翼の騎士
あの日の彼が再び我が家を訪れてきたのは、雨上りの午前でした。
ごきげんよう。フィリアス・ミスリルと申します。
城塞都市国家ローラ王国ことローラ伯国に住まう一五歳でございます。
『久しぶり』「元気だった?」
私が淹れたお茶を辞して彼はあいまいに頷きます。
そして大きな花束を私に。「えっと」顔が赤いのですが。まさか。
すっと剣を私に渡してくる彼の眼はとても真剣なものです。
右手に花束。左手に長剣。これって真剣じゃないですか。
この上手紙なんて持てるはずがありません。ちょっと待ってください。
私が花を活けている間、彼はモジモジと所在なさげ。
彼は声を出せないので仕方がないのですが、ここには彼にとって面白いものもすくなく。
私が書いた膨大な日記帳を見てそれを手に取っていますが、おそらく読めないと思います。
あ。私の字は綺麗なほうですが、ちょっと文字が特殊なのです。
『読める』方には字面以上の情報が詰まっているものなのですが。
「開けていいですよね」手紙の開封の許可を得て私はそれをあけます。
剣も未熟だ。言葉だって話せない。
文字だって今まで親が禁止してきたから読み書きはできなかった。
だけどこれからは違う。自分は翼を見出した。
だが、ぼくの翼は蝋のように弱くもろく砕けて溶ける翼だ。
それでも勇者様はおっしゃった。ぼくの翼は勇気の翼だと。
ぼくの翼は片翼だ。白い翼をえるためにもう一枚。
フィリアス・ミスリル殿。私の翼になってほしい。
二人の未来のために。
「……」
あまりにもセンスがなさすぎるのですが、一所懸命書いたのでしょう。
せめて、せめてご両親の許可が得られないにしてもロー・アースさんとかに添削してもらえば悲劇は防げたのではないでしょうか。
そんな目で見ないでください。私が泣きたくなります。
「書き直し」「……」がっくりと肩を落とす彼。あらあら。
もう。そんなに落ち込まないでね。
そうそう。そのまま膝を落としておいてね。
『我、フィリアス・ミスリルは天の神々。地の精霊。異界の妖精の一員として国父ローラ伯にかわり』
この勇敢なる少年に、騎士の祝福をささげます。
騎士になるなら正式な許可が必要ですが、自称自由騎士が愛する人から授けられる祝福は当人たちの自由です。
『天地に誓いを。いつも天地はあなたの行いを見ています』
『あなたの心が、あなたの友が、あなたの人生があなたのこれからを見ています』
「これにて、新たな騎士がこの世に生まれました。磨きなさい。励みなさい。天を目指す鳥のように振り返らずまっすぐに」
首を落として、新たな首を得たという意味を込めて真剣で肩をたたく私に彼の瞳が強く応えます。
後に彼が、剣の腕はイマイチでもその他の方面、特に軍略に秀でた騎士として今後のローラを担うひとになったというのは、この時点での私は預かりできぬお話です。
え? どうしてそのようなことを存じているのですかって? そうですね。機会があればお教えしましょう。ではまた。
周りがどんどん自立していくフィリアス。
彼女の父が冒険に出たのは一五歳の時だった。
貴重な子供の時期は過ぎていく。




