イルカさんには牙がある
「いるかさんとシャチさんってどう違うの?」
こんにちは。フィリアス・ミスリルです。ローラ市国に住む一〇歳です。
「うーん」小首を傾げてそのまま小さな椅子ごと倒れ込んで「もみゅむ」とか言っている幼児に見える彼は私の父です。
妖精さんの血を引いていて、歳を取らないそうです。いいなぁ。
「シャチさんはサメさんみたいに共謀なののッ」「……凶暴?」「そうともいう」
きりっと目を開いて椅子から飛び上がるように立ち上がり、両手を開いて一所懸命説明するお父さんは知らない人が見たらすごく可愛らしいのですが、お父さんは私のお父さんなので当然お父さんで大人なのです。
「じゃ、サメさんってシャチさんとどうちがうの? クジラさんとサメさんとシャチさんとイルカさんってどうちがうの? お父さんは世界中を旅しているから知っているでしょ」
おとうさんの両手の動きがとまりました。
「ぴーと兄ちゃん~! 助けて~!」「ボクに言うな。バカ」
お父さんが泣きつく、頭に布を巻いておもちゃの剣を背負った幼児。彼は私の伯父にあたります。
伯父は私の足元にぴょこぴょこと進むと、小さな胸を尊大に張ってみせます。威厳の欠片もありませんが。
「あのね。フィリアス。クジラはカバとかに近い生き物なんだ」「かば?」
父さんが言うにはカバ?さんより象さんに近いそうです。象さんならわかります。
「めっちゃ凶暴で強いんだ。ライオンより強いんだぞ」「??????????」
「こんなデッカイお口で、ものすごい勢いで走って泳いで空を飛ぶ」「本当?!」
大きなお口と言われて、以前伯父と戦った魔物を思い出してしまいました。
「うん。人間も襲うよ。強いよ。怖いよ」「怖いッ」
わたしを怖がらせて喜ぶ伯父のほっぺを父がツンツン。
頬を膨らませてお父さんはピートさんを叱ります。
「飛ばないよ。ぴーと。うそ良くない」「うっさい。飛ぶくらい早いんだ」
「究極魔獣『モケケピロピロ』の原型になったと言われている」「「うそつき」」
頭ごなしに否定する私たちに伯父はしゃがみこんでいじけてしまいました。
「飛ぶって言うのは冗談だけど、あとは本当なのに」
信用できません。伯父は調子に乗ると何処までもホラを吹きます。
子供に疑われる大人ってなんでしょうか。
「と、いうワケで実際に見るのが一番」
学校に向かう道すがら、父と伯父に浚われた私は船に乗り『車輪の王国』に向かう羽目になりました。
「シャチとイルカの違いって牙があるんじゃない? ほら、いるかって」「ぶー。ぴーと。イルカにも牙あるよ」
最初は怒っていた私ですが、つつき合う二人を見ているとどうでもよくなります。こうして人は大人になるのですね。
問題は。目の前でじゃれあっている子供たちは『大人』である事実なのですが。
ふわふわとした風を受けて帆がぴんと張って、水を切って進む小さな船は妖精さんの船であり、どんな船より早いそうです。
船べりに手を添え、きらきらした水面から飛び上がるイルカさんにびっくり。
「そーいえばフィリアスは海見た事なかったっけ」「うんっ!」
「あの『いるか』は厳密に言うとクジラなんだよ」「そうなの?」
「クジラにも種類がいてね。水の中の栄養だけを食べる種類は歯がないんだ」「そうなの?!」
「そうそう。シラミはクジラやイルカにもつくんだ」「えっ 溺れないのッ?!」「ふっふ。普通のシラミさんとは別の生き物なのだよ。知らないだろう。ふぃりあすは。
……それよりどうやってシラミがクジラやイルカにつくか、壮大な旅の話を教えてやろう!」「教えてっ! 教えてッ」
フネって早くて楽しいな。
わいわいはしゃぐ私は、隅っこで大人しくしている父を見つけました。
「ひょっとして、お父さん」「……酔った」
ちょ。ちょっとおとうさんっ しっかりっ?! しんじゃいやーーーーーー!
「死ぬわけないから」おじさんは黙っててッ?!!
騒ぎ合う私たちの頭上を空を舞う一角鯨たちが通り過ぎていきました。
私の名前はフィリアス・ミスリル。
お父さんの名前はファルコ・ミスリル。
私たちの親子仲は。結構いいと思う。