お戯れはおやめください。お嬢様
よいしょ。よいしょ。
フィリアス・ミスリルです。木登りなんて久しぶり。
「降りてきてくださいお嬢様」ラフィエル。あなたもおいで。
「淑女は木などには登りませんよっ」「じゃ、勝手に登ってやる」
じょじょに視界が開け、梢越しにローラ市国の家々が見えてきました。
木登りなんて昔はお父さんとよく遊んだものだけど。
落ちてけがをしたことはないけど、高すぎると泣いたらお父さんもつられて泣いて、ピーピー二人で泣いていたらラフィエルに叱られたっけ。
「お嬢様」
目の前の蝙蝠がしゃべったので思わずずるり。
どうして昼間に蝙蝠が。そんなことを思う間もなく私の身体は真下へまっさかさま。
「まったく。どうしてかようなお転婆に」「コドモのうちに登ってみたかったも~ん」
悪びれない私とすんでで受け止めた彼。彼の背には蝙蝠の翼。
「似合っているわよラフィエル」「かようなお言葉でこれから始まるご忠言が収まるとお思いですか?」
真剣に叱ろうとする彼は相変わらず子供を諭す口調で楽しいです。
「もう私だってオトナだも~ん」説得力ないですね。
「手を離しますよ」「あ、もう少しもう少し。あとできたら街の様子も見せて」
そういってお願いする私と嘆息する彼。
彼の翼はさらに広がり、竜を思わせる大きさになっていきます。
「改めて上から見ると大きい街だね」「第三城壁も建設中です」第一城壁は前の戦で破壊されましたからね。
魔導兵大戦でしたっけ。
眼下に広がる光景は以前私が空飛ぶおまるから見たそれよりずっと大きくなった私の心の故郷。
店売りは大声を張り上げ、川辺で遊ぶ子供たちは釣り竿を持ち、大人たちは忙しく走り回り。
「どんどん大きくなるね」「ローラは発展途上国です」
「人間も大きくなるけど、私たちはどうなの?」「妖精族は基本的に老衰しません」
永遠って寂しいよね。そうつぶやくと彼はにこりと笑います。
「わたし、ずっとラフィエルに叱られて、お父さんが帰ってくる家が好き。家にいたい」「お嬢様。行かず後家になるおつもりですか」
彼の翼が上下します。風が大きく動く音。
ラフィエルって飛べたんだなぁ。知らなかった。
「そのときはもらってよ」「お戯れを。勿体ないお言葉です」
「じゃ、お父さんにもらってもらう」「それは周囲が許さないかと」
なによ。出ていけっていうこと?
私が出ていくのを虎視眈々と狙う胸でかがいるのですが?!
エフィーちゃんとは以前紳士協定ならぬ淑女協定を結びました。
父に手を出すのは私が家を出てから。
そしてその後の展開にはお互い口を挟まない。
もっとも、彼女が我が家に遊びに来るのは禁止していないのが私の落ち度です。
最近父を狙う淑女や若い娘、ある程度歳を召されたご婦人が減っているのですがエフィーちゃんだけは昔と変わらず。
「あれでだいたいはたちなのよ? 信じられない」「あのお方は相変わらず子供のようです」
むしろ、それが彼女の魅力なのでしょうと続けるラフィエル。
「ラフィエル。あなた胸が大きい女性が好きなの」「まさか。人間と同じ嗜好は我々にはありません」ふうん。信じてあげる。
「じゃあれは不可抗力なんだ」「誤解されていますが、我々に性欲に振り回される感性はありません。私は小動物に変化する性質上、動くものに敏感なだけで」「うんうん。そういうことにしておいてあげるわ」「お嬢様。お戯れが過ぎますよ。落としましょうか。ご自身で飛んでください」「無理言わないでよ」
お空って寒いけど、二人なら暖かいよね。
後日、久しぶりに帰ってきたお父さんを抱きしめてその温かみを感じます。
こんな小さな体で、子供でいたかっただろうに。
私を育ててくれて、本当にありがとうございます。
私の名前はフィリアス・ミスリルと申します。
ローラ市国に住む淑女見習い。
お父さんの名前はファルコ・ミスリル。
この国一番の強くて優しくてかっこいい勇者様。
私たちの関係は。とても良好です。
「ねね。お父さんのお嫁さんになりたいって子がいたらどうする」「みゅ?」
不思議そうな彼の顔を少しはたいてやりたいと思ったのは私だけではありませんでした。
その質問の際、私と同じ感想を……少々動くほど大きい胸に抱いた美女の名前はあえて伏せさせていただきます。




