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お父さんは『勇者』さま  作者: 鴉野 兄貴
『黄金の鷹』と『真銀の隼』

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蝋の翼は勇気の翼

更新遅れました。ごめんなさい。

 完全に負けちゃったね。

元より勝てる相手ではないのですが彼は涙を流して悔しがっていました。

最後は拳で挑みかかった彼ですが何度も転ばされ、肘鉄を撃ち込まれ、膝を飛び込みでおなかに入れられ。


 とにかく父やエフィーさんの戦い方は地面を縫うように、地擦り脚に近い独特の動きで見抜きにくく、また恐ろしく低い姿勢で攻防を行います。

いえ、防御をしている姿は両者ともほとんどみませんね。

 父に対しては見た目通り上から叩き潰すのが一番有効なのですが二人ともそれを許さないから今でも生きているのですが。

余りの速さからあっという間に見失ってしまいます。

そして地面から外れない攻撃はその速さによって恐ろしい質量を伴います。

でもエフィーさんって胸が大きいのはさておき、軽いはずな……。

……あの胸ですね! 絶対そうです!

でもあんな動きをしたら胸が地面に擦れちゃいませんか。

その辺の秘訣を今度教えてもらいましょう。


 ええと。私ことフィリアス・ミスリルの胸は標準ですから。

ちょっと小さいってこともないですよ。

むしろドレスが恥ずかしい程度にはありますからッ?!

別にドレスの胸がスカスカで横から見えるって意味でもないですよ?!

エフィーさんが大きすぎるんです。ええッ。

あ。でもチーアさんのほうが私より大き……。

 壮大な脳内での話違いを無視して風が吹いてきました。

私は肩に羽織ったショールを外します。ふわりとショールは広がり、彼の鼻さきと肩にかかります。

誰かさんの胸のことを考えていたのは、なかったことにします。

リンスさんは私より小さいですけど谷間がクッキリしていてものすごく形がキレイですなんて言おうものなら落雷ですし。

でも、リンスさんはエルフさんだから胸の大きさは気にしていないか。どうなんだろう。

「ふぃりあす」「えっ? ええっ?! お父さん何?!」

まさか心を読まれたということはないでしょうけど父の一族は要注意です。

私にひざまくらをされ、泥の臭いと共に転がり、汚れたショールをシーツの代わりに体にかけられた少年。

「大丈夫? なわけないよね」雑念に囚われていたなんて言えませんが。

ああ。伯父のことを言えないほど私は残念な子に育ってしまったようです。


『悔しい』


 符牒を出そうとする指先も震え気味。

私は彼のそばに座り、彼の涙をそっと指先でぬぐいます。

こっそり舐めてみると不思議な味がしました。


 本当に悲しい涙ならもっとしょっぱいんだよ。

お父さんがそういっていた。

なんせうちの悪徳な伯父は悪意なしでウソ泣きをする男です。

唾を目につけるなんて余裕で行いますのでこういうことは伯父にはしませんが。

「勝てるわけないでしょう。お父さんにちょっと稽古つけてもらったくらいで」

でも勝ちたかったんだね。その眼をみるとわかるよ。


『なんていえばいいのか。どういえばいいのかわからない』


 彼の心の動きを司る精霊さんたちの声。

感謝。認められた喜び。寂しさ。それが払拭された喜びと勇気。

ことばって、使っていないと使えないよね。

彼の拙い符牒の腕では、そのすべてを表現するにはあまりにも足りず。

また私も、普通の言葉をもってしても彼の立場ならどういえば、どう伝えればいいのかわかりません。

『でも、ぼくはキミに言葉をもらった。勇者様に剣の技をもらった』

でもあなたの言葉は私たちしかわからない。その剣は私にもたぶん通じないコドモのお遊び程度で。

『僕は翼を手に入れたんだと思ったんだ。うれしかった』

つばさ。一瞬胸が痛みました。思わず背中に手を触れてしまいます。


 自由の翼はろうでできていたと嘆く彼に私たちは何を言えばよいのでしょう。

父や母に盗賊の符牒を使っていると知られ、剣を取り上げられたという彼に。

『どうしてそのような乱暴なことをするの』『卑しい盗賊の符牒を使わないで』

意思疎通を試みる彼に一方的に告げる両親に返す言葉を持ちえない彼の悔しさは私にはわからず。


「ろうの翼はいいつばさなのの」


 父が唐突に彼のおなかに乗って言い出します。

重いです。どけてあげてください。どうも私のひざまくらが気に入らない模様。

いい大人なんだから子供じみたことしないでください。それとも世のオトナの、父親というモノはみなこんな存在なのでしょうか。

「太陽を掴もうとする勇気の翼なの」父の表情はいたって真面目です。

別に慰めようとか、そういった意図は感じません。素でそう告げているようです。


「ここにいた」


 けたたましい鎧がなる音。地ずりの香り。

腐った葉っぱが飛び散って剣を持った大人と豪奢な姿の男女が近寄ってきます。

彼を抱きしめ『卑しい真似をする必要はない』『私たちが一生養ってあげる』と伝える二人に父の瞳が細まっていきます。

「こんなに怪我をして」「どうして。このような不遜なけがらわしい盗賊の娘に心を奪われて」「まさに泥棒猫」

父は呟きます。「泥棒猫じゃなくてとんび」「お父さん冗談言っている場合じゃないのよ」ごはん抜きにしますよ。


 彼は符牒を繰り返しますが、盗賊ならぬ彼等には通じません。

彼の指先は告げていました。『僕から翼を奪わないで』と。


 私の名前はフィリアス・ミスリルです。

お父さんの名前はファルコ・ミスリルです。

泥棒猫じゃなくて、淑女見習いですのでその所ご記憶ください。


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