キミはすてきなお母さんになりなさい
父と伯父が人並み外れた敏捷性と怪力を持っているのは私も知っています。
垂直の壁を掴んだ勢いでそのまま駆け上る。家々の壁をけって高く飛ぶ。
大きな骨をバリボリと噛み砕く。猿や猫並の素早さや力を発揮します。
また、恐ろしく頑丈で大きな石が当たったくらいではなんともありません。
身体も柔らかく、あり得ないほど小さな箱に入ったりもできます。
逆関節を決められても折れたりせずじたばたしているだけです。
しかし体重は見たままなので強くはないはず。
そう思っていた時期が私にもありました。
触れることすらできません。
その場から一歩も動いていない父はひらりひらりと彼の剣をかわしさらに飛び越え、くるくると回転してまた地面に舞い降ります。
音ひとつせずに剣の代わりの木切れをもってまた構えます。
木剣の上に座り、にこりと笑います。
父や伯父にとって体重を消して見せるのはそれほど難しいわけではなく、飛ぶ勢いと降りる勢い、相手の剣の動きの中間をとっているらしいのですが。
鋭い蹴りが寸前で弱まり、彼の顎を軽く蹴りくるりと舞うお父さん。
「まっすぐ打ち下ろす。それが一番早い。そして強い」
なんとか掬い上げるように斬ろうとする彼の剣の起こりを踏みつける父。
羽のように軽いはずの彼の身体は鋭い振動を伴って木剣を地面に縫い付けます。
後ろ足で前に飛ぶ力と前足で後方に踏みつける力が釣り合った結果らしいのですが魔法のようです。
「あと、ぼくらの真似をしてとんじゃだねだね」
父や伯父は『空を蹴って』空中で転換できますが人間にはできない動きです。
前足で木刀を破壊し、よろけて前に進む彼の背中をそっとのびきった父の両腕が触れます。
「ふんみゅっ」
ぽーん。すごい勢いでぶっとばされる彼。体重差って何でしょう。
父が言うには下に体重を乗せて打ち下ろして上げる? さらに全身の筋肉の捻りを加えた動きを相手の前に進む力に加えた結果なのだそうですがほとんど動いているように見えないのが不思議です。
こう、腕を振り上げて殴るのと違うのです。
でも父が言うには同じ動きなのだそうです。
体当たりをもっとも効率的に行うと動いていないような動きになるとか。
もちろん、その動きによる結果を一瞬で剣の先端に集めることもできるとは伯父の言葉。
『あと、ぼくらは身体の重さを鉄並みにすることが一瞬だけ可能』『逆もできるよ』
なんでも『コナキジジイ』という東方の魔物の正体は父の同族がその技を鍛えるために哀れな旅人をダシにしたのと同時に、危険な山道を避けさせる狙いもあったとか。
ゆえに父や伯父の動きは人間の目にとまらぬ速さと鋭さ、あり得ない高起動を誇るのだそうです。
それって『人間』に教えても意味がないじゃないですかッ?!
『だって妖精だよ。ぼくら』『だね。ぴーと』詐欺ですよね。
後に私にそういった技を教えてくれなかった理由を語った二人はそうのたまっていました。
あと、私が伯父から習った技はそういった身体の中心部を使うような技は極端に少ないもので。
「どちらかというと掏摸の技に近い」動きの起こりを極小にして相手の要所を鋭い爪や細身の剣や槍で切り裂く戦い方を伯父は私に仕込みました。
「どうせゴツイ魔物とフィリアスは戦わないだろう。暴漢ならこの程度でいい」とは伯父の言葉です。
走りこむ彼の脚にお父さんの脚が絡みます。
カニばさみという技で、決まると子供の体格でも大人の脚を折れるそうなのですが例によってすんでで怪我を防ぐのは父の技量です。
でも、なんでもかんでも『妖精さんの力』って武術をする人には反則ですよねッ?!
ロー・アースさんに言わせるならばまた意見も変わってくるのでしょうけど。
ああ。
これは勝てませんね。
父が戦ってきた化け物たちは父以上の人間じゃない生き物でした。
また、彼が戦った人間たちは人間の心が無いと言うほどの哀れな存在だったと伯父は語っています。
私は淑女見習いです。
父が戦いの技を私に教えなかった理由。
淑女として育てようとした理由が少しだけわかった気がしました。




