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お父さんは『勇者』さま  作者: 鴉野 兄貴
『黄金の鷹』と『真銀の隼』
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魔法のお店

『カント商会』


 その店の中はごちゃごちゃしたガラクタと埃だらけ。

埃の匂いは甘い香りを放ち、むずがゆくなる鼻を押さえてくしゃみをすれば喉が痛くて唾が出る。

そんな唾を新鮮なミルクと共に飲みほした少年はあまりの埃っぽさに辟易。


 少年。そう言ったが彼は少年ではない。

少年どころか見た目は六歳くらいの幼児である。

しかしその年齢は成人の年齢を余裕で超えている。

彼は妖精族。エルフの変異種で『子供たち』などと呼ばれる一族だ。

魔力が魔法の力で発現せず、圧倒的な身体能力と理不尽な強運、ある種の未来予知能力を持つ。


「おやじさん。いい加減掃除しろよ」


 少年は悪態をつくと店の主人の掃除を待たずに勝手に掃除道具を取り出し、その店を掃除し始めた。

主人曰く、魔法の品々に変に触るのは危険だということだが少年には関係ない。

どんな危険も魔法攻撃も少年を害するには足りない。それほどに彼らは因果律に愛されているのだ。


 ぱたぱた。

少年が小さな体を押して掃除する中、足場にされた彼の足元の貴重な魔導書は彼の靴に踏みつけられて酷いことになっている。

店主が苦言を放つが、なら自分で掃除しろと少年は悪態で返す。

お馬鹿なやり取りを行う二人の耳に扉につけた呼び鈴が『からん』となる音が響いた。


 素敵な魔法の品をください。願いがかなうものです。

その願いに店の親父は頭を抱える。確かにここは魔法屋だが。

「うーむ、難しい注文だね。なんに使うのかい? 」どのような願いかわかったものではないからだ。

「うん? なんだったらボクの引退前に集めた品を持ってこようか?」

仕事をサボって売り物の牛乳を飲んでいる幼児は掃除を済ませてご満悦。

ピカピカになったテーブルに両手をひっかけて身体をブラブラとさせて遊んでいる。


 「おいピート。配達はどうした?」

掃除をしてもらった恩も言わず親父は呆れ声を出す。

「マイラと喧嘩した」少年はぼやく。世間的には姉で通している彼の妻は、

普段は優しく穏やかだが正体は魔術師にして精霊使いにして賢者にして凄腕の女探索者で、キレルと凄まじく怖い。

「うけけ」謎の奇声を上げる椅子に座ってしまった少女は驚き飛びのく。


 少女に片手で少し待つようにと告げた親父はピートと呼んだ少年に呆れてみせる。「またか。なにやった」

魔導処理して形状変形を受けた奇妙な水晶製の容器の中でこぽこぽと水がお湯になって沸く。

ピートは答えず、うんざりとしてみせたが親父の冷たい瞳は一見ツリ目の愛らしい容姿の幼児にしか見えない彼を射抜き続ける。やがてピートは重い口を嫌そうに開いた。

「三年間家を空けた事かな? 娘に名前をつけ忘れた事かな? 持病の記憶喪失になって別の女の子と結婚しちゃってたことかな」

結構酷い。


 「マイラでなきゃ刺されているな」「だから困っている」ピートはぼやく。

「弟の家にでも行こうかな」「またか。いい加減にしろ。姪に嫌がられるぞ」

ピートの脇でカエルの形をした魔法のおもちゃがぴょこぴょこ。ピートは苦笑いしてそのカエルの尻を押す。

カエルが口を開き、ピートはその唇に拾った金貨を突っ込む。

「とりあえず、願いが叶う指輪なら持ってるよ? 貸してあげる」

ピートは懐から細やかな細工の施された小さな銀の指輪を取り出す。その指輪には赤い宝玉ガラス



 数日後、少女は二人にお礼を言いに来た。

「この指輪、本当によく効きました」そういって頭を下げて帰っていく。恋人と共に。

「あと、この木版はお返ししますね」

『願いを叶える指輪』使用上の注意と書かれた木版はピートの意外と丁寧な文字が書かれていた。


1、毎朝大声で願い事を叫べ。

2、夢を目的に、目的を計画に、計画を行動に成果に前進に移す方法を紙に書け、

3、これを毎日実行せよ


 親父は苦笑いする。

「何処が魔法の指輪だ。インチキじゃないか」と。

「魔法で解決したって恋愛事なんて上手く行かないんだよ?」ピートは涼しい顔で東方伝来の茶を飲んで呟く。

「と、いうか。恋愛沙汰にしちゃ、背後が物騒だった」

そういって無邪気に笑う子供の姿をしたピート。彼が恐ろしい暗殺者の能力を持つなど誰が想像できようか。

ヴァンパイア。マンティコア。ダークエルフ。ラミア。

人の世界に紛れ込み、権力を貪る『魔』を狩る者。

引退冒険者の道楽、乳屋は仮の姿。ニンゲンを辞めた者達を専門に『狩る』のが彼の本業である。

「おつかれさん」「もう。変な依頼は大迷惑」そういいつつもピートの表情は明るい。明るかった。

はぁ。ピートは頭に巻いた布を巻き直し嫌そうにしている。

まだ喧嘩しているのかと親父が呆れ、ピートが肯定する。


「おれがマイラと仲直りする魔法を教えてやろう。今日はなんの日か思いだし、即刻今返してもらった指輪をマイラのところに持って行け」と。


 慌てて家に走って行く少年の後ろ姿を見ながら、親父はため息をつくのだった。

「ほんと。なんであんなのがあの大英雄の兄貴なんだろうな」

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