません」「あ……」
教団が誇る聖女の相手はお国が誇る救国の勇者。
長い間募った思いは二人をついに結びつける。
完璧ではないですか。良いですね。
「うううう。結構魅力的な気がしてきた」「そうです。うちのお父さんなら倦怠期知らずです。チーアさんを決して邪険にはしませんよ。どうです。今なら協力します!」
激しく悩まれる聖女様。意外と影響されやすいのか発想が柔軟なのか。
そこら辺は長い間冒険者として生き残ってきただけのことはあると思います。
「ちょっとまて。誰がロー・アースと進展だって?」
頭を引っ掻く手が止まり、正常な思考を取り戻した彼女は髪の隙間から私をにらみます。
「おれたちゃ、なんともないぞ」「なんともないから別の方を推薦するのです。お父さんなら堅実かつ確実。社会的地位も万全です。しかも行き遅れとか言いません。がっちり愛してくれます」
彼女は微笑みながらこうおっしゃいました。
「では、我が教団における愛とは何かをお教えしましょう」
彼女は完璧なまでに今回のお話とは関係ないありがたいお話を延々と、そう延々としてくださいました。
その見事な話術は『説教』のプロ、聖職者らしいものだったとお伝えします。
チーアさーん。私、次はレッスンがあるんだけど……。
「次はこちらの魔導帝国歴史、第六巻からの引用を」
父の仲間のお説教は、素晴らしいのです。忙しくないならずっと聞いていたい程度には。
「魔神と人の子の道ならぬ愛は……」あれ?
「……そうね。今日はこのあたりでやめておくわ」は、はい。
「あの。魔神とは」「長いことごめんね。レッスンに行くならシンバットを使っていいから」チーアさんのお馬さん、私以外には暴れ馬だからなぁ。
『魔神』って何だろう。
時々周辺の村が魔神に滅ぼされたという噂を聞きます。
どこからか神の化身の冒険者たちが現れてそれを討伐するという物語ですが。
私の名前はフィリアス・ミスリル。
淑女見習いとしてそれなりの教育を受けてきました。
でも、『魔神』については知りません。
お父さんの名前はファルコ・ミスリル。
たぶん、『魔神』についてよく知っているはずの国一番の勇者様。
でも、彼は私にその話だけはしないのです。




