妖精王なんていやしない
父が教えてくれました。
妖精王は世界で一番いいことをした子のためにプレゼントを持ってきてくれるのだと。
その妖精王は赤い服に大きな袋。トナカイという鹿みたいな大きな生き物に引かせた橇にのって空を駆けると。
大嘘ですよね。そう思います。
そもそも父が妖精さんだという話もちょっと実感がわかないのに。
というか私も妖精さんらしいのです。ダメですね。私に至っては人間が板についています。
磁気が『見える』。人の悪意がわかる。魔法が使える。
一二歳であちこちの通りの武術大会に出て四人抜きをする。
勉強はあまり得意ではありませんが語学は得意。男の子の学友を追っかけまわす程度にはお転婆。
これでも普通の女の子。ではないかと思うのですがダメでしょうか。
さて。
聖なる日に親しいものたちがプレゼントを贈り合うのは普通で、子供たちの靴に望みのものを入れてくれる妖精王の正体は個々の一家の主である。
そんなこと、子供だって本当は存じているのです。オトナになると忘れるみたいですけどね。
「君がフィリアス君か」「ええ」
そのおじいさんはどう見ても赤い服も着ていません。
ぼろぼろの衣服だかコートだかわからない服を着ていました。
ほのかに臭いです。いや、すごく。身体は凄く大きくて。
髭で顔は覆われていますが、小さな瞳と深いその色は私の視線を外させません。
「願いはあるかね。三つまでならかなえてあげよう」あら。面白いご冗談。
どうみてもおじいさんが私の願いをかなえるより、おじいさんのコートを買うほうが先です。
『にんげんは。イショーりてセイセイを汁んだよ。ふぃりあす』
かつての伯父と父はそう言いましたが私はそのころにはある程度の知恵をつけていました。
「それ、『衣食足りて礼節を知る』でしょ。二人とも」「そーともいう」「ふぃりあすは賢いね。さすがボクの姪だ」「伯父さんのどこが賢いのよ。べーだ」
私は当時とても生意気で、妖精王に好かれるような子どもではなかったと思います。
今ですか? コドモではない。と言ったらウソになりますね。
「手を出すな。口を出すな。あとそうね。
……自分のコートくらい自分で稼いで買いなさい」
オトナなんだから、それくらい簡単でしょ。
私はそういうと秘密で通うようになった父との縁がある宿屋の手伝いに向かいました。
「足しにはならないけど、残飯くらいなら」そういって押し付けたお金を残して。
目を覚ますと父の容体は良くなっていました。
不思議なことに、私の靴の中には古びた銀貨が入っていました。
どこか見覚えのある銀貨で、『返しておく』というお声が聞こえたのはきっと気のせいです。




